ソフトバンクグループは2022年3月期決算で1.7兆円の赤字を計上した。
(出所)ソフトバンクグループ、デザイン:編集部
2022年5月13日、ソフトバンクグループ株式会社(以下、ソフトバンクG)が2022年3月期の通期決算を発表しました。
過去最高益となる約5兆円の当期純利益を叩き出して世間をあっと言わせた1年前から一転、2022年3月期は1.7兆円の赤字と、過去最大の赤字額となりました。
過去、日本の産業界で「巨額赤字」と騒がれた決算はいくつかありましたが、2011年の東日本大震災後に東京電力HDが出した当期純損失が約1.25兆円、2017年の東芝の連結純損失は約9600億円ですから、それと比べると今回のソフトバンクGの「1.7兆円」がいかにインパクトのある数字かがよく分かります。
ソフトバンクGの過去3年間を振り返ると、約1兆円の赤字、5兆円の黒字、そして1.7兆の赤字と、まさにジェットコースターのような決算が続いています(図表1)。
(出所)ソフトバンクグループ株式会社 2022年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)および過去の有価証券より筆者作成。
特に、2021年(約5兆円の黒字)と2022年(1.7兆円の赤字)では落差が6.7兆円もありますから、同社のトップである孫正義氏はさぞや胃の痛む思いをしているのではないでしょうか。そしてもちろん、ソフトバンクGの投資家たちも気が気ではないはずです。
そこで今回は、ソフトバンクGの最終赤字はなぜここまで膨らんでしまったのか、今後ソフトバンクGはどんな戦略でここから立ち直るつもりなのか、会計とファイナンスの視点から考察していくことにしましょう。
なぜ1.7兆円もの赤字を出したのか
まず手始めに、ソフトバンクGがなぜ1.7兆円もの赤字を計上することになってしまったのか、その要因を簡単に確認しておきましょう。
勘のいい方はもうお気づきだと思いますが、1.7兆円という巨額損失の主な要因は「投資損益」、つまりソフトバンクGの投資先企業の業績が振るわないことによる損失です。
図表2で確認してみましょう。投資損益が3.4兆円もマイナスになっていることが響き、最終損益である「親会社の所有者に帰属する当期利益」も1.7兆円の損失になってしまいました。
投資損益の中身をもう少し詳しく見てみます。図表3からお分かりのように、投資損失3.4兆円の最大の要因は「SVF1およびSVF2等からの投資損益」です。SVFとはソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下、SVF)のことで、世界的なスタートアップ企業やユニコーン企業等に投資をするソフトバンクGのファンドです。
(出所)ソフトバンクグループ株式会社 2022年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)より筆者作成。
ちなみに、前期(2021年3月期)のSVF(1および2)等からの投資損益は約6.3兆円のプラスでした。これがあったおかげで、ソフトバンクGは5兆円の黒字という史上最高の好決算に沸いたわけです。つまり、SVFの成績はよくも悪くもソフトバンクGの最終損益を決定づけるほどのインパクトを持っているということですね。
今回のSVFにおける損失の中でも特に大きな割合を占めるものとしては、“韓国版アマゾン”とも言われるEコマースのCoupangの損失1.6兆円、“中国版Uber”と称されるDiDiの損失9114億円などです。
両社とも、2021年3月期は新規上場や株高によって、ソフトバンクGの最終利益に最も大きく寄与した銘柄でした。しかし2022年3月期には一転、これら2社が損失の最大要因になってしまったというのはなんとも皮肉な結果です。金利先高観を受けた高成長テクノロジー銘柄回避の動きに加え、オーバーハング(※1)懸念、規制強化など、いくつかの要因が絡んで株価が大きく下落してしまいました。
今回の決算をソフトバンクGはどう思っているのか
さて、そうなると不安を覚える方もいるのではないでしょうか、「ソフトバンクGは大丈夫なのか」と。
その懸念を見越したかのように、5月13日に行われたソフトバンクGの決算説明で孫氏は、「多くの人々のソフトバンクに対する懸念は、3つあるのではないかと思います」と言い、以下の3つを挙げました。
- 保有株が下落している。大丈夫か?
- 負債過多ではないのか?
- 資金繰りは大丈夫か?
