2022年から順次、改正法が施行され注目される「男性育休」。
最近ではスタートアップの社長が取得する例も出てきたが、3年前、上場企業の社長就任2年目にして、1カ月間の男性育休を取得した人がいる。
ミートボールでおなじみ、石井食品の石井智康社長(40歳)だ。現在はシングルファザーとして子育てをしながら9時5時勤務で社長業をこなす石井さんに、男性育休を普及させる処方箋を聞いた。
上場企業社長が1カ月間の男性育休
ミートボールでお馴染み石井食品の石井智康社長。実は男性育休のパイオニアだ。
撮影:竹下郁子
石井さんが自身の祖父が創業した石井食品(千葉県・船橋市)の社長に就任したのは2018年。翌19年に第一子となる長女が誕生し、共働きだった妻と共に1カ月間の育児休業を取得した。
厚生労働省によると、当時(19年度)の男性育休取得率は7.48%だ(雇用均等基本調査)。上場企業(東証二部)の社長が、就任2年目で、しかも1カ月間の育休取得は異例と言える。
迷いはなかったのかたずねると、
「子どもが生まれるのに育休を取らないという選択肢は、僕の中にはありませんでした」(石井さん)
とキッパリ。石井さんは早稲田大学卒業後、アクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現・アクセンチュア) に入社し、エンジニアとして働いていた。周囲のエンジニア職の男性は3カ月から半年間の育休を取っていたため、当然の感覚だったという。
社内2人目の男性育休がまさかの社長
撮影:竹下郁子
周囲の反応はどうだったのだろうか。石井さん以前に男性育休を取得した社員は1人だけ。社内で育休を取得すると発表した際には、女性社員から拍手が起きたそうだ。
「男性社員にはさまざまな思いがあったでしょう。本当は取りたかったのに取れなかった人や、社長が育休を取るなんて常識ハズレだと考える人もいたと思います。
育児に限らず介護や病気など、社員が必要な時に休める状態を作っていくことがこれからの企業において重要なのだと理解してもらえるよう、説明は尽くしたつもりです」
看板商品である「イシイのおべんとクン ミートボール」をはじめ、同社の商品は子どもがいる家庭向けの物も多い。ユーザーニーズを理解する意味でも育児参加は必須だ。そのためか、株主や取引先からは表立った批判をされた記憶はないと語る。
属人性を解消するため長期休暇を推進
GettyImages / Glow Images
加えて石井さんは社長就任直後から、「最低1週間、できれば2週間の長期休暇」の取得を推進していた。当時の石井食品は社内コミュニケーションといえばガラケーとFAXで、パソコンやメールアドレスを付与されていない社員もいたという。
石井さんの最初の仕事は社内にITツールを普及させること、そして「仕事の属人性を解消」することだった。
「どの部署も仕事が属人化している問題を抱えていました。これを解決するには社員に休んでもらうのが一番いい。その人がいなくとも仕事がまわる状態なのかがシミュレーションできますから。
育休もこの延長線上にありますし、社長も例外ではありません」(石井さん)
リーダーが抜けると権限委譲も進み、メンバーのオーナーシップも育つというのが持論だ。石井さんの育休中は、社長がすべき意思決定は取締役や執行役員らに全てを委ねたという。
「『必要なら連絡をください』と言って休みに入ったものの、全くこなくて。僕は必要ないんじゃないかと不安になったくらいでした(笑)
とはいえ家事や育児でいっぱいいっぱいで、連絡がきても対応する余裕はなかっただろうというのが実際のところですが……」
役員2人も男性育休、トップが空気を変える
石井食品本社に設けられたキッズスペース。
撮影:竹下郁子
育児休業ではなく「育児修行」という呼び方のほうがしっくりくるという石井さん。育休中にひたすら家事をこなす中で、「名もなき家事」の多さに改めて気づいたそうだ。
「男性育休を取得しても、『世話が必要な“子ども(=夫の意)”が1人増えただけでかえって大変だった』と妻に思わせてしまったら意味がない。男性は妻が家事をする必要がないようにすることが最低限大切だと思います」(石井さん)
石井さん以降、育休を取る男性社員は増え続けている。
2021年末、石井食品公式Twitterアカウントの「同僚がパパになり2週間ほど育児休暇をとるのですが、 社長から『もっと育休とりなよ』と言われていました。やばい。この会社推せる」というツイートが話題になった。
石井さん本人のこうした後押しをはじめ、全社員を対象にした研修でも育休中の過ごし方や復帰後のフォローなどを継続して行っている。
役員レベルでも普及しており、2021年から2022年にかけて男性の執行役員2人が立て続けに1カ月間の育休を取った。
「まずはトップが率先して空気を変える。そして後に続く人のために制度を整え続けたことが良かったのかなと」(石井さん)
「代わりの人材がいない」のは経営層の責任
子連れ出社中の石井さん。
提供:石井食品
石井食品の男性育休の普及を支えているのが、前述した長期休暇だ。連続した5日以上の休暇の取得率は60%超で、社内の休みやすい空気を底上げしている。長期休暇推進と並行して働き方改革も行ってきた。
「休むためには働き方を変える必要があるんですよね。その人にしかできない仕事がないよう徹底した情報共有を行ったり、必要な業務と社員のスキルを一覧にしたスキルマップを部署ごとに作成し、欠員が出ても慌てずにすむよう育成プランを練っています」
積水ハウスが実施した男性育休に関する調査によると、取得に後ろ向きな理由として「代替要員の手当ができない」ことを挙げる経営層や管理職は少なくない。
しかし、石井さんはこの発想そのものに疑問を呈する。
「代わりの人材がいないのは、そもそも経営としてリスクですよね。育休でなくとも病気や事故、離職の可能性もあるんですから。その人がいなくとも回る仕組みを作ることや人材育成が管理職や経営層の仕事です。
それでも難しい場合は、私だったら減産体制を取るなど、会社の目標値のほうを修正します」(石井さん)
仕事は9時5時、夜の会食なくとも社長はできる
撮影:竹下郁子
昨年、パートナー(妻)を病気で亡くした石井さん。現在はシングルファザーとして、2歳になる長女を育てながら社長業をこなしている。
「朝8時30分に保育園に送って夕方6時に迎えに行くので、仕事はその間の9時5時でやっています。夜は9時から10時頃、娘を寝かしつける際に一緒に寝ているので、健康的な生活です。
親戚や友人、そして機械にもサポートしてもらってますが、いや〜、家事ってやってもやっても終わりませんね(笑)」
夜の会食も月に1度ほど。「会食しないと社長業がこなせないというのは甘え」だと話す。
石井さんのように、多様な働き方の経営者が増えることは、日本社会にどのような変化をもたらすだろうか。
(文・竹下郁子)