今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
孫正義、永守重信、柳井正。日本三大経営者の共通点は、後継者に会社をゆだねた後、再びトップの座に返り咲いたことです。カリスマからの世代交代が起こらない原因はどこにあるのでしょう。早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が3つの理由を解説します。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:11分23秒)※クリックすると音声が流れます
カリスマ経営者はなぜ社長に返り咲くのか
こんにちは、入山章栄です。
先日、日本電産の永守重信会長が、同社の最高経営責任者(CEO)に復帰するというニュースがありました。昨年6月に関潤さんにCEOを譲ったばかりなのに、1年も経たずに交代となったわけです。
BIJ編集部・常盤
入山先生、最近これと似た話を聞いたなあと思ったら、スターバックスの創業者、ハワード・シュルツがやはりCEOに復帰しましたね。
こういうカリスマ型のリーダーは、一度は身を引いて後進に譲るものの、しばらくすると再びトップの座に返り咲くことがあります。
もちろん強いリーダーシップを発揮するという意味では、いいことかもしれません。でもこのパターンが続くと、ご本人も引退もできないし、組織としても次が育たないという問題があります。先生はこのニュースをどうご覧になりましたか?
実は僕は永守さんと何度かお会いしたことがあります。僕から見ても、ものすごい方ですよ。天才的なスーパー経営者だと思います。
常盤さんのおっしゃる通り、一度は引退を表明したものの、結局引退せずに再び社長に戻る経営者は実は少なくありません。
例えばソフトバンクの孫正義さんもニケシュ・アローラさんを後継者にしたかに見えましたができなかった。ファーストリテイリングの柳井正さんも一度は経営を譲ったものの復帰しました。
孫さん、柳井さん、永守さんと言えば「日本三大経営者」とも呼ぶべき方々。この日本最高峰の3人は仲がいいのですが、いずれも後継者を見つけられずにいる。
もちろんご本人たちも後継者を決めなくてはいけないと自覚しているはずです。だから一度は「この人が後継者です」といって、社長候補を世間にお披露目する。実際に社長を譲ることもあります。
でもしばらくすると「やはり任せておけない」と言って、自分がトップに復帰する。永守さんが外部から社長候補を連れてきて、結局任せきれずに終わるのは、もうこれで4人目です。
ただ、これは日本に限った話ではありません。先ほど名前が出たスターバックスのハワード・シュルツの復帰も初めてではありませんし、コンピューターのデルのマイケル・デルも同様です。
なぜカリスマ経営者は再登板しがちなのでしょうか。僕から見ると、理由は大きく3つあります。
まず1つめは、「創業者や、あまりにも長くトップを務めたカリスマにとって自分の会社は自分の体の一部」だということ。彼らも会社の将来を考えれば、後継者に譲るべきなのは重々承知しています。だからいったんは身を引く。でももう会社は自分の体の一部と化しているから、口を出さずにはいられない。
BIJ編集部・小倉
たしかに自分が育てて大きくした会社は、わが子のようなものでしょうから、なかなか手を離せないんでしょうね。
そうなんですよ。その人のこれまでの人生を賭けてつくってきたものだから、人に譲るといっても簡単には譲れない。これが最も大きな理由だと思います。
コーポレート・ガバナンスが効いていない
2つめの理由は、コーポレート・ガバナンスの弱さです。
日本電産は上場企業ですから、本来ならば後進にポジションを譲ったはずの人が「またCEOをやりたい」と言い出しても、ほかの取締役が「あなたはもう退いたでしょう。二度と来ないでください」と言ったっていいはずなんです。
でもそうならないのはなぜかというと、いまの多くの日本企業のコーポレート・ガバナンスはまだ中途半端で、完全には機能していないからです。
だからよくあるのが創業者がスパッと引退せずに、「会長」とか、「取締役会議長」などの肩書で残っていて、実質的な権限を持ち続けるパターン。それに創業者の場合は自社の大株主でもあるので、発言力がある。
もちろん創業者のすることに異を唱える社外取締役もいるけれど、日本では社外取締役の数が少ないうえに、いたとしても、もともと社長や会長のお友達だったりすることも多い。
だから引退した創業者が復帰したいと言えば、「ああ、いいですよ」ということになりやすいと言えます。
その点、アメリカでは創業者が復帰する事例が日本よりはやや少ないのですが、これはアメリカのほうがガバナンスが効いているからです。
BIJ編集部・常盤
なるほど。それでもゼロではないんですね。
ゼロではありません。その理由は簡単で、社外取締役の仕事は会社の株価を上げることなので、元の社長に戻したほうが株価が上がると判断すれば、そうしようということになるからです。
