撮影:伊藤有
先週開かれたソニーグループ全体の事業説明会では、ソニーの根幹事業について、非常に重要なキーワードがいくつも語られた。
中でも刺激的だったのは、注目の集まる半導体事業、特にイメージ&センシングソリューション(I&SS)分野に関するものだ。
「2024年にスマホのカメラは一眼を超える」
ソニーグループでI&SS分野の責任者を務める、ソニーセミコンダクタソリューションズ社長の清水照士氏はそう宣言した。
それはどのような根拠と戦略に基づくものなのか?
ソニー幹部らの説明を深掘りしてみよう。
ソニーが「イメージ半導体需要」の成長予想を変えてきた
ソニーの半導体事業は、スマートフォンやデジタルカメラに欠かせない「イメージセンサー」が中心だ。なかでも、ハイエンド(最上位)スマートフォン向けの、高付加価値なチップ(半導体)が多い。
実は、ソニーは少し前まで、「スマートフォン向けは今後成長が鈍化する」とみていた。スマートフォン全体の売れ行きが伸び悩んでおり、ハイエンドスマホ自体も数量が大幅に伸びる状況ではないからだ。
だが、特に今年に入ってから、ソニーから出るコメントが変わってきた。
清水社長は、「2030年においても、弊社事業の過半を占める、と見通しを変更した」と語る。最大の理由は、ハイエンドスマホ向けの高付加価値センサー需要がさらに伸びる、と考えているからだ。
ソニーが予測するイメージセンサービジネスの状況。2030年にもスマホ向けが過半を占め、同時に自動車や産業向けの「センシング」領域が伸びる。
出典:ソニー「2022年度事業説明会」説明資料より
ハイエンドスマホではカメラの画質が重視される。清水社長は、高画質化のトレンドのなかで、「センサーの大判化が顕著になってきた」と2022年以降の傾向を語る。
少し専門的な話をすると、画質を上げるにはざっくり言って、
- センサーをつくるための半導体を微細化して高解像度化する方法
- センサーを大判化し、1画素あたりの集光量を上げて画質を上げる方法
の2つがある。
このうち、ソニーが追求しているのは後者だ。ハイエンドスマホのメーカーからの要求として、センサー大判化が進んでいるわけだ。ソニー側の予測としては、2019年向けのニーズに対し、「2024年にはその倍の面積が求められるようになる」……と予測している。
スマホ向けセンサー(モバイルイメージング)市場の予測。高級機種向けが2019年から2030年の間に倍にまで大判化し、単価も急速に上がり、売上が拡大する。
出典:ソニー「2022年度事業説明会」説明資料より
結果として、2030年に向けて、ハイエンドスマホ向けのセンサーはどんどん大きく・高価なものになる。
ここにAI処理などを加えることで、「数年内に、ハイエンドスマホでは、静止画ならば一眼の画質を超えると見ている」というのが、清水社長の主張だ。
世界有数のイメージセンサー半導体を作っている企業のトップが、ここまで明確に言及することには、非常に重みがある。
イメージセンサーの機能成長の予測。図の左上の「CY24」に書かれている通り、2024年には「静止画の画質で一眼を超える」とみられている。
出典:ソニー「2022年度事業説明会」説明資料より
一方で、普及価格帯スマホ向けのトレンドは真逆だ。どんどんセンサーが小さくなる。サイズの小さなセンサーの方が、大量に作る場合コストメリットが高いからだ。その上で新技術を導入し、小さなセンサーでも画質が上がるよう努力していくという。
センサーが大判化する高級機種に対して、普及機種ではより小型のセンサーになっていく。そのリスクを技術進化によってカバーすることで高画質化を実現する。
出典:ソニー「2022年度事業説明会」説明資料より
自動車向けは2022年から成長、メタバース向けは「ゆっくり」
東京・品川のソニー本社ロビーに展示されているプロトタイプの電気自動車「VISION-S 01」(2022年3月撮影)。
撮影:伊藤有
