Getty Images; Jenny Chang-Rodriguez/Insider
アマゾンが期待外れの第1四半期決算を発表した翌日の4月29日、同社のグローバルデリバリーサービス担当であるジョン・フェルトン(John Felton)上級副社長は、チームに宛てたメールの中で複雑な心境を吐露した。Insiderが入手したメールには、こうある。
「まず知っておいてほしい。第1四半期を振り返ってみると、全体的には成功だったと思う。対処してきた事柄や、それが適切な方法で行われたことには非常に感銘を受けている。しかし皆さんと同様、私も決算報告には失望した」
フェルトンは、「高い人件費と設備投資が、全体の業績の足を引っ張る形となった。生産性は向上しているが、まだ適切なバランスを見つける必要がある」「予測不能なインフレ環境が事態をさらに悪化させている」と続け、次のように書いている。
「このようなインフレ環境になるとは予想していなかったが、制御不能な逆風の中でも、各チームが方向転換し、引き続きコスト管理を徹底したことに改めて感銘を受けた。
我々はキャパシティが拡大するまで、引き続きコストの問題に直面し続けるだろう」
インフレ上昇にベゾスも苛立ち
先が見えないコスト高や消費者物価の上昇により、世界的なインフレが生じている。
この状況には、細部にも目を配ることを怠らないアマゾンでさえも平静ではいられなくなっている。パンデミックが始まった2年以上前からビジネス環境はすでに不安定だったが、そこにさらなるマイナス要素が加わった形だ。
アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは、SNS上で政治的なトピックをつぶやくことはめったにないが、さすがの彼もインフレ率の上昇に対する不満には苛立ちを隠せなかったようだ。高インフレについて何度もツイートし、バイデン政権を「方向性を誤っている」と非難し、経済環境の制御に「失敗している」と述べている。
ベゾスは先ごろ、3兆5000億ドル(約470兆円、1ドル=134円換算)の景気刺激策に反対票を投じた民主党のジョー・マンチン(Joe Manchin)上院議員について、「米政権は、すでに過熱気味のインフレ経済に対し、さらに刺激策を追加しようと躍起になっていた。政権を彼ら自身から救ったのはマンチンだけだった」とツイートしている。「方向性を誤れば、国を救うことはできない」
アマゾンの小売事業が受けているインフレの影響は深刻だ(写真はイギリスのアマゾン倉庫内部)。
Chris J. Ratcliffe/Getty Images
内部資料、そして匿名を条件にInsiderの取材に応じたアマゾン社員の証言から、現在のインフレ環境で同社が直面している3つの深刻な課題が明らかになった。以降ではそれぞれについて詳しく見ていくことにしよう。
なお、本稿の執筆に際しアマゾンの広報担当者にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
広告事業がなければ営業赤字は必至
インフレによって直接的に影響を受けているのは、何といってもコストの上昇だ。アマゾンの財務チームの内情に詳しい人物は、コスト上昇が社内で「大きな話題」になっていると明かす。
ガソリン価格、輸送コスト、従業員給与などの上昇は、アマゾンの経営に直接的な影響をもたらす。
アマゾンのCFO(最高財務責任者)であるブライアン・オルサフスキー(Brian Olsavsky)は、4月の四半期決算説明会で「アマゾンは第1四半期、インフレ、生産性低下、過剰設備により60億ドル(約8000億円)のコスト増を計上した」と述べた。オルサフスキーによると、海外への輸送コストはパンデミック前の2倍以上、燃料費は1年前の1.5倍にもなるという。
その結果、アマゾンの第1四半期の営業利益は37億ドル(約4900億円)となり、投資家の予想を32%下回った。販売低迷とコスト上昇はウォール街を失望させ、第1四半期決算発表翌日にアマゾンの株価は14%下落。1日の下げ幅としては2006年以来最大となった。
第1四半期決算発表の翌日、アマゾンの株価は大幅に下げた。
Markets Insider
しかし、Insiderが確認した内部文書によると、利益率が高くアマゾンでいま急成長中の広告事業がなければ、同社の決算内容はさらにひどい結果に陥っていた可能性がある。
広告、食料品、デジタル製品などのセグメントを除いた北米小売事業の売上高を示す「North America Established」という内部調査の数値を見ると、アマゾンの第1四半期は29億ドル(約3900億円)の営業損失だったことが分かる。しかしこれに広告売上を含めると、16億ドル(約2100億円)の営業利益となる。
アマゾンの海外小売事業の中でも最も成熟した市場であるドイツ、イギリス、日本などを含む「International Established」もこれと同様の結果を示しており、広告売上がなければ前四半期の営業利益は6億5300万ドル(約870億円)減少していたことが分かる。同資料によると、広告収入を含めた営業利益は7億5500万ドル(約1000億円)に達している。
