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アメリカの半分で中絶が違法になる可能性。選択的夫婦別姓めぐる議論との共通点

中絶を違法とする草案に反対するデモ

Matt Gush / Shutterstock.com

アメリカで中絶問題をめぐる議論が再燃している。1973年、米連邦最高裁判所が妊娠約24週目までの中絶を合憲とした Roe v. Wade(ロー対ウェイド。以下ロー)判決から約半世紀。アメリカでは最も政治的な議論の的となってきたこの判決が、ここへきて覆る可能性が出てきた。5月2日に最高裁の多数派による意見書草案がリークされて以来、最高裁前や多くの都市で連日デモが繰り広げられ、メディアでもこの話が取り上げられない日はない。

アメリカには、歴史的節目を作った重要な最高裁判例がいくつかある。公立学校における白人と黒人の別学を定めた州法を違憲とした「ブラウン対教育委員会(Brown v. Board of Education, 1954)裁判」、同性愛者による性行為及びオーラルセックスなどを禁じたテキサス州のソドミー禁止法を違憲とした「ローレンス対テキサス州(Lawrence et.al.v.Texas, 2003)裁判」 、最高裁がアメリカ全州において同性間の結婚を認めた「オーバーグフェル対ホッジス裁判(Obergefell v. Hodges, 2015)」などだ。

ロー判決は、胎児が母体から出ても生きられる状態になる24週目以前の中絶は合憲とし、中絶の規制を目的とした国内法は違憲無効とする根拠になっている。歴史的判例の中でも特に重要な一つで、アメリカの法律大学院や政治大学院では、必ず時間をかけて扱われる。

なぜ中絶問題が重要な政治問題なのか

アメリカの大統領選では必ず重要な争点の一つとなる中絶問題。日本人には理解しにくいかもしれないが、中絶問題が大きな議論となるのは、アメリカはキリスト教徒たちが作った国であり、今でも基本的にはキリスト教信者が過半数を占める国であるという宗教的な背景がある。特にカトリック教徒(中でも避妊や中絶を認めない保守派)と、福音派プロテスタント(「エヴァンジェリカル」と呼ばれる保守派)は過去50年間、中絶を合憲とするロー判決に対して猛反発し、特に共和党の政治家に対して中絶を規制するよう働きかけてきた。

さらに中絶問題は「個人の選択を憲法がどう定めているか」という大きな問いであり、その解釈が人によって大きく異なる(最高裁判事の間ですら)からだと思う。政府が個人の選択にどこまで法律によって介入できるか、どこまでが憲法で保障される人権なのか、その境界線がどこにあるかという問題は、アメリカでは非常に大きいものと捉えられている。

生殖に関わる決断を女性自身に認めるロー判決の重要な根拠の一つは、合衆国憲法修正第14条の「適正な法手続き条項(Due Process Clause)」だ。修正第14条が各州に対して言っているのは、いかなる州も「法の適正な過程によらずに、その生命、自由または財産」を個々人から奪ってはならず、またあらゆる人に対する「法の平等な保護」を否定してはならないということだ。この中の「自由(liberty)」という言葉は、「個人的な選択」を含むものと解釈され、ロー判決やその後の同性婚を合憲とする判決などにおいても重要な根拠の一つになっている。

性や生殖に関する自己決定権は、全ての人権の中で最もプライベートな権利と言ってもいいだろう。だがその解釈に正面から異論を唱えているのが、今回リークされた多数派意見草案なのだ。

前代未聞の漏洩が意味すること

米最高裁の写真

判決前に草案が漏洩したことは、最高裁の地位を揺るがすだろう。

REUTERS/Leah Millis

騒ぎの発端は5月2日、最高裁のサミュエル・アリート判事が書いた多数派意見書の草案(2月に最高裁判事の間で回覧されたもの)が政治ニュースサイトの Politico によるスクープで明らかになったことだった。

Politico: Supreme Court has voted to overturn abortion rights, draft opinion shows

これは、ミシシッピ州が妊娠15週以降の人工中絶を禁止(強姦や近親相姦といった例外もなし)したことが合憲かどうかを争う訴訟(Dobbs v. Jackson Women’s Health Organization)に関するもので、最高裁は6月下旬か7月初めまでに、これについて判断を示すものとみられている。現在の最高裁判事の内訳は保守系6、リベラル系3であることから、保守派がロー判決を覆すのではないかと見られていた。

執筆者のアリート判事は草案の中で、「ロー判決はそもそも甚だしく間違っており、論理的に弱い」という立場に立ち、この判決のせいで社会がより分断されたと述べている。また、「憲法は中絶について言及しておらず、よって明確に保護されてもいない」とし、中絶は憲法問題ではなく、立法府が決めるべき問題であるという考えを展開している。

さらに「憲法が明白に言及していない権利が保護されるためには、それらの権利が、アメリカの歴史と伝統に深く根ざしていることが必要である」が、中絶の権利はそのような権利には当てはまらないどころか、ロー判決が出るまでは、中絶を禁じる伝統の方がアメリカでは根強かったとも指摘している。

「この国の伝統なので、中絶の権利は保護されない」というこの論法は、時代の文脈や社会の変化を無視したものだとして、既に多くの識者から批判されている。1787年に憲法が執筆された当時のアメリカは家父長的社会で、女性は男性に従属する存在と捉えられていたのだから、当然中絶の権利どころかプライバシー権という概念も存在しなかっただろう。

