中国で空前のキャンプブームが起きている。
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厳しい移動制限を伴うゼロコロナ政策で中国の旅行業界が不振にあえぐ中、遠くに出かけず非日常を楽しめるキャンプが若者の間で大流行し、市場の“救世主”として注目を集めている。
中国のキャンプ市場は歴史が浅く伸び代が期待できるため、企業の参入ラッシュが続く。日本のインバウンド業界にとっても、キャンプやグランピングは新たな成長分野になるかもしれない。
中国版インスタ「RED」で人気爆発
上海で3月中旬に新型コロナウイルスの感染が拡大し、外出制限が敷かれるようになると、自宅のリビングやサンルーフにテントを設営して、家族で楽しむ様子がSNSで拡散した。
その後、上海が封鎖され、4月下旬には首都の北京も感染拡大を受け、通勤や通学、飲食店の営業が制限された。中国は感染対策として行動追跡アプリ「健康コード」が広く導入され、感染拡大局面では市や省をまたいで移動すると健康コードの色が変わり、出勤や公共交通機関の利用もしにくくなる。
全国的に遠出の自粛ムードが蔓延する中、4月末から5月初めのメーデーの5連休に、中国版インスタグラム「小紅書(RED)」でキャンプを楽しむ若い女性たちの投稿が爆発的に増えた。
感染リスクが低い地域で、近場かつSNSでの“映え”も期待できるキャンプ場に若者や親子連れがなだれ込んだようだ。
キャンプの人気ぶりは旅行プラットフォームのデータにも現れた。
宿泊施設や観光施設、交通チケットの予約サイト「去哪儿(Qunar)」によると、メーデー休暇中のキャンプ関連施設の予約は前年同期比3倍に、キャンプができる公園の入場券の販売数は前年の1.4倍に増えた。「キャンプ」をキーワードに入れたホテルや民泊施設の予約数も大幅に上昇した。北京、上海、広州市、深セン市の一級都市のうち感染が広がっていない広州、深セン両市のキャンプ場は特に大盛況だったという。
アリババ系の旅行サイト「飛猪(Fliggy)」も同様の傾向で、1990年代生まれのグループと1980年代生まれの親子連れが予約者の9割を占めた。
国内企業の6割が設立3年以下
中国のキャンプ市場の伸びと予測。2021年に急成長した。
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スキーなどの冬季競技やガーデニングといった自然に触れ合いながら、道具をそろえたり場所を整備するのに一定程度の支出が必要なレジャーは、海外旅行や自動車と同様、中国の中間層が台頭した2010年前後から伸び始めた。キャンプもその一つで、現地メディアの分析によると15年ほど前に立ち上がった市場だという。
商業的なキャンプ関連イベントが初めて開かれたのは2008年。当時人気だったアウトドア雑誌が、キャンプとグルメとフェスを織り交ぜたインベントを実施したのが最初という。
2010年代に入ると軽量テントと缶詰め、カップラーメンを携えたキャンプが、登山愛好家の間で少しずつ広がっていった。そして2010年代後半に入ると、中国人の消費力向上を背景に、宿泊の手段ではなくキャンプそのものを目的とするトレンドが出現した。
じわじわ成長していたキャンプ市場を一気に拡大させたのは、2020年に始まったコロナ禍だった。
市場調査会社「iimedia reserch」がまとめた「2021-2022中国キャンプエコノミー産業の現状・消費行動データ研究報告」によると、2014年から2020年まで年10%台の成長を続けていた中国のキャンプ市場は2021年に78%伸び、299億元(約5700億円、1元=19.2円換算)に達した。2022年以降も2ケタ成長が続き、2025年には562億元(約1兆円)に拡大すると見込まれる。
企業データベースの「天眼査」によると、中国に4万7000社あるキャンプ関連企業のうち2019年に3000社、2020年に8200社、2021年に2万社が設立された。全体の6割超が設立3年以下だ。また、国内市場が急成長しているとはいえ、欧米や日韓など海外市場の方が裾野が広いこともあって、メーカーの多くは越境ECに力を入れテント、折り畳みテーブルセット、寝袋、ガスキバーナーなどを輸出しているという。
関連企業の株価ストップ高
キャンプ関連の用語は上海がロックダウンに入った4月からネットで激増した。
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コロナ禍で成長が加速しているキャンプ市場だが、実は今月に入るまでそれほど注目されていなかった。
2020年1-3月の武漢パンデミックを起点とする最初の感染拡大時は、消費・経済全体のV字回復とDXに関心が集まり、狭い分野にはスポットが当たりにくかった。
2021年は世界でデルタ株が猛威を振るうのとは対照的に、中国はゼロコロナ政策が機能しコロナ禍とはほぼ無縁だったため、「コロナ銘柄」の業界や企業がフォーカスされることもなかった。
しかし2022年は3月から各地で感染が拡大。メーデーの5連休の国内旅行者数は前年同期比30.2%減少し、国内旅行収入も646億8000万元(約1兆2400億円)とコロナ前の2019年の44%にとどまっている。
感染拡大で春の行楽シーズンの旅行市場に急ブレーキがかかるのは、実は中国では初めてだ。観光業界が総じて不振に陥り、株式市場もパッとしない中、キャンプ界隈だけが活況を呈していることが、経済関係者の注意を引いたようだ。
連休明けの中国株式市場では、キャンプ関連企業の株価が大幅続伸し、テントの製造販売を主力とする牧高笛など4社がストップ高をつけた。
人気の中心はグランピング
快適な室内でくつろぎ、バーベキューを楽しむようなグランピングが人気だという。
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日本でもコロナ禍をきっかけに感染リスクの少ないキャンプがトレンドとなり、1人で楽しむソロキャンプも浸透した。
一方、中国はキャンプの歴史が浅く、今回のブームを牽引しているのも20~30代の若者のため、飯ごうで米を炊いたり寝袋で寝るような従来型ではなく、快適な施設に宿泊し、大勢でバーベキューを楽しむといったグランピングスタイルに人気が集まっている。
女性ユーザーが多いSNSのREDでは「キャンプファッション」「キャンプ 撮影」などのキーワード検索が顕著に増えているという。
また、中国のオンライン旅行会社シートリップによると、「キャンプ」に花見、キャンプカー、野外フェス、撮影などを組み合わせたイベント要素の強いスタイルが好まれている。
中国消費者の消費のアップデートに伴い、海外旅行でも買い物から体験型の「コト消費」への移行が進んでいることはコロナ前から指摘されていた。2019年は青森の温泉が突如人気になるなど、「穴場」「秘境」スポットを求める中国人旅行者が増加傾向にあった。今のキャンプブームは、癒しや自然へのニーズを反映しており、中国人の海外旅行が復活すれば、日本のキャンプ場にとっても新たな商機になりそうだ。
中国の華安証券のレポートによると、中国人の一人当たりのアウトドア用品消費額は欧米国家の4分の1ほどで、伸びしろが期待できる。一方で、中国はまだテントを設営したりキャンプカーで泊まれるキャンプ場が少なく、需要の増加に追いついていないという。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。