今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
多様性に富んだ強い組織やチームをつくるには「心理的安全性」が重要だと言われます。しかし、入山先生は「心理的安全性だけが高くてもぬるいだけ」と指摘します。一体どういうことなのでしょうか。その理由を紐解いていきます。
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組織にはネガティブな人がいたほうがいい
こんにちは、入山章栄です。
突然ですが、みなさんは自分のことをネガティブな性格だと思いますか? それともポジティブな性格でしょうか。
今回はそんな人の「性格」や「感情」が、実は経営と深い関係があるという話です。
BIJ編集部・小倉
アメリカとオーストラリアの研究チーム(ライス大学、西オーストラリア大学、ボンド大学、クイーンズランド大学)が2021年8月に発表した研究結果によると、一緒に働くチームには、ポジティブな人だけでなくネガティブな人もいたほうが創造性が高くなるそうです。
でも実際に組織の中でネガティブな人を生かそうと思っても、「やる気が失せるようなことを言うなよ」とか、「人の揚げ足をとってないで、いいからやれよ」とか言われそうです。自分がネガティブだという自覚のある人は、どうやってそれを生かしていけばいいんでしょうか。
そうですね。まず何をもってネガティブ・ポジティブと言うかですが、ここでは「プラスの感情や雰囲気をつくる発言をするのがポジティブな人」「その逆がネガティブな人」ということで話を進めましょう。
経営学において、メンバーの感情がチームのパフォーマンスや創造性にどう影響を与えるかは非常に大事なテーマです。詳しくは僕の『世界標準の経営理論』に「感情の理論」という章があるのでそれも参考にしてください。
そして結論から言うと、小倉さんが紹介してくれたこの研究結果に、僕は納得します。なぜならポジティブな人だけで構成されたチームのパフォーマンスが、必ずしもいいとは限らないと僕も思うからです。
もちろんポジティブな人が多いほうがいいことは、たくさんあります。その一番分かりやすい例は、心理的安全性が担保されることです。「この場所では自分が何を言っても受け入れてもらえる」と思えると、さまざまなアイデアが出やすくなります。
僕がいつも言うように、イノベーションには新しい知と知の組み合わせが必要です。多様なバックグラウンドを持つメンバーが言いたいことを言えるようでないと、新しい知と知の組み合わせは起こりません。
基本的に日本はネガティブな組織がいまだに多いので、ポジティブな感情を組織に入れていくことは非常に重要だと思います。
BIJ編集部・小倉
そうか、日本の組織はもともとネガティブなんですね。
僕はそう思いますよ。日本の組織は新しいことを提案しても、まず否定から入るようなところがある。Business Insider Japan編集部は違うかもしれませんが……常盤さんはどう思いますか?
BIJ編集部・常盤
否定から入るわけではありませんが、慎重論を唱えることはありますね。たとえば暴走しがちな人っていますよね(笑)。
放っておくと収拾がつかなくなりそうだから、「こういうリスクもあるんじゃないか」みたいな意見を言う。そういう意味での慎重さは、日本企業にはよく見られると思います。それをネガティブと言うかどうかは微妙ですけれども。
なるほど。いずれにせよ、僕はどちらかというと全般的にポジティブな雰囲気が好きですね。ポジティブでないと心理的安全性が高まらないから。
この連載でも以前、「アメトーーク!」のホトちゃん(蛍原徹さん)の司会ぶりは、実に心理的安全性が高いという話をしました。ホトちゃんのように相手の出したアイデアを絶対に否定しないことが、多様な意見を引き出して創造性を高めるうえでは欠かせないのです。
心理的安全性が高いだけの組織はぬるい
ただ、問題はそこから先です。そうやって出てきたアイデアを実現に落とし込むときは、常盤さんがおっしゃるように、「それって本当にできるの?」とか、ある程度ネガティブなことを言う人がいたほうがいいんです。
ネガティブとは、よく言えば現実を悲観的に捉える厳しさでもありますから。
ただしこの場合のネガティブさというのは、できていないところに目を向けて否定するのではなく、「本当にそれで勝てるの?」という勝負へのこだわりから来る指摘であることが条件です。
つまり否定的なネガティブではなく、「建設的なネガティブ」ですね。このネガ・ポジのバランスがいいと強い組織になるのです。
日本ではいま心理的安全性がブームになっているので、相手の発言を受け入れることの大切さはよく知られるようになりました。しかし実は心理的安全性が高いだけの組織では、機能しないというのが僕の理解です。
先日、グーグル・クラウド・ジャパンの平手智行社長とまさにこのテーマで話をさせてもらいました。グーグルはとても心理的安全性が高い組織です。でも平手社長いわく、グーグルが目指しているのはそれだけではない。
2つの大事にしたい軸があるとすると、心理的安全性は横軸に1つあるけれど、加えてもう1つ、縦軸に「成功への絶対的なこだわり」があるのだそうです。つまり心理的安全性と成功への絶対的なこだわりという2軸があり、この両方が高いからグーグルは強い、というわけです。
入山先生の話をもとに編集部作成。
確かにグーグルはいろいろな会社をM&Aしてもいますが、やはり内部からアイデアが豊富に出てくる組織だと思います。
BIJ編集部・常盤
いまのお話は非常に納得ですが、でもその2つを両立させるのは難しくないですか?
