Mike Hutchings/Reuters
- 大手会計事務所のデロイトが発表した新たな研究は、気候変動とその経済的リスクに取り組むための4つのフェーズを提示している。
- デロイトの研究チームは、気候変動リスクは今後50年間で世界経済に178兆ドルのGDP損失をもたらすと見ている。
- 脱炭素化社会を実現することで、この損失を補い、逆に43兆ドルの成長を生み出すことができると、研究チームは指摘している。
気候変動を放置すると、2070年までに世界経済が壊滅的な打撃を受ける可能性がある。米大手会計事務所デロイト(Deloitte)による新たな報告書では、そのような破滅を避けるために、政府、企業、市民が取るべき4つのステップを提示している。
インフレ、ロシアのウクライナ侵攻、サプライチェーンの寸断など、世界経済を脅かす問題は山積している。だが、迫り来る気候危機を無視してしまうとあまりにも大きな代償を支払うことになると、デロイトのエコノミストであるプラディープ・フィリップ(Pradeep Philip)、クレア・イブラヒム(Claire Ibrahim)、セドリック・ホッジズ(Cedric Hodges)が2022年5月23日に発表した報告書で述べている。
もし世界が今のままの道を歩めば、今世紀末には平均気温が摂氏3度上昇することになり、その結果、今後50年間で世界経済に約178兆ドルの損失が生じるという。また、食料不足、雇用の喪失、生活水準の低下など、人々が被る犠牲も増えることになると研究チームは述べている。
逆に、温室効果ガス排出量の「ネットゼロ(実質ゼロ)」を推進することで、今後数十年の経済成長をより強力に後押しすることができる。報告書によると、このような方向転換により、2070年までに世界経済を43兆ドル成長させることができるという。
しかし、その期限は刻一刻と迫っている。デロイトが予測する明るい未来を実現させるには、2050年までに世界が脱炭素化し、温暖化を約1.5℃に抑えることが条件とされている。しかし、温室効果ガス排出量をゼロにすることは簡単なことではない。デロイトは、環境的に持続可能な未来を実現するために、次の4つのステップが重要であると考えている。
気候変動に対して「大胆に」行動する
ネットゼロの達成に向けた最初のステップは、具体的というより理論的なものになるという。低炭素の未来を実現する世界的な政策と枠組みによって、脱炭素化に向けた「舞台を整える」必要があり、このステップでは「大胆な気候変動対策」に焦点を当てることになると、研究チームは述べている。
温室効果ガス排出量は依然として増加傾向にあり、各国の政府が脱炭素化経済を計画するための時間は残り少なくなってきている。
「気温が0.1℃上昇するごとにかかるコストを考えると、1カ月遅れるごとにリスクが高まり、最終的な経済的利益も得られなくなってしまう」
コストの先払いによる経済成長の促進
脱炭素化を図ると(緑のライン)、十分な対策をしない場合(グレーのライン)よりも、2050年頃からGDPの成長率が高まると予測される。
Deloitte
温室効果ガス排出量のネットゼロを達成するには相当な投資が必要になる。手遅れにならないうちにネットゼロ経済に移行するには、クリーンエネルギー、持続可能なサプライチェーン、大量にガスを排出する産業の改革にコストをかける必要があるとデロイトは指摘している。
しかし、この移行には「成長の痛み」が伴うという。企業が収益性から持続可能性に重点を移し、環境保全型経済のための投資をするようになると、今後20年にわたってGDP成長率は低下するだろう。だが、2040年代後半に経済的成長が転換点を迎え、その後、気候変動による災害が回避できるだけでなく、これまでの投資による大きなリターンが得られるとデロイトは予測している。
転換点への到達
「ネットゼロに向けた実験」が実を結び始めるのは、「構造的経済調整」への投資が一段落する約25年後で、「その頃には移行による成果が現れ、経済はプラス成長に転じるだろう」という。
また、この転換点は、世界経済における178兆ドルの損失というリスク予測から43兆ドルの利益へと移行する時でもある。移行期の最初の数年間は多額のコストがかかるが、経済学者が潜在的なリスクをモデル化する際には、気候変動を一時的なシナリオではなく、トレンドとして捉える必要があるとデロイトは指摘している。というのも「気候変動がもたらす経済的影響が経済のベースラインから取り残された場合、誤った意思決定、効果的でないリスク管理、危ういほど不十分な気候危機への対策が行われる可能性が高い」からだとチームは述べている。
温室効果ガス排出量の少ない未来を維持する
温室効果ガス排出量を抑制することで、理想的には脱炭素化経済の実現につながるが、それですべてが終わるわけではない。政府や企業は、グリーン経済を維持し、成長させるために「有機的につながった低炭素システム」を構築しなくてはならないと、研究チームは述べている。さらに、この世界経済は「ガスの排出量抑制に配慮した経済よりも、ずっと速いスピードで拡大する」と指摘する。
気候変動対策から得られる恩恵は、地域によって異なる。報告書によると、アジア太平洋地域の経済は、気候変動による被害を最も受けやすいという。この地域では、脱炭素化が達成されない場合、2070年までに96兆ドルに相当する経済成長が失われる可能性がある。言い換えると、この地域の50年後のGDPは、排出量がネットゼロの場合よりも9%減少する可能性がある。
アジア太平洋地域の次に気候変動による被害が大きいと思われるのは南北アメリカ大陸で、2070年までに36兆ドル相当の経済的損失を受けるとデロイトは予測している。アメリカだけでも4兆ドルに相当する潜在的な成長力が失われ、2070年までにはこの地域全体のGDPは、ネットゼロの場合よりも4%減少する可能性がある。
欧州では、ネットゼロの場合と比較すると2070年までに10兆ドル相当のGDPを失うと予測され、他の地域と比べると経済的損失は最も小さいと思われる。それでも、気候問題が欧州経済に打撃を与えることに変わりはなく、2060年代の経済成長率はわずか1%にとどまると予測される。
脱炭素化により得られる利益は極めて大きい。デロイトの分析は、脱炭素化への投資が単に利益を生むだけでなく、21世紀を通じて配当がもたらされることを示している。
(翻訳:仲田文子、編集:Toshihiko Inoue)