ここで気をつけるべき点は、ソフトバンクGは投資会社であって通信会社ではないということです。ソフトバンクGは、通信会社のソフトバンク株式会社(以下、ソフトバンクKK)や、ヤフー、LINE、ZOZOなどを傘下に持つZホールディングス、“中国版アマゾン”とも言われるアリババ、SVFが投資するスタートアップ企業(上述したCoupangやDiDiもここに含まれます)など、数々の企業に投資している「投資会社」なのです。
これだけ投資をしているだけあって、負債も多く活用しています。有利子負債の額は20兆円を超えており、この金額は日本の上場企業で2番目です(※2)。これほどに有利子負債も多く、さらに1.7兆円もの損失を計上したとなれば、資金繰りは大丈夫かと心配になるのも道理でしょう。
以降では、こうした懸念に対する決算説明での孫氏の説明を深掘りするかたちで、ソフトバンクGの財務状態を確認していくことにしましょう。
NAV:投資先の価値は正当に評価されているか?
孫氏は先日の決算説明で、こんな発言をしています。
我々にとっては会計上の利益以上に重要なのが、NAVとLTV、この2つだというように考えております。
会計上の利益で見れば2022年3月期はたしかに1.7兆円の赤字だけれど、ソフトバンクGはその数字以上に重視している指標がある。それが「NAV」と「LTV」だ、というわけですね。
NAVとLTVという言葉にはあまり馴染みがない方も多いと思いますが、実はソフトバンクGはこの2つを「最重要指標」と位置づけています。2021年6月にこの連載でソフトバンクGを取り上げた際にも解説しましたが、改めて簡単に確認しておきましょう。
NAVとはNet Asset Valueの略で、「純資産価値」と訳されます。NAVの計算式は次のとおりです。
要するに、NAVとはソフトバンクGが保有する株式の時価総額の合計額から純負債額を控除したもの、ということです。
NAVという指標は一般的な事業会社で使われることはまずありませんが、定義からもお分かりのように金融商品の時価を反映した指標ですから、投資信託やREIT(不動産投資信託)など一部の金融商品ではよく使われます。ソフトバンクGがNAVを最重要指標と考えている理由は、先ほどもお話ししたとおり、ソフトバンクGが事業会社ではなく投資会社だからです。
では、そのソフトバンクGのNAVの最新の推移を見てみましょう(図表4)。2022年3月末時点でのNAVは18.5兆円でした。
ご覧のとおり、ソフトバンクGのNAVが減った大きな要因の一つは、アリババの時価総額が減ったためです。1年前はNAVの43%を占めていたアリババですが、その時価総額が下がったことで2022年3月末時点での割合は22%とほぼ半減し、代わってSVFの投資持ち分(NAVの49%)が相対的に増えた格好です。
ソフトバンクGは何百社にものぼる企業に投資していますが、その投資先の利益計上の方法は投資スタイルによって大きく3種類あります(図表5)。
(1)ソフトバンクKKやZホールディングス等の連結子会社
(2)SVFなどの投資先損益
(3)アリババを代表とする持分法適用会社
ソフトバンクKKは簿価で価値が計上されますが、SVF等は投資先企業の時価総額の変動がソフトバンクGの利益に反映されます。持分法適用会社のアリババは、純資産の変動額がソフトバンクGの利益として反映されますが、時価総額の変動はソフトバンクGのP/Lのどこにも反映されません。
このように3つのタイプによって利益計上の仕方は異なるものの、NAVを使えばすべての投資先の価値を時価で判断できます。ソフトバンクGがNAVを最重要指標としている理由はおそらく、こうした事情もあるのでしょう。
さて、このNAVを発行済み株式数で割ったものが「1株当たりNAV」です。1株当たりNAVは、理屈上では株価と近い値になります。なぜなら、NAVは概念的には時価総額(=株価×発行済み株式数)と非常に近しいものだからです。
4月1日時点でのソフトバンクGの1株当たりNAVは1万1204円でした。では同日の株価はどうだったかというと……5559円。NAVより50%近くもディスカウントされている状態です。
これが何を意味するか分かりますか?
ソフトバンクGの立場からすると、NAVに対して株価が半分しかないということは、自社の投資先の価値が適切に株価に反映されていないということに他なりません。
逆にNAVをきちんと把握できてさえいれば、投資会社としてのソフトバンクGの投資の良し悪しは適切に判断できるはずです。たとえ最終損益が5兆円の黒字だろうが1.7兆円の赤字だろうが、ジェットコースターのような最終損益に惑わされて一喜一憂しなくてもすむ、ということです。
LTV:負債過多ではないのか?
