HSBCアセット・マネジメントの責任投資部門のグローバル責任者、スチュアート・カークは、報道機関のイベントで行った気候危機に関連する発言で、停職処分となった。
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2022年1月、ブラックロック(BlackRock)のラリー・フィンクは、「私たちがサステナビリティを重視するのは環境保護主義者だからではありません。私たちが資本家であり、顧客に対する受託者だからです」という年次書簡を投資先企業のCEOに宛てて送った。
フィンクは書簡の中で、ブラックロックがESG(環境・社会・ガバナンス)の要素を投資プロセスの一部として活用していると自社のスタンスを正当化した。投資業界におけるESG配慮の使われ方に対し激しい反発が起こっている中、彼は、いわゆる「ステークホルダー資本主義(企業が従業員や地域社会などの利害関係者に配慮することを意味する用語)」に対する同社の見解を明確にしようとしたのである。
「ステークホルダー資本主義は、政治的なものではありません。社会的、イデオロギー的な課題でもありません」とフィンクは記している。「『Woke(社会問題への意識が高い)』というわけでもありません」
フィンクが、ステークホルダー資本主義へのスタンスについてこのようにはっきりと述べたことは、ESGに関し激しい論争が巻き起こっている2022年の状況を決定づけたといえる。
ESGのメリットと影響に関する議論は新しいものではない。しかしここ数週間、アメリカの共和党の議員、投資家、そして銀行の責任投資部長までもが、持続可能な投資、気候変動に起因するリスク評価や何兆ドルもの資金がかかっている幅広いESGエコシステムに対する批判を強めている。
投資家は現在、上場企業に気候変動に関連する実質的な情報開示を義務づけるという米国証券取引委員会(SEC)の包括的な提案に注目している。そして、2022年5月に起きた一連の出来事も、ESGの適用をめぐる緊張を浮き彫りにしたものだった。
これらのESGの議論の焦点となっているのは、社会的危機と向き合うために業界が十分な対応をしていないという意見と、しすぎているという意見である。
アドバイザリー企業のコーンレズニック(CohnReznick)の金融スポンサーと金融サービス部門のマネージングプリンシパルであるジェレミー・スワン(Jeremy Swan)は、「一部の企業が望んでいるように、ESGから手を引くという選択肢は、今はありません」とInsiderに語っている。
「さまざまなファンドの投資家から、ESGの方針や基盤を整備することを求められています。人々が懐疑的に見ているのは、グリーンウォッシュに関してです。多くの企業が、自分たちの語りたいようなストーリーを作り出すことができるデータに依存しているのです」とスワンは言う。「SECが抑え込もうとしているのは、この点なのです」
本稿では、5月にアメリカで起こったESGに関する一連の重要な出来事を紹介する。
2022年5月:共和党がESGに反発
この1カ月、共和党の議員たちは、ESG基準に基づく投資が行き過ぎていると、公然と反発してきた。
ブルームバーグ・ニュース(Bloomberg News)の報道によると、マイク・ペンス(Mike Pence)前米副大統領は2022年5月10日の講演で、テキサスなどの州では大口投資家が投資をする際、ESGの原則を使うことを「抑制」するべきだと述べた。 同月18日には、ウェストバージニア州のライリー・ムーア(Riley Moore)財務長官がツイートで「ESG運動はいつか制御不能になる」と述べ、S&Pグローバル(S&P Global)の一部門がテスラ株をS&P500 ESGインデックスから外す決定を下したことを非難した。
また、24日にはテキサス州のテッド・クルーズ(Ted Cruz)上院議員がCNBCに出演し、ブラックロックのESGに対するアプローチに苦言を呈した。
5月9日:大口投資家の支援を受けた反ESGの新会社が登場
5月9日、ストライブ・アセット・マネジメント(Strive Asset Management)という資産運用会社の設立が発表された。
同社は、巨大な資金運用会社であるブラックロック、バンガード(Vanguard)、ステート・ストリート(State Street)が株主としての影響力を今まで不当に行使してきたとして、「アメリカ企業の非政治化」を目標に立ち上げられたという。
著名な金融関係者の中にも、こうした意見に賛同する者がいる。同社は、PayPalの共同創業者であるピーター・ティール(Peter Thiel)と彼の会社であるファウンダーズ・ファンド(Founders Fund)、億万長者でヘッジファンドマネジャーのビル・アックマン(Bill Ackman)、キャンター・フィッツジェラルド(Cantor Fitzgerald)のハワード・ルトニク(Howard Lutnick)CEOなどの有名投資家からも出資を受けている。
ストライブの共同創業者であるヴィヴェク・ラマスワミ(Vivek Ramaswamy)はウォール・ストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)のインタビューで、2021年の石油大手のエクソンとアクティビスト・ヘッジファンド「エンジンNo.1(Engine No.1)」との戦いを例に挙げ、自分なら大手資産運用会社たちがやったように反エクソン(Exxon)側につくことはなかっただろうと語っている。