アマゾンはこれらの数字を公表していない。資料によると、広告事業の利益がなければ、アマゾンは第1四半期におよそ30億ドル(約4000億円)の営業利益を失っていたことになる。
こうした懸念を払拭するため、アマゾンは最近、プライム会員費を17%引き上げ、アメリカでの年会費を139ドル(約1万8500円)とした。また、過去2年でフルフィルメント・コストを数回値上げしており、4月からは同社の物流ネットワークを利用する販売者に対し、5%の燃料費とインフレ対策費を追加した。
それでもアマゾンは、第2四半期の営業利益は10億ドル(約1340億円)の赤字から30億ドル(約4000億円)の黒字の範囲であり、前年同期の77億ドル(約1兆円)を大きく下回ると見込んでいる。
エバーコア(Evercore)のアナリストであるマーク・マハニー(Mark Mahaney)は、「現在のマクロ経済は、アマゾンの歴史上で最も厳しいコスト状況となっている」と4月時点のメモに記している。
「限られたリソースの中で優先順位を決める」
インフレは需要を鈍化させる要因にもなっている。
アマゾンは2022年の需要を大幅に過大評価したせいで目標を達成できず、倉庫や労働力全体がダブついている。
減速の兆候は、すでに2021年の年末商戦にも表れていた。内部資料のひとつには「昨年(2021年)第4四半期の荷物量は、80%の週で社内予想より少なかった」とある。また、別の資料には「ヨーロッパ市場では、第4四半期の荷物総量は社内予想を約15%下回り、ピーク時の荷物は予想を19~24%下回った」とある。
オルサフスキーは4月の決算報告で、「アマゾンはパンデミックの際に拡大しすぎたせいで、必要以上のリソースを抱えてしまった」と述べている。
そのため、いま小売業界全体で人員削減が行われている。
あるアマゾン幹部は最近、小売チームの成長目標を達成するため、「ビジネスが上向きになるまで」は2022年の採用目標を縮小すると述べている。オルサフスキーは、「顧客需要は依然として高いままだ」としながらも、「アマゾンは設備や人員の拡大を当面の間停止する」と発表した。
Insiderが確認したところによると、アマゾンの北米コンシューマー事業の財務担当副社長兼CFOであるゴクル・ダクシナ(Gokul Dakshina)は4月、チームに宛てたメールの中で次のように書いている。
「これが理想的なやり方ではないことはよく分かっている。しかし、チームは限られたリソースの中で優先順位を決めるために厳しい選択をしなければならない。それに応じて人員増強のペースを調整するように」
アマゾンで販売される商品の半分以上を占める外部販売業者も、環境に適応しようとしている。
調査会社マーケットプレイスパルス(Marketplace Pulse)のCEOであるユオザス・カジウケナス(Juozas Kaziukėnas)によると、インフレ環境下で配送費およびフルフィルメント・コストが大幅に増えたせいで、売り手が値上げしたり、利益率を下げざるを得なくなっているという。プロフィテロ(Profitero)社のデータによると、2020年6月以降、オンラインショッピングの消費者価格は10%以上上昇している。
他の小売大手も同様の問題に直面している。ウォルマートとターゲットはいずれも、5月中旬に発表した第1四半期の業績が予想を下回り、コストが大幅に増加したと報告した。両社の株価は急落し、他の小売ブランドの株価も下落した。
低賃金のせいで離職が増加
賃金のインフレと従業員の離職も、アマゾンにとっては頭の痛い問題だ。
アマゾンは同業他社に比べ、給料が低いことで有名だ。この問題に対処しようとアマゾンは2022年に入って給与体系を改善したが、Insiderの取材に応じた同社社員らによれば、ほとんどの昇給はインフレ率を大きく下回っていたため、転職を考えるようになったという。
Insiderが入手した内部データによると、アマゾンではすでに「残念な」離職、つまり辞めてほしくなかった従業員の離職が急増している。アマゾンの「残念な離職」は、2016年から2021年半ばにかけては5%前後で推移していた。しかし、2021年6月から2022年4月にかけてはその2倍以上の12.1%になったことがデータから明らかになった。
人材獲得競争に打ち勝つため、アマゾンはより多くの従業員にストックオプションを配ること(つまりコスト増)を余儀なくされている。
オルサフスキーは4月、「アマゾンは第2四半期に株式ベースの報酬費用として過去最高の60億ドル(約8000億円)を支出するペースとなっている。これは従業員の株式報酬に四半期ごとに支出される金額としては過去最高であり、前年同期比で66%の増加だ」と述べた。
冒頭で紹介したフェルトンのメールは、最後に「業績改善」を強調し、より前向きな言葉で締めくくられている。だが同時に、こういった問題すべてを解決するには、適切なバランスを見極めるために成長と拡大から「方向転換」することが必要だとも書かれている。
「引き続き対処し続けよう。チャンスはそこにある。安全、品質、迅速、コストのバランスをうまくとらなければならない」
(編集・常盤亜由子)