次に「LTV」について見ていきましょう。
LTVというとSaaS企業などでよく使われる「Life Time Value:顧客生涯価値」が頭に浮かぶ方もいるかもしれませんが、ソフトバンクGにおけるLTVとはそうではなく、「Loan to Value」、つまり保有している株式の総額に対して純負債がどのくらいの割合かを示す指標です。
ここで言う純負債とは、有利子負債から現預金等を控除した金額を言います。例えば、借入金が1000万円あったとしても、300万円の現金を持っていれば、純負債は1000万円−300万円=700万円となります。
LTVという用語自体は耳慣れないかもしれませんが、考え方自体は私たちの生活でも活用できるものです。
例えば、あなたが5000万円のマンションを購入したとしましょう。頭金を1000万円用意し、4000万円は銀行から借りました。この場合のLTVは、
LTV = 4000万円 ÷ 5000万円 = 80%
つまり、資産に占める有利子負債の割合は80%ということですね。
そこから月日が流れ、ローン残高は3000万円まで減る一方、地価は上昇してマンション価格が6000万円まで上がったとしましょう。この場合、LTVは以下のとおりです。
LTV = 3000万円 ÷ 6000万円 = 50%
3000万円というローン残高はたしかに大きい数字ですが、保有しているマンションの価値が時価で6000万円もあるなら、借金がそれほど多いとは感じないのではないでしょうか。いざというときはマンションを売ってしまえば、3000万円のローンを全額返済してもまだ3000万円の利益が手元に残るわけですから。
つまり、1000万円の頭金を使って購入したマンションは、10年後にマンションを売却しローンを返済することで、3000万円のキャッシュを生んだことになるのです。
ここで、ソフトバンクGのLTVに戻りましょう。2022年3月時点のソフトバンクGのLTVは20.4%でした(図表6)。
NAVは18.5兆円ですが、LTVの分子で用いるのは保有株式の時価になります。そのため、次の式のようにNAVに純負債を足し戻す必要があります。
NAV18.5兆円 + 純負債4.72兆円 = 保有株式23.18兆円
ここからLTVは次のように計算されます。
純負債4.72兆円 ÷ 保有株式23.18兆円 = 20.4%
ソフトバンクGは有利子負債が多いため、「そんなに借金(有利子負債)まみれで経営は大丈夫なのか」と心配する声をよく耳にしますが、実はLTVはわずか20.4%にすぎません。住宅ローンを例にすると「5000万円の家を保有していて、借金は1000万円程度」といったところです。借金まみれどころか、もっと借入をしてもいいくらいかもしれません。
もちろん、株価は乱高下しますし、ソフトバンクG(とりわけSVF)の投資先は上場前のスタートアップ企業が多いため価値の変動も大きく、LTVは不安定です。とはいえ、20%ちょっとの割合ならそれほど心配はいらない、というのがソフトバンクGのスタンスではないでしょうか。
なお、1期前の2021年3月期では、保有株式の価値総額29.8兆円に対して、純負債は3.7兆円、LTVは12%でした。これと比較すると、2022年3月期のLTVはかなり上昇しています。しかし孫氏いわく、ソフトバンクGは「LTVは通常25%未満で運用する」という方針とのことですから、「20.4%」という現在のLTVもまだ許容水準と考えられます。
ソフトバンクGの純負債が少ない理由
さて、先ほど「ソフトバンクGの純負債は4.72兆円」とサラッと書きましたが、鋭い方はここで疑問を持たれたかもしれません。
「ソフトバンクGの有利子負債は20兆円超えと日本の上場企業中2位の大きさだというのに、純負債が4.72兆円というのは少なすぎるのでは?」と。
まさにこの点にこそ、ソフトバンクGの会計上の秘密があります。
純負債というのは通常、有利子負債から現金等を控除して計算されます。しかしソフトバンクGの場合は、図表7に示すようにその他調整が多くあるのです。
(出所)ソフトバンクグループ ホームページより筆者作成。
具体的に見ていきましょう。
図中「独立採算子会社等の純有利子負債」の一番分かりやすい例は、通信事業であるソフトバンクKKです。もともと通信会社だったソフトバンクKKは、2006年にソフトバンク(社名は当時)がボーダフォンの日本法人を買収したことで、ソフトバンク傘下になりました。
