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テック産業が市場の低迷、雇用の凍結、レイオフに直面する中、労働者は「大退職」をきっかけに得た売り手市場での交渉力を失うに違いないと主張する声もある。Meta(旧Facebook)やTwitterのように、採用計画を一時凍結して経費削減に努める企業もあれば、キャメオ(Cameo)、ネットフリックス(Netflix)、ロビンフッド(Robinhood)のように、レイオフを発表した企業もある。
景気後退が技術職の転職を止めることはないだろう。実際、一部の人にとっては、転職する良い機会なのかもしれない。従業員がより良い機会と報酬を求めて市場の変化と戦う中で、匿名の給与データベースが新たな重要性を持ち始めている。
Levels.fyi、Glassdoor、Blindなどのサイトに掲載されている給与は企業の公式データではないが、従業員はこれらのサイトに殺到し、同僚や他社で働く同様の職種の人たちと自分の報酬を比較している。
パンデミックが始まって以来、人気の給与データベースであるLevels.fyiは、給与比較をしようという利用者が倍増していると、共同創業者の1人であるズハイヤー・ムサ(Zuhayeer Musa)はInsiderに語る。そして多くの従業員がそこで得た知識に基づいて行動している。
あるアマゾンのエンジニアは、Levels.fyiとBlindをチェックすることで、現在の12万7000ドル(約1600万円、1ドル=128円換算)の給与は他社ほど高くないことが分かったと語っている。データを比較した後、新しい仕事を探し始めたという。
「Levels.fyiはみんな使ってますし、口コミ情報もありますね」とこのエンジニアは語った。
第三者サイトで給与比較、転職で給与30%アップも
Insiderは以前、グーグル、アマゾン、マイクロソフトなどの現社員と元社員が、過小に評価されたり、不当に低い賃金をもらっていると感じていると報じたことがある。このとき取材に応じた社員全員が、オンライン給与データベースを情報源として参照していた。
ほとんどの企業は、社内でも給与データを共有していない。そのため自分の給与水準を確認したい従業員は、第三者のサイトを重宝しているのだ。中には、このような給与データベースでしか同僚の給与を知ることができないという人もいる。
同じ職務に就く在職者と新入社員の給与の不均衡について議論する際、グーグル社員もマイクロソフト社員も、Glassdoorや Levels.fyiのデータなどを拠り所にしたと語る。
「ヘタをすると、マイクロソフトの社歴4年以上の従業員より学卒の新人の方が稼いでいるかもしれません。BlindやLevels.fyiを使うとこういう数字が見られるんです」と、マイクロソフトの社員は言う。Levels.fyiのデータはおおむねこのことを裏付けている、とムサは言う。
2020年4月にソフトウェア会社のセージ・インタクト(Sage Intacct)にビジネスアナリストとしての職を得たルイーズ・トラン・ボリーズ(Louise Tran Bories)は、10万2500ドル(約1300万円)という年俸を提示されて喜んだ。彼女は、パンデミックによる人員削減のさなかに採用されたため、これ以上交渉の余地はないと思ったと言う。しかし、2年後にGlassdoorで自分の給料を確認したところ、社内では平均以下だということが分かったそうだ。
そこでボリーズは再び転職を決意し、新しい職場で給料を30%アップさせた。
Levels.fyiやGlssdoorなどのサイトの給与情報は、ユーザーからのクラウドソーシングによるものだ。ユーザーは自分の給与を入力し、ワークライフバランスや企業文化に関する質問に答える。
Levels.fyiは、給与を提出する一部のユーザーに対して、源泉徴収票(W-2)や内定通知メールなど、支払いポータルの内部スクリーンショットのアップロードを要求しているという。他方、Glassdoorはユーザーが自分で数字を入力できるようにしている。
Glassdoorは、利用者数の伸びについてのデータを公表していないが、同社のクリスチャン・サザーランド-ウォン(Christian Sutherland-Wong)CEOは、パンデミックによって同社のサイト、特に給与ページへのアクセスが増加したと明かす。
「利用者が増えているのは確かです。パンデミック発生当初は、人々が神経質になり不安になったため、求職活動が減少しました」とサザーランド-ウォンは述べている。「しかし、現在では逆転現象が起きています。特に給与ページへのアクセスが増加しており、さまざまな企業でどのような職務に就くとどの程度の給与がもらえるのかを知るために利用されています」
市場の低迷で、給与のデータがこれまで以上に重要に
技術職の中には、 わずか数カ月前に手に入れた交渉力があっという間に潰えてしまうのではないかと不安に思う人もいる。 そのため、技術系リクルーターは、給与に関するデータを公開することがこれまで以上に重要だと語る。
「私が担当する候補者の多くは、風向きが怪しくなってきたことを感じとって不安が募っていて、それに対処しようというわけです」と語るのは、 グーグル、メタ、マイクロソフトといった企業に候補者を斡旋してきたリクルーターのジャーメイン・マレー(Jermaine Murray)だ。
しかしマレーは、「適切な給与交渉のために必要なもの」は依然として変わらないと感じている。だからこそ候補者には、給与データベース・サイトから必要なデータを探し出し、この不況下すら味方につけるよう勧めているのだ。
従業員が給与の透明性を高めてほしいと望んでいることは明らかだ。技術者ネットワークのエルファ(Elpha)が実施した女性技術者を対象とした調査では、回答者の70%が「同僚と給与について話し合ったことがある」と回答している。また、バンクレート(Bankrate)の調査によると、18〜25歳のZ世代回答者の42%、26〜41歳のミレニアル世代回答者の40%が、給与情報を同僚や他の仕事上の関係者に教えたことがあると言っている。
この結果は、この調査で回答したX世代よりも10%多く、ベビーブーマー世代の2倍以上となっている。
求人情報に給与のレベルの範囲を記載することを義務づけているのは、コロラド州、ネバダ州、ロードアイランド州、コネチカット州だけである。アメリカのほとんどの地域では、包括的な給与の透明性に関する法律がないため、技術者は重要な情報を得るために第三者の給与データベースに頼らざるを得なくなっている。
「以前は、職場の休憩室で立ち聞きされるのではと、自分の給料について話したがらない人が大半でした。でも今は、同僚の給料をチャットやネットを通じて簡単に知ることができます」とキャリアコーチング会社3スキルズ(3Skills)の創業者であるトビ・オルウォル(Tobi Oluwole)は言う。
「何にせよ、企業から提示された以上の給与を求めるという傾向は続くと思います。この2年間、彼らは信じられないような額を見せられてきたわけですから」
(編集・大門小百合)