「我々なら、石油会社には優れた石油会社であるようにと説き、石炭会社には優れた石炭会社であるようにと言い、太陽光発電会社には優れた太陽光発電会社であるべきだと言うでしょう」と、ラマスワミは同紙に語っている。
一方、ブラックロックの広報担当者は、「ブラックロックが委任状投票を行う唯一の理由は、私たちが資金を運用する、何百万人もの方々の長期的な経済的利益のためです」と言う。「そして、顧客にも委任状投票がどのように投票されるべきかを自ら選ぶ選択肢があるべきだと考えています」
ステート・ストリートの広報担当者は、同社の「スチュワードシップへの取り組みは、価値の創造と受託者としての義務の遂行に引き続き注力していきます」と述べた。
またバンガードの広報担当者は、「私たちは、投資家の最善の利益のために行動する義務を負っています。私たちの唯一の目標は、投資家のために長期的な株主価値を守り、それを高めることです」 と語った。
5月18日:イーロン・マスクがテスラ株排除でS&Pグローバルを批判
5月中旬、市場・格付け大手のS&Pグローバルは、毎年行うリバランス(運用しているポートフォリオの資産配分を見直すこと)の一環として、テスラの株式をESGインデックスから除外したと発表した。この動きに対して、翌日にはテスラのイーロン・マスク(Elon Musk)CEOと、テスラ株を保有し、広く支持されているアーク・インベスト(Ark Invest)のキャシー・ウッド(Cathie Wood)CEOから批判の声が挙がった。
S&Pは、カリフォルニア州フリーモントにあるテスラの工場における人種差別や劣悪な労働環境の告発、さらに自動運転車による死傷事故に関する政府調査への対応などが、ESGスコアの総合評価でマイナスになったと指摘した。
S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス(S&P Dow Jones Indices)の北米ESG指標責任者であるマーガレット・ドーン(Margaret Dorn)は、「テスラはガソリン車を道路から排除する役割を担っているかもしれないが、より広いESGレンズを通して検証すると同業他社に後れをとっている」と、この決定についての投稿の中で述べている。
「ESGは詐欺だ」とマスクはTwitterでS&Pの決定を非難している。また、ウッドはテスラ株をインデックスから外すのは「ばかばかしい」と述べ、このことは「反応にも値しない」と言う。
5月19日:HSBC幹部、気候変動リスク軽視発言で物議を醸す
HSBCアセット・マネジメント(HSBC Asset Management)は、同社の責任投資部門のグローバル責任者であったスチュアート・カーク(Stuart Kirk)が報道機関の業界イベントで行った気候危機に関連する発言を受け、同氏を内部調査の結果が出るまでの間、停職処分にした。同イベントを主催した英フィナンシャル・タイムズが5月22日に報じた。
カークは「投資家が気候変動リスクを心配する必要がない理由」と題した一連のスライドを発表し、気候変動がもたらす科学的裏付けのある脅威を軽視したという。カークのプレゼンテーション動画は、5月24日の時点で6万6000回再生されており、同紙の公式YouTubeチャンネルのFT Live YouTubeで他の動画よりもはるかに多く再生されている。
「根拠がなく、悲痛で、党派的に偏り、利己的で、終末論的な警告は常に間違っている」という見出しが、彼のプレゼンテーションの一部として、スライドの1つに付けられていた。
フィナンシャル・タイムズは、このイベントの企画を知る関係筋の話として、プレゼンテーションのテーマと内容は、5月19日に彼が講演する前に社内で合意されていたと報じた。
HSBCのノエル・クイン(Noel Quinn)CEOは、「FTモラル・マネー・サミット」における発言には「全く同意できない」とLinkedInに書き込んだ。「これらの発言はHSBCの戦略と矛盾しており、HSBCおよびHSBCアセット・マネジメントの上級幹部の見解を反映したものではない」とし、HSBCは「ネットゼロの未来に、絶対的にコミットしている」と付け加えた。
5月23日:SECによるグリーンウォッシュの取り締まり
SECは5月23日、バンク・オブ・ニューヨーク・メロン(BNY Mellon)傘下の資産運用会社である、NYメロン・インベストメント・アドバイザー(BNY Mellon Investment Advisor)を告発したと発表した。同社が管理する一部の投資信託の投資判断の際、ESG基準について「虚偽の記載と記載の省略」を行ったとしている。 つまりSECは、同資産運用会社が根拠がないにもかかわらず環境に配慮して決定した投資商品と謳っているとして、「グリーンウォッシュ」を取り締まったのだ。
NYメロン・インベストメント・アドバイザーはSECと和解し、150万ドル(約1億9000万円、1ドル=128円換算)の罰金を支払った。また、SECは、同社が投資決定プロセスや方針を変更するなどの是正措置を講じたと発表した。
SECの資産運用ユニット執行部門の共同チーフで、気候・ESGタスクフォースのメンバーであるアダム・アダートン(Adam Aderton)は、SECは「投資顧問会社が投資選択プロセスに、どのようにESG要素を組み込んでいるかを正確に説明しない場合、その責任を追及する」と声明で述べている。
[原文:The month that rocked ESG: A suspended exec, a greenwashing crackdown, and Musk vs. S&P]
(編集・大門小百合)