この買収の際に用いたのが「Whole Business Securitization」と呼ばれるスキームで、要するにボーダフォンの買収に必要な借入の返済原資は、ボーダフォンが生み出すキャッシュフローに限定され、親会社のソフトバンク(当時)には遡及されない、というものです。このような仕組みをノンリコースローンと言います。
分かりづらいのでここでも住宅ローンの例を使いましょう。
例えば、5000万円の家を頭金1000万円、借入4000万円で購入したとしましょう。そのあとで家を売却する必要が出たため、3000万円で売却したとします。
この場合、通常は購入者の連帯保証が入っているため、借入金4000万円−家の売却金額3000万円=1000万円は、残債務として購入者が借金を負うことになります。これが通常のリコースローンです。
ですがノンリコースローンの場合は、家を3000万円で売ったとしても、残る1000万円については借入の返済は必要ありません。つまり、ローンの返済は住宅に限って遡及されるのです(※3)。
ソフトバンクGに話を戻すと、ソフトバンクKKの借入については、仮にソフトバンクKKが有利子負債を返せなくなったとしても、親会社にまで有利子負債の返済が及ぶことはありません。ソフトバンクGの純負債から「独立採算子会社等の純有利子負債」が控除されているのはこのためです。
また、図表7の「その他」については、株式の担保があるマージンローンや、ハイブリッド債のように負債ではなく純資産に計上する性質の科目などがここで調整されています。
これが、有利子負債額20兆円を超えるソフトバンクGの純負債が調整後に4.72兆円にまで下がる秘密であり、またLTVが20%程度でとどまっている理由です。
資金繰りは大丈夫か?
この連載でこれまでに何度も見てきたように、企業はたとえ赤字を出しても、キャッシュさえ確保できていれば倒産することはありません。では、ソフトバンクGのキャッシュの状況はどうでしょうか。
図表8は、2021年3月期から2022年3月期までのキャッシュの動きを表したものです。
(出所)ソフトバンクグループ株式会社 2022年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)より筆者作成。
「1.7兆円の赤字」という言葉の印象とは裏腹に、2022年3月期におけるキャッシュ残高は約5.2兆円と、驚いたことに2021年3月期より5000億円ほど増えています。その理由は、営業キャッシュフロー(営業CF)で2.7兆円も稼いでいるからです。投資損益で3.4兆円もの損失を被りながら、実は営業CFは生み出しているのです。
ここで興味深いのは、5兆円もの利益を出した2021年3月期でさえ営業CFは5572億円しかなかったのに、1.7兆円もの損失を被った2022年3月期は2.7兆円と、前期の5倍もの営業CFを稼いでいるという点です。
これほど多くの営業CFを稼いだ理由は、ソフトバンクGの上場株投資運用子会社であるSBノーススターの事業を縮小させたことで、2.04兆円もの資金を回収したためです。
また投資CFに関しては、SVFが新たに投資先の株式を取得したことによる支出が4兆775億円もあったことで、キャッシュアウトが大きく増えました。それもそのはず、SVFの投資先件数は2021年3月期の224社から、2022年3月期には475社と過去1年で倍以上に増えています。1年に250営業日あるとして、1営業日ごとに投資先が1社増えるという、恐るべきハイペースです。
同時にUber、DoorDash、Coupangなどの上場投資先への投資の一部を売却したことで2.2兆円もの投資CFも得ており、結果として投資CFは3兆円のキャッシュアウトになっています。
最後に財務CFについても見てみると、有利子負債の調達をすることでキャッシュを多く獲得する一方、SVFでは外部投資家に分配を行ったり、自社株買い等を行うなどしてキャッシュアウトもした結果、最終的には6000億円のプラスになりました。
先ほど見てきたように、ソフトバンクGの会計上の損失の多くは、SVFの投資先の時価の変動によるものでした。一方キャッシュについては、投資先の有価証券の売却、投資による資金拠出、有利子負債の調達、SVFの外部投資家に対する分配などで、会計上の利益とはまったく異なる動きします。
そのため、ソフトバンクGの決算を見る際には、
- ソフトバンクGの最重要指標であるNAVとLTVを押さえたうえで、
- SVFの時価の変動が利益にどう反映されたのか、
- 投資先の回収や追加投資などがどのように行われたのかを確認する
という点に注目することで、同社の複雑な財務構造を読み解き、キャッシュの動きを把握できるようになります。
今後SVF以上に注目すべき事業とは?