そうですね。この2つはちょっと矛盾していますから。でも矛盾したことを同時にするという意味では、まさに「両利きの経営」と同じです。
「両利きの経営」というのは、いまうまく行っている事業を発展させながら、将来のための種まきにもリソースを割く経営スタイルのことで、これを同時にやれる組織は強い。
実は僕は、最近の日本での心理的安全性に関する議論について、ちょっと心配しているところです。みなさん、心理的安全性の話だけをして、成果へのこだわりについての話をしないでしょう。
BIJ編集部・常盤
そこは見落としポイントですね。心理的安全性ばかりが独り歩きをしている感じがあります。
理想的な組織というのは、心理的安全性が高いと同時に、全員が結果を求められる厳しい組織であって、ぬるい組織ではないんですよ。でもこの話を経営者に言うと、結局、「やっぱり心理的安全性はいらないんだな」と誤解されて、厳しさ一辺倒になりがちなので悩ましい。
だから確かに難しいのですが、僕の理解では、いい企業とか、いいチームとか、いい経営者やリーダーに共通しているのは、「矛盾することを同時にやる」ことなんです。
だから「当社は心理的安全性は高いけれど、成果を出せていない人はポジションを下げますよ」とか、「うちは成果が出せなければ会社から去ってもらうこともあるかもしれないけれど、一方で本当に言いたいことが言えて心理的安全性が高いですよ」という組織が、望ましいわけです。
BIJ編集部・常盤
そんな組織、ニコニコしながらクビにされそうで怖いかも(笑)。
メンバーの性格にもダイバーシティが大事
BIJ編集部・常盤
でもネガティブであることはマイナスに捉えられがちですが、マネジメント次第で有能な戦力になる。活かしどころはいくらでもあるということですね。
どうしてもポジティブな人のほうが一緒にいて快適ですけど、やはりいい組織をつくっていくためには、メンバーの性格という点でもダイバーシティが必要なんでしょうね。
その通りだと思います。これからは多様な性格の人たちをバランスよく配置するチーム作りも必要かもしれません。
例えば僕が理事を務めているコープさっぽろには、大阪いずみのコープの元理事長だった藤井克裕さんという素晴らしい方がいて、僕はものすごく尊敬しています。
この方がいつも会議で、「ちゃんとここを見たんですか?」というようなことをおっしゃいます。それがあまりにも鋭いので、その場は緊張感が出ます。
いい意味で、建設的にネガティブにお話をされるんですね。一方で僕は、「業績がいいんだから、みんなもっと喜びましょうよ」と、あえてポジティブなことを言ったりします。そういう役割ですね。
ほかにも、僕が社外取締役を務めるセプテーニという会社は、「つよく、やさしく、おもしろく。」というバリューを持っています。それで社外取締役それぞれに、バリューの担当があるんです。
僕が入る前からいるセプテーニの社外取締役は、岡島悦子さん、元ミクシィの朝倉祐介さん、石川善樹さんの3人です。厳しいことをズバッと言う朝倉さんが「つよく」の担当。岡島さんが「やさしく」の担当。石川善樹さんが「おもしろく」担当というように、バリューを分担しています。
それで僕が加わったとき、岡島さんに、「僕はなに担当ですか」と聞いたら、「入山先生は当然、おもしろ担当です」と言われました(笑)。このように、「組織の感情・ポジティブとネガティブ」を役割分担させるのも面白いですよね。
BIJ編集部・常盤
そこまで明示的に役割を分担しているんですか。一般の会社でも、組織のメンバーが自分の感情的な役割を自認して、それを演じるようにしてもいいかもしれませんね。
おっしゃる通りですね。組織づくりをするときは、その人のスキルに着目してチームを組むことが多い。でも実はスキルと同等かそれ以上に大事なのが、感情なんです。メンバーの感情が組織に与える影響は予想以上に大きい。
ですから何万人もいるような大きな会社では難しいかもしれませんが、10人にも満たない取締役会などの小さな組織では、感情のマップみたいなものをつくって、ネガ・ポジをバランスよく配置できるといいですね。
これからは感情ベースで人材を配置することを、もっと真剣に考えるべきかもしれません。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。