BIJ編集部・常盤
なるほど。しかしこれは難しい問題ですね。よくGEなどは10年単位でサクセッションプランを立て、何人もの後継者候補を準備していると言われますが、日本企業もこれをしないといけないということですね。
それをするのがまさにガバナンスですよ。社外取締役が中心となって指名委員会をつくり、しっかりと次期社長候補を決めるべきなんです。
それをちゃんとしている日本企業もあります。例えばオムロンはよく取り上げられますね。あの冨山和彦さんが社外取締役にいるだけあって、オムロンでは2011年に現在の山田義仁さんが社長に決まった瞬間から次の社長を探し始めている。
でもこういう会社は例外的で、ほとんどの日本企業は誰が次の社長になるか、直前まで分からない。
本当は社長の身に何かあったときのために、ちゃんと計画しておくべきなんですけどね。だって創業者がいくら元気だったとしても、交通事故などで突然いなくなってしまう可能性はゼロではないのですから。
創業者からすると、後継者は自分よりバカに見える
3つめの理由は、特に自分一代で大きな会社をつくり上げた人からすると、どうしても「後継者が自分よりバカに見えてしまう」ことです。
後継者はしょせん後継者ですから、経験値もないし実績もない。だから創業者からすれば、絶対に自分より劣って見えてしまうんですよ。
BIJ編集部・小倉
うーん、そうなんですね。
だから本当に潔くズバッと譲るには、後継者の失敗を許容できないといけない。「6割失敗しても4割成功するなら、任せたほうがいい」と、ある企業のトップがおっしゃっていました。
BIJ編集部・常盤
失敗6割ということは、失敗のほうが多くても任せたほうがいいんですか。
やはり経営に失敗はつきものですから、任せたほうがいいんです。しかし、みすみす失敗するのを黙って見ていられる創業者は少ないでしょうね。
僕は日本電産の社長が永守さんから関さんへ交代したときも、永守さんには失礼かもしれませんが、うまくいかないかもしれないなと思っていました。なぜなら永守さんは、ゼロから日本電産という会社をつくった人でしょう。
一方、永守さんが過去に後継者に据えようと連れてきた人たちは、みんな「大企業の社長候補」だった人です。カルソニックカンセイ(現マレリ)の呉文精さん、シャープの片山幹夫さん、日産の吉本浩之さんしかり。今回の関潤さんも日産の社長候補だった人です。
彼らは「大企業の出世競争に勝ち抜いてきたエリート」であり、一方、永守さんはゼロをイチに、というよりゼロを千、万にまでした人。
そういう永守さんから見ると、すでにでき上がった大きな組織の枠組みの中で結果を出してきたエリート社長は、どうしても物足りなく見えるのではないでしょうか。
では社内の優秀人材ならいいかというとそうでもなくて、カリスマ経営者というのは、自分を追い越しそうなくらい優秀な人がいると、逆に嫉妬してその人をつぶしてしまうことがあるんですよ。
BIJ編集部・常盤
困った問題ですね、これは。どうしたらいいんですか。
実は一番いいのは、ベンチャー企業の経営者を後釜にすることではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
同じようにゼロイチを経験している、たたき上げの有望な人ということですね。
はい、永守さんに限らず創業者から見れば、どんな優秀な人でもゼロイチの経験がないと、心からのリスペクトはできないはずです。
だから一番いいのは有望なベンチャーを買収して、その社長を後釜にすることかもしれません。例えばヤフーがそうです。
2018年にヤフー(現・Zホールディングス)の代表取締役CEOに就任した川邊健太郎さんは、ヤフーが買収したピー・アイ・エムというベンチャー企業の社長でした。
もし日本電産がいまのベンチャーを買収するなら、日本電産よりもさらに新しいことをやっているはずです。最新の技術を知っていて、しかもゼロイチを経験している経営者なら、永守さんでもある程度リスペクトできるはずですよ。
BIJ編集部・常盤
この進言が永守さんのお耳に届くといいのですが……。
しかしそう考えると、アマゾンやアップルは、奇跡のように事業承継がうまくいったんですね。
そうですね。創業者が一線を退いたあと、次に夢中になるものがあるといいんですよ。例えば孫さんは今は投資に夢中なので、ソフトバンクの携帯会社から離れたでしょう。
BIJ編集部・常盤
なるほど、アマゾンのジェフ・ベゾスもいまは宇宙開発に夢中ですしね。
あのパターンが一番理想的です。だから永守さんも、日本電産の経営以外に夢中になれるものがあるといいと思います。今は京都先端科学大学の理事長をされていますよね。そのようなかたちで自身はほかにやりたいことに注力して、徐々に離れていくのかもしれませんね。
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:22分21秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。