以上見てきたように、2022年3月期の決算では1.7兆円もの赤字を計上したソフトバンクGですが、一方でグッドニュースもありました。連結子会社であるソフトバンクKKが売上高5兆6906億円で過去最高となり、営業利益も9857億円と、4期連続の過去最高益を達成したのです。ソフトバンクKKの時価総額は7.1兆円と、ソフトバンクGの8.9兆円(ともに2022年5月24日時点)に迫りつつあります。
ソフトバンクKKが好業績だったこと自体はソフトバンクGにとってももちろん好ましいことです。しかし現実的な見方をすれば、ソフトバンクKKがソフトバンクGのNAVに占める割合はわずか10%(図表9)。残る大半を占めるのはSVF、アリババ、Armの3事業であり、これら3つの成否がソフトバンクGの業績を大きく左右するのです。
こうした事情もあってか、5月13日に行われたソフトバンクGの決算説明で、孫氏が何度も口にしていたのが「守り」という言葉でした。
いつもなら積極果敢に攻めていく孫氏らしからぬ発言ですが、それもそのはず。いまの経済をとりまく環境は、いまだ収束していない新型コロナウイルス、ウクライナ情勢の緊迫化による原油価格の上昇、小麦など原材料価格の高騰、アメリカの物価上昇、長期金利の上昇、円安、ナスダック総合指数の下落……など、挙げればきりがないほど不確実要素があります。
そしてこれらの不確実性の影響をより強く受けるのは、比較的安定的な収益を生むソフトバンクKKを筆頭とした通信事業ではなく、SVF、アリババ、Armといった事業なのです。
おそらくソフトバンクGとしては、安定的な収益を生む通信事業で底堅くキャッシュを確保することで今の悪い環境を耐えつつ、成長産業への投資を加速させることで成長していく狙いなのではないでしょうか。
今回の決算説明において、孫氏が「攻め」の要素としてとりわけ強調していたのがArmです。
NAVの内訳で割合が一番大きいSVFの投資先ももちろん成長可能性は高いのですが、今のような不確実性の高い環境ではマーケットの状況に大きく左右されます。アリババについても、中国政府の規制の影響で株価は昨年から下落傾向にあります。
それに比べてArmは、NAVの内訳で見ればその割合は12%と、ソフトバンクKK(10%)と大差ないながら、今後の成長ポテンシャルという意味では期待大です。
Armは、2020年にソフトバンクGからエヌビディア(Nvidia)に400億ドル(当時の為替レートで約4.2兆円)で売却される契約が締結されましたが、独占禁止法等の規制上の問題から契約解消となりました。
そこでソフトバンクGは、2022年度中にArmの上場を目指す方向へと舵を切り替えました。Armの株主はソフトバンクG(※4)とSVFがそれぞれ75%、25%となっていますから、Armが上場すればソフトバンクG全体で上場益を享受できることになります。
おそらく来年の今ごろには、Armの上場がうまくいったかどうか、ArmがソフトバンクGのNAVにどう作用したかが見えているはずです。今後のソフトバンクGの動向を追ううえでは、SVFに加えてArmにもいっそう注目していきたいものです。
※1 オーバーハングとは、大株主がこの先株式を大量に売却する懸念から買い控えが起き、株価が上がりづらくなることを言います。
※2 意外に思われるかもしれませんが、日本の上場企業で有利子負債額が最も大きいのはトヨタです。トヨタはグループで自動車ローンを中心とした金融事業を抱えているため、有利子負債が多くなっているのです。ただし、有利子負債と両建てで現金や金融債権を抱えているため、実際には有利子負債が多いことで必ずしも財務体質が悪いというわけではありません。具体的には2021年3月期において、トヨタは長期の有利子負債として13.4兆円を抱えていますが、非流動資産における金融事業にかかる12.4兆円を有しています。また、流動負債における有利子負債は12.2兆円ですが、流動資産として現金等5.1兆円、金融事業にかかる債権約6.8兆円を抱えています。以下も参照。「借金が多い企業1位は【どこ】? 3位本田技研、2位ソフトバンクグループ」マイナビニュース、2021年9月28日。
※3 ノンリコースローンは日本ではあまりない仕組みですが、実はアメリカの住宅ローンではよく見られます。実は2008年のリーマンショックの端緒となったサブプライムローン問題は、このノンリコースローンの仕組みが悪い方に使われたために起きたものです。
※4 厳密にはソフトバンクGの100%子会社であるSoftBank Group Capital Limitedが株主です。
編集部より:初出時、LTVの式を「LTV=保有株式÷純負債」としていましたが、正しくは「LTV=純負債÷保有株式」でした。訂正いたします。 2022年5月30日 20:00
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。新著に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。