もう1つ、成長軸と見られているのが「車載向け」だ。
自動車は設計開始から発売までの期間が特に長い製品だ。ソニーとして自動車会社への売り込みを始めたのは2014年のことだが、ようやく収益拡大が見え始めた。
「2022年度には大きな成長を見込んでおり、2025年度に向けても成長が持続する」(清水社長)という。2025年度の段階では、世界の80%の自動車を売る上位20社のうち、75%との取引を見込んでいる。
自動車向けセンサーは2022年からの売上拡大を見込み、2025年度には大手20社のうち75%と取引を行う予定。
出典:ソニー「2022年度事業説明会」説明資料より
自動車の場合、安全・安心を担う高度運転支援システム(ADAS)を搭載した車種の場合、6つから8つのセンサーが搭載されていく。
さらにこれが自動運転車となると20個にもなる。自動運転車は「タクシーなどから普及するが、本格的市場拡大はまだ先」(清水社長)としているが、特に車の駐車などを担う後方向けのセンサーについては、市場の立ち上がりも早く、当面はこの領域が主軸となる。
一般的な自動車向けで6つから8つ、自動運転車では最大20個のイメージセンサーを搭載するようになり、そこにソニーのビジネスチャンスが生まれる、と主張する。
出典:ソニー「2022年度事業説明会」説明資料より
一方で、メタバース需要として注目が集まるVR/AR向けには、ディスプレイから視線検知まで、多数のニーズが見込める。しかし、半導体の供給側としては「アプリケーション不足もあり、普及までにはまだ時間がかかる」(清水社長)と、現実的な見方だ。
VR・AR用のヘッドマウントディスプレイやスマートグラスには、イメージセンサーやディスプレイ技術にソニーの半導体技術が活かせる。しかし市場進捗は「緩やか」との予測。
出典:ソニー「2022年度事業説明会」説明資料より
生産設備に積極投資、TSMC合弁は「安定供給に必須」
全体として、イメージセンサーの需要は旺盛だ。そのため、生産設備への投資は積極策で臨み、2021年度から2023年度までの3年間で約9000億円の投資になると予測している。
ソニーは主に生産設備について、2021年度から2023年度の間に9000億円を投資する。
出典:ソニー「2022年度事業説明会」説明資料より
一方、数年前とは大きく事情が変わったのが「ロジック半導体」の調達だ。
ソニーのイメージセンサーは、イメージセンサーそのものに、AIや高速画像処理を担当する「ロジック半導体」を一体化した「積層型」であることが特徴だ。イメージセンサーとロジック半導体は、同じ半導体でも製造技術が異なる。ソニーはロジック半導体を製造していないため、外部から調達して利用してきた。
だが現在は、地政学的リスクの高まりやコロナ禍の影響、生産地での水不足など多数の条件が重なり、最先端半導体「以外」が不足する事態となっている。自動車や家電などで深刻な影響が出たが、ソニーのセンサー事業も、ロジック半導体を活用するイメージセンサーをつくるため、大きな影響を受けたわけだ。
清水社長は「2019年までは、ロジック半導体が不足するなどということは、考えてもいなかった」と心情を吐露する。
2021年11月、ソニーセミコンダクタソリューションズと台湾・TSMCは合弁でJapan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)を設立した。政府からの支援を前提として、熊本に22/28nmプロセスの半導体生産工場を新設する準備を進めている。
JASMには、2022年2月にデンソーも出資することになった。国策的に「最先端ではないがニーズの多い半導体を安定供給する工場」としての役割を期待されての設立、というわけだ。
イメージセンサー事業の拡大も、ロジック半導体の安定調達なしにはあり得ない。
JASMへのソニーの投資は、ソニーがイメージセンサー事業で継続的に利益を得るために必須のことだったのだ。
(文・西田宗千佳)