J.P.モルガン・アセット・マネジメントは、投資スチュワードシップ担当グローバル責任者として高月擁を雇った。
JPMorgan; Artur Widak/NurPhoto via Getty Images
資産運用会社の投資スチュワードシップ部門(訳注:投資先企業との対話を通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促す部門)は、少なくとも金融業界の基準からすると、従来あまり魅力的な部署ではなかった。スチュワードシップ・アソシエイト(担当者)は、会社を上場に導くような目立つ案件に時間を割いたり、潤沢な資金を持つ顧客に数百万ドルの投資方法をアドバイスしたりすることはない。
しかし、企業や有力株主が職場の多様性や気候危機といった重要な経営課題にどう取り組むかに投資家が注目するようになるにつれ、スチュワードシップチームの舞台裏の仕事が注目を集めている。
「このような仕事は、これまでは少人数のチームの中で、あるいはオフィスの片隅で行われていた仕事だと言えるでしょう。それが今や、全社的な業務となっています」とJ.P.モルガン・アセット・マネジメント(JPMorgan Asset Management、以下JPモルガン)の投資スチュワードシップ担当グローバル責任者、高月擁はInsiderの取材に対して答えた。
高月は2021年2月にJPモルガンに入社し、欧州、中東、アフリカ地域のスチュワードシップ責任者となり、同年12月に新設されたグローバル責任者に任命された。2020年に7人だったスチュワードシップのチームは、2021年には高月のもと13人に増員された。
2022年3月の時点で2兆6000億ドル(約330兆円、1ドル=127円換算)を運用している同社のような資産運用会社は、顧客に代わって運用するファンドを通じて、タイソン・フーズ(Tyson Foods)やクローガー(Kroger)、エクソン(Exxon)といった有名企業に出資してきた。
こうした企業に対し、高月のチームのようなスチュワードシップ担当がどう向き合っていくかが企業の重要な経営課題に影響を及ぼしうる。つまり、役員報酬をどうするか、自社の気候関連データや従業員の多様性に関するデータをどのように一般公開するか、といった課題に関してだ。
例えば、同社のチームは2021年、当時のスターバックスのCEOケビン・ジョンソン(Kevin Johnson)の報酬体系に反対する票を投じた。テスラについてもファンドを介して株式を保有しているが、JPモルガンのスチュワードシップチームはテスラに対し、労働組合を結成する権利に関して従業員に伝えるメッセージの改善作業が進んでいるかどうかを示すエビデンスを提示するよう求めた。
高まる一般市民からの圧力
株主擁護団体や次世代の投資家からの圧力を受けて、大口投資家や企業は一様に、投資家が解決すべきだとみなす課題に対処するよう迫られている。
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機関投資家としての影響力やその規模により、ブラックロック(BlackRock)やバンガード(Vanguard)といった巨大資産運用会社は、一般投資家からいっそう注目される存在となっている。JPモルガンのスチュワードシップ担当チームの増員の背景には、これらの資産運用会社の役割に対する人々の監視の目が厳しくなっていることがある。
同時に、規制当局や投資家は、企業に対して政策の透明性を高めるよう圧力を強めており、気候変動問題や米最高裁による「ロー対ウェイド判決」(訳注:1973年、それまでアメリカ合衆国で違法とされていた妊娠中絶を女性の権利と認め、人工妊娠中絶を不当に規制する州法を違憲とする連邦最高裁判所の判決が下された裁判。人工妊娠中絶合法化の契機となった)の破棄の可能性といった問題への対応を求めている。
株主擁護を目的とした非営利団体「As You Sow(アズ・ユー・ソー)」など一部の団体は、妊娠中絶を禁止しようとする議員へ献金が行われた場合など、企業の政治献金が企業価値とどう整合をとっているかについて、企業に報告を求める決議案を出している。
高月はこれに関連し、生殖医療に関する企業姿勢の評価について、「仮に企業側に影響が出る場合、その企業が責任ある企業市民とみなされ得るか、従業員に対応能力があるかといった点が問われ、それは投資家としての視点にも影響を与える問題だと思います」と言う。「最終的にその重要性が十分に認識されれば、我々は優先事項の一つとして考えるでしょう」
さらに高月は、「こうした事例は時間の経過とともに増えていくものです。例えば、気候問題が今のように注目されるようになるまでには、これまでに相当長い時間がかかっています」と述べ、生殖に関する権利をはじめとするいくつかの課題は、今その過程にあるとした。
長い間、大手銀行の株主や上場投資信託の運用会社は、変革を推し進めようと努めてきた。例えばブラックロックは2021年、株主からの要請を受けて人種平等監査(編注:企業による有色人種コミュニティへの悪影響を分析する監査)を実施すると明らかにした。一方、JPモルガンは化石燃料への投資に関して、株主や環境活動家から厳しく追及されている。
JPモルガンは、銀行としてはすでにこうした懸念に対応しているとして、化石燃料への投資抑制政策をJPモルガンに求める提案に2022年春の株主総会で反対票を投じるよう株主に要請している。
バランス感覚を備えた人材が必要
企業、スチュワードシップチーム、投資家、プロキシーアドバイザー(訳注:議決権行使に関するアドバイザー)、その他の関係者間のこのような動きは全て、最近注目が集まりつつある、複雑なスチュワードシップのエコシステムの一部だ。
JPモルガンのスチュワードシップチームが2022年4月に発表した報告書によると、JPモルガンは、2021年には約8600回の会議で約8万7500件の議案に投票し、うち11%の議案で経営陣の提案に反対票または棄権票を投じたという。これは年間8万3400件の議案に約10%の割合で経営側に反対する票を投じた2020年と比較しても増えている。
高月は、投資スチュワードシップチームを編成し、「バランス」よくスキルを兼ね備えた人材を見つけることは難しい挑戦だと言う。
ロンドン在住の高月は、「表計算にだけ優れた人材でも駄目ですし、ただの環境活動家だという人材を抱える訳にもいきません。この分野の人材を雇うのが難しいのは、情熱だけでなく専門知識と一般常識を兼ね備え、複雑な利害関係者と協力できる人材が必要だからです」と話す。
高月のチームはさまざまなバックグラウンドを持つ専門家で構成されている。高月はこの10年間スチュワードシップに携わってきたが、AXAインベストメント・マネージャーズから移籍してJPモルガンの一員となった。彼のチームは2021年、香港で影響力を持つプロキシーアドバイザー会社、ISSから投資スチュワードシップの専門家を1人引き抜いている。
企業と関わり、難しい質問を投げかけることは、ジャーナリスト一家の出身である高月がBBC、CNBC、ブルームバーグ・ニュース(Bloomberg News)で記者やプロデューサーをしていた時代に磨いたスキルだ。
「スチュワードシップに携わることや有能なジャーナリストであるということの本質は、難しい質問をして、企業の責任を問うことなのだと思います」と高月は分析する。「経営者たちは、自らの行動に対する説明責任を果たす必要があるのです」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・大門小百合)