新規D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)ブランドのショッピファイ(Shopify)ストアを1億円超で売却したミゲル・ファクーセ。
Courtesy of Miguel Facussé
コスタリカで露天商、ホンジュラスで大工、マイアミでは寿司レストラン経営と、いろんな商売を経験してきましたが、人生を変えるほどの富を得る最初の機会を見つけたのは、Eコマースの世界に足を踏み入れてからでした。
私(ミゲル・ファクーセ)が2021年4月にメンズウェアブランド「ジャック・アーチャー」を立ち上げたのは、大手ラグジュアリーブランドに代わるより良いものを求める自らの内的なモチベーションに加え、ブランド立ち上げと前後して積み重ねた調査や実験の結果から見えてくるものがあったからです。
素材やデザインはもちろん、サイトに掲載するコピーやメッセージなど、テストにテストを重ねつつビジネスに乗り出しました。
説得力あるコピーはコンバージョン率を飛躍的に高める
私には職業としてのコピーライティングの経験はありません。さまざまなビジネスを通じて試行錯誤しながら身につけました。
宣伝コピーで一番注目を集めやすいのは「課題解決型」のステートメントです。私たちのジャック・アーチャーで言えば、「パンツは不快であってはならない」というスローガンが圧倒的に強い結果を示しています。
マーケティング担当がいなかったので、自分のプライベートの時間を使って既存製品の購入者が最も不快を感じるポイントを研究し、共感を得られそうなコピーを決めました。
私は当時ジャック・アーチャーの立ち上げ以外にフルタイムの仕事はしておらず、他には多少のコンサルティング業務を請け負うくらいで、一義的にはアイデアを試している起業家でした。
ブランドや百貨店のウェブサイトで何百件もの商品レビューを徹底的に読み込んだ末に、私の仮説は間違っていないとの思いを強くしました。要するに、既存の選択肢では不十分なのです。
消費者はより高品質でフィット感があり、それに見合った適正な価格の商品を求めています。ただ、私にはそのような消費者の考えを裏づけるデータを持ち合わせていませんでした。
オンライン販売の素晴らしいところは、驚くほど簡単に仮説を検証できることです。
私の場合、販売する商品すらまだ存在しない段階で、したがって当然のことながら商品在庫にびた一文コストをかけることなく、フェイスブックとインスタグラムに広告だけ走らせてコンバージョン(=顧客獲得)単価をあらかじめ把握することができました。
このテストは、コピーやフレーズを入れ替えることで結果がどう変わってくるかを確かめるのが第一の狙いでした。広告掲載に1万ドルほど貯金を費やした結果、ブランドのコンバージョン単価は十分低く、利益を出せることが分かりました。
ジャック・アーチャーの最初のテストは合格というわけです。
そこで満を持して、貯金50万ドルを初めての大規模在庫投資につぎ込みました。もちろんリスクの伴う行為ですが、テストで得られたデータのおかげでさほど不安はありませんでした。
在庫が用意できたところで販促キャンペーンの強化に動き、結果としてわずか1カ月で50万ドルの在庫すべてが予約分だけで完売となりました。リスクは報われたのです。
ゼロからのビジネス立ち上げは情熱と知力次第
2021年12月のこと。インスタグラムのタイムラインをスクロールしていると、自分が運営するオンラインストアを売りに出すよう勧める広告が目に入りました。
ストアに売却という選択肢があるのは初耳でした。買収のターゲットになるのは自分のところよりずっと大きく、誰もが知っているD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)ブランドだけと思っていましたから。
買収元は、エアビーアンドビー(Airbnb)への初期投資などで知られる著名ベンチャーキャピタリスト、キース・ラボア氏が2021年に設立したスタートアップ「オープンストア(Openstore)」です。
同社はリピート率、平均購買額、マーケティング効率などファンダメンタルズ(=財務・業績状況などを示す指標)に基づいてジャック・アーチャーの事業評価を実施しました。
過去の顧客行動をベースに、ビジネスの長期持続性を予測するのがこの事業評価の目的で、全プロセスはデータドリブンで行われます。
私たちのショッピファイ(Shopify)アカウントをオープンストアのポータルサイトに接続するだけで、最新の損益計算書(PL)がわずか数分ほどでアップロードされ、手続きは完了です。
数日後、私は買収オファーをメールで受けとりました。
ジャック・アーチャー:93万8600ドル
私も自分なりに事業価値を計算してみたのですが、オープンストア側の提示額とズレはありませんでした。信頼性の高いアルゴリズムを使っていることが分かって、こちらも一歩前に踏み出す気持ちが固まりました。
オファーを承認してからの手続きはあっという間です。
送信した損益計算書の記載情報に虚偽がないことを確認するのに必要な証明書類と、事業の承継に必要な全書類を再びポータル経由で提供すると、間もなく確認事項とともに追加資料手配の要請が届き、あとは大したやり取りもありませんでした。
およそ1週間後、オープンストアによる事業の引き継ぎは完了。今日も同社がジャック・アーチャーの運営を続けています。
Eコマースを立ち上げ、売却したい人がやるべきこと
(1)マーケティングは戦略の要(かなめ)
D2Cビジネスを展開することは、有料のソーシャル広告を活用したマーケティングに大金を投入するのとイコールです。
私の場合、上で紹介したテストキャンペーンと説得力のあるコピーライティングに全力を注いだことが、初期段階で成功をおさめるカギとなりました。
事業をある程度成長させたあとは新しいチャネルの発見と最適化が重要になり、そのうちフェイスブック広告にも手を広げ、最終的に売却に至るまでソーシャル広告には計40万ドルほど使っています。
そのあたりをうまくやらないと、広告費用がすぐに利益を食いつぶすことに。コンバージョン単価を徹底的にモニタリングして、最適化のための新たな方法を常に模索すること。規模拡大に気をとられるうち、ビジネスの重要な側面をそっちのけにしないようにしましょう。
(2)整理整とんと効率化を忘れず
事業売却を目標に据えている人へのアドバイス。買収元はあなたがしっかりした人物かどうか知りたがるものです。経理、データ追跡、報告書類の作成を疎(おろそ)かにしないこと。
適切なツールを導入して早い段階からしっかりした経営基盤を築いておけば、あとになって手直しに時間と労力をとられずに済みます。苦しむ価値のない作業なので、やるべきことはすぐにやりましょう。
ジャック・アーチャーを売却したのち、私は次の事業としてブランドマーケティング支援サービス「グロース・メカニクス(Growth Mechanics)」を新たに立ち上げました。
事業売却によって得られる最大の果実は、次に何をしたいかを考える機会を得られることなのです。
(翻訳・編集:川村力)