この意見は中絶を全面的に禁じようとするものではない。ただ、中絶問題に対する判断を連邦から州レベルに戻し、各州が独自の判断で中絶規制を可能にする道を開こうとしている。これに対して、「こんな大事な人権問題を、州レベルで決められるようにしていいのか。憲法によって保証されるべき権利ではないのか」という非難が盛り上がっているのだ。

アリート判事のこの草案には保守派の4人の判事(クラレンス・トーマス、ニール・ゴーサッチ、ブレット・カバノー、エイミー・コニー・バレット)が支持を表明しているとされる。仮に今態度を明らかにしていない保守派のジョン・ロバーツ最高裁長官が反対したとしても、すでに5人の保守の票が固まっている以上、ロー判決が覆る結果には変わりがない。

むしろこのニュースを聞いたときにまず私が感じたのは、判決前に草案が漏洩するという前代未聞の出来事がなぜ起きたのか、ということだった。この数年、新たな判事の任命のたびに政治闘争の材料とされてきた最高裁がさらに生臭い政治の道具となり、今後その地位と信頼が失墜するだろうと感じた。

ロバーツ長官は、リークに関しての真相究明を徹底的に行うとしている。誰が何の目的で漏洩したかについてはさまざまな憶測が飛び交い、「中間選挙の前にリベラルが支持層に危機感を持たせ、結束させるため」という意見もあれば、「草案が明らかになることで、判事たちが意見を変えにくい状況を作り出そうとする保守派の仕業」という見方もある。

各州で成立する中絶規制法

中絶禁止に声を上げるテキサス州の人々の写真

妊娠6週目以降の人工中絶を実質的に禁止するテキサス州法に対してデモを行う参加者たち(2021年10月撮影)。

Shutterstock/Vic Hinterlang

ロー判決が覆るというニュースは衝撃だったが、その前兆はあった。近年、中絶を規制する州法が、保守的な南部の州を中心に次々と可決されてきたからだ。これまで例外とされていた近親相姦やレイプによる妊娠についても例外とせず、中絶手術を施した医師には最長99年までの禁錮を求める州法(ルイジアナ州)もある。

最近注目を集めたのは2021年9月、原則的に妊娠6週目以降の人工妊娠中絶を禁じるテキサス州法「ハートビート法」(通称)が発効したことだ。権利擁護団体などが連邦最高裁に差し止めを求めていたが、請求は退けられた。多くの女性は6週目にはまだ妊娠に気づいていないことが多く、手遅れになることが危惧されている。この州法でもレイプや近親相姦による妊娠も例外として扱われない。テキサスのアボット知事は次期大統領選で共和党指名候補の座を狙っているとされ、保守派の支持を得るための点数稼ぎではないかと見られている。

さらにこの州法では、中絶を行う医師や、中絶をほう助した市民(中絶クリニックに女性を車で連れていってあげた人など)を市民が訴えることができる。誰もが訴訟を起こすことができ、勝てば報奨金も手にできる。これが発効した時に識者たちは、「ロー判決が覆された場合、多くの州でこれと同じことが起きる」と警鐘を鳴らしていた。

実際アイダホ州でも2022年3月に同様の州法を可決し、「まだ生まれていない子ども(preborn child)」の家族(強姦加害者の家族も含む)が中絶を行った医師を訴えることができるとした。だが、現在アイダホ州の最高裁は発効を止めている。

オクラホマ州ではつい先日(5月19日)、受精した瞬間から中絶をほぼ全面的に禁止し、中絶行為を「重罪」(最大で禁錮10年と罰金10万ドル)とする州法案を賛成多数で可決した。これはテキサスの「ハートビート法」をさらに上回る、目下全米で最も厳しいものとして注目を集め、カマラ・ハリス副大統領は「女性に対する攻撃」と非難している。

オクラホマ州法もテキサス州法同様、中絶に協力した人や医師を市民が提訴できる仕組みになっているが、これまでもアメリカの狂信的Pro Life(胎児の生命尊重)派は、中絶クリニックを襲撃したり、中絶を行う医師を殺したりという過激な事件を起こしてきた。中絶手術を受けにきた女性たちが入れないように入口を塞いだり、血だらけの赤ちゃんの人形を掲げて「人殺し!」と叫んで嫌がらせをしたりという光景も、保守的な地域では珍しいものではない。「胎児の命を守る」と言いながら、生きている人間を殺害するところがすでに矛盾しているのだが、そもそもこういう人たちは論理では行動していないのだろう。

だから報奨金まで出るとなれば、密告したり、医師や中絶ほう助者を訴えるPro Liferの市民は、いくらでもいるだろうなと思う。この「市民が市民を見張り、訴える」という仕組みは気味が悪いが、今後この方法をとる州は増えてくるのかもしれない。

中絶反対は多数派なのか

妊婦のイメージ画像

データを見てみると、人工中絶はアメリカにおいて「世論を二分している」とは必ずしも言えない(写真はイメージです)。

Shutterstock/Gajus

よく「アメリカでは中絶は世論を二分するトピック」という表現が使われる。でも、世論は本当に二分されているのだろうか。上記のような最高裁多数派意見は、アメリカ国民の多数派の意思を反映していると言えるのだろうか。

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