米半導体大手ブロードコム(Broadcom)は企業向けソフトウェア大手ヴイエムウェア(VMware)の買収を発表した。
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米ブロードコム(Broadcom)は、2021年11月にデル(Dell)からスピンアウトしたヴイエムウェア(VMware)を610億ドルで買収し、ソフトウェア市場での地盤拡大を進める計画を5月26日に発表した。
半導体企業がソフトウェア企業を買収する例はあまり多くない。米インテル(Intel)のような競合はむしろ(本業である)半導体事業の強化に力を入れている。
ブロードコムとヴイエムウェアの展開する事業にはほとんど重なるところがない。前者は第5世代移動通信システム(5G)などワイヤレス通信向けやデータセンター向けの半導体製品が主力。後者は仮想化ソフトウェアとクラウド関連製品に注力する。
ブロードコムは、世界的な半導体(およびその材料や製造設備の)不足による供給制約が続くなか、半導体以外の事業の柱を模索していると市場アナリストらは指摘する。
同社はヴイエムウェアの買収により、2018年に傘下におさめたCAテクノロジーズ(CA Technologies)に続き、企業向けソフトウェア分野での収益機会を拡大できる。
また、アマゾン(Amazon)やマイクロソフト(Microsoft)のようなクラウドビジネスの巨人との競合に際し、ハイブリッドおよびマルチクラウド運用についてユーザー企業により優れた戦略を提供できるようになる。
米金融サービスのシノバス・ファイナンシャル(Synovus Financial)信託部門のシニアポートフォリオマネージャー、ダン・モーガンはこう語る。
「ブロードコムは半導体事業の浮き沈みを平準化したいのです。そのためのベストな方法のひとつが、安定したキャッシュフローを稼ぎ出す企業向けソフトウェア事業への注力ということになります」
競争を促進する買収案件
今回の買収が実現すれば、2016年9月のデルによるストレージ大手EMC買収(670億ドル)、2019年7月のIBMによるレッドハット(Red Hat)買収(340億ドル)に匹敵する、テクノロジー分野における史上最大規模の買収案件になる。
ブロードコムはすでに触れたように2018年11月にCAテクノロジーズを189億ドルで、2019年11月に米シマンテック(Symantec)の企業向けセキュリティ事業を107億ドルで買収。
2017年11月には同業のクアルコム(Qualcomm)買収を計画し、1300億ドル規模の敵対的買収を仕掛けたが、トランプ米大統領(当時)によって国家安全保障上のリスクを理由に阻止されている。
ブロードコムがクアルコム買収に成功していたとしても、両社はともに半導体大手であることから、規制当局の高いハードルに阻まれる展開が想定されたと前出のモーガンは指摘する。
米画像処理半導体大手エヌビディア(Nvidia)の英半導体設計大手アーム(Arm)買収についても、2020年9月の両社の買収合意後にやはり規制当局が競争上の懸念を示し、2022年2月には破談に追い込まれている。
「ソフトウェア企業の買収はブロードコムにとって大きな戦略転換であって、その点でクアルコムやアームの案件とはまったく異なります。
では、なぜクアルコムからヴイエムウェアなのか?それは、ブロードコムがハイブリッドクラウド分野へのより深い関与、企業向けビジネスの強化を狙っているからです」(モーガン)
米M&A(=合併・買収)アドバイザリー会社マーティンウルフ(Martinwolf)創業者兼マネージングパートナーのマーティン・ウルフはこう語る。
「規制環境は敵対的で、買収規模も巨額ながら、両社製品がバンドルされることによりクラウドと5Gの両方で価格引き下げ効果を期待できるため、ブロードコムのヴイエムウェア買収は承認されるでしょう。
有力なプレイヤーが増え、ハイブリッドクラウドが普及することで市場の成長が加速し、やがて価格も下がる。反競争的ではなく、競争を促進する買収です」
企業向けソフトウェア事業への渇望
ブロードコムは「ソフトウェア事業に関するシナリオをリセット」する必要があったと、米調査会社ガートナー(Gartner)バイスプレジデント兼アナリストのデニス・スミスは語る。
アナリストのなかには、今回の買収合意を前出のIBMによるレッドハット買収になぞらえる見方が多い。ハード企業のソフトへの展開という図式が重なるからだ。ブロードコムのソフトウェア事業の売上高は、買収が成立すれば現在の3倍増となる210億ドルに達する可能性があると、米みずほ証券のビジェイ・ラケシュは予測する。
また、ブロードコムは傘下にシマンテックの企業向けセキュリティ事業を擁し、その点ではヴイエムウェアとの重なりがないわけではない。
それでも、企業向けセキュリティ事業はクラウドストライク(CrowdStrike)、センチネルワン(SentinelOne)、サイバーリーズン(Cybereason)など有力な競合企業が市場にひしめき、今回の買収で競争環境の硬直化など変化が起きる可能性はほとんど考えられないと、米みずほ証券のグレッグ・モスコウィッツは分析する。
一方、買収成立後にヴイエムウェアとシマンテックが協業する可能性については、米調査会社フォレスター(Forrester)シニアアナリストのナヴィーン・チャブラが次のような疑念を投げかける。
「まずは何より、言うは易く行うは難しということ。それだけでなく、ブロードコムのこれまでの買収戦略を見ると、イノベーションを重視したマインドセットはほとんど感じられないのです」
ヴイエムウェアにとっての意義
では、ヴイエムウェアにとって、ブロードコムに買われる意義はあるだろうか。
ヴイエムウェアの製品群はここまで順調に成長を続けてきたものの、「一貫性をもった事業遂行力」があるかどうかについては、米ウォール街のアナリストたちは疑念を抱いているとみずほ証券のモスコウィッツは指摘する。
同社は近年、サブスクリプションサービスへの移行拡大を優先する戦略を進めてきたが、その動きは「円滑とは言えない」(モスコウィッツ)ものだったという。
また、フォレスターのシニアアナリスト、トレイシー・ウーはヴイエムウェアが2021年11月にデルの傘下を離れたことを「成長を妨げるつっかえがとれた」と評価したクライアント企業も多かったことから、それが再び別の(巨大)企業の傘下に入るのは(クライアント企業側にとって)影響があると語る。
とは言え、ブロードコムの企業規模は、ヴイエムウェアの展開するクラウド事業の競争力を考えればプラスに働くとの見方もある。
「ブロードコムのハードウェアおよびソフトウェア製品との相乗効果を存分に発揮できれば、ヴイエムウェアは相当に強力な存在になれる可能性があると思います」
(翻訳・編集:川村力)