経済の風向きが変わった今、シリコンバレーの天才CEOたちは深刻な逆風の只中にいる。
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我々はヒーローたちの淘汰を目撃しようとしている。
過去20年ほど、アメリカで最高の頭脳はシリコンバレーにアイデアを求めて西へ向かった。金持ちになるためではなく(と言っていた)、緊急の問題を解決し我々が使えるものをつくるために。
我々に必要なのは、適切な頭脳に十分な元手を提供し、適切なテクノロジーを開発してもらうことだけ。そうすれば、モビリティから気候変動、格差まで、あらゆる問題を解決できるはずだった。
この理想主義的なゴールドラッシュを通じて、投資家を魅了し、より良い未来を約束し大衆を夢中にさせる、新たな億万長者、つまりテックジャイアントが生み出された。
しかし現在、いささかもてはやされすぎたテック業界の天才たちは、経済の風向きの変化に直面し、自分たちの帝国が崩壊しようとする様を目の当たりにしている。金利は歴史的な低水準から上昇しつつあり、テック企業は多かれ少なかれ、低金利で調達できる資金がなければ生き残れないことが明らかになった。
シリコンバレーがこの必然的なシフトを乗り切ることができないのは、残念であると同時に不思議でもある。1990年代末から2000年代初頭にかけて我々はITバブルとその崩壊を経験したが、今回が当時と大きく違う点は、その後に残る破壊の規模の大きさだ。
キニコス・アソシエイツ(Kynikos Associates)創業者のジム・チャノス(Jim Chanos)は、前回のITバブルの行き過ぎを指摘したことで、自身の空売り会社を一躍有名にし、ウォール街における「予言者」の地位を確固たるものにした。そのチャノスいわく、今回はより規模が大きく、経済的影響がより大きい企業が潰れるおそれがあるという。
「2000年代初頭は、当社の典型的な空売り対象は20~30億ドル規模の低迷企業でした。今回はそれが200~300億ドル規模の企業になるでしょう。私が“パワーアップ版ドットコム時代”と呼んでいるのはそのためです。多くの企業が姿を消すでしょうね」
過去20年間、シリコンバレーの名士たちは、資金はイノベーションの燃料にすぎないと言っていた。かつては安泰だと思われた企業が陰りをみせるなか、今の市場が示しているのは、資金はエンジンでもあり、船長でもあり、目指す先でもあったということだ。
今後数年で、今回の市場サイクルにおける最もホットなハイテクイノベーションの多くがあっけなく消滅するだろう。これは絶滅レベルの出来事と考えたほうがいい。
すべてが追い風だった
今から10年前、2012年に思いを馳せてみよう。
当時はテック業界にとって素晴らしい時代だった。Facebook(現メタ〔Meta〕)は上場し、全世界のユーザー数が10億人に達した。FacebookとTwitterは、アラブの春において民主化を求めて闘う市民を支援する重要なツールになっていた。世界をつなげるというマーク・ザッカーバーグの約束は脅威と見なされてはいなかった。
イーロン・マスクがEV(電気自動車)革命を起こすために政府から多額の補助金を集めていたのも、UberとLyftの価格競争が始まったのもこの頃だ。暗号資産(仮想通貨)は趣味人の楽しいおもちゃといった感じだったし、セレブたちはランチに何を食べたかをツイートしていた。
この熱狂は全て、シリコンバレーの急成長企業を支援するために構築された経済システムを原動力にしていた。
2008年のリーマンショックは過去のものとなり、世界の中央銀行は十分な現金を流通させる政策をとり、企業が借入をしやすいようゼロ金利を維持した。資金は株式市場に流れ込み、シリコンバレーの約束は、リターンを求める投資家だけでなく、傷ついた経済から這い上がろうとしていた社会をも惹きつけた。
Facebookのザッカーバーグは、2019年10月23日に連邦議会で行われた公聴会において、米下院金融サービス委員会で証言した。
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だがあれから10年が経ち、世界は大きく変わった。我々はつながりすぎているのではないか——多くの人がそう思うようになった。
SNSは選挙を汚し、人間関係を害し、反乱の計画に使われている。配車サービスの熾烈な競争では、客も運転手も、企業でさえ誰も得していないように見える。暗号資産はもはや宗教と化し、イーロン・マスクはツイートし続けている。
この間、「ソーシャルグッドを提供する」というシリコンバレーの約束は輝きを失いつつあるが、それだけでなく、「経済的なリターンを提供する」という約束もしぼみ始めた。
高成長のスタートアップやテック企業を魅力的に見せていた低金利が消え去ったいま、テック企業のライフサイクルのあらゆる点にきしみが現れている。
スタートアップアクセラレーターは、創業者たちに「最悪の事態」に備えるよう警告するメモを書き始めた。ソフトバンクグループなど野心的なベンチャーキャピタル(VC)大手が、投資額を半分以下に削減する計画を進めている。株式市場が急落するなか、Roku、Pinterest、Uberなどの大手でさえ報酬の維持に支障をきたしているようだ。
今や、ソーシャルグッド云々の話はいっさい立ち消えになり、シリコンバレーのビジネスモデルはテクノロジーの天才ではなく誇大宣伝のもとに成り立っていたという事実を投資家が受け入れる時だ。
これは前回ITバブルが弾けた時と同じ状況だとチャノスは言う。前回、投資家にとってのマジックワードは「ドットコム」だったが、今回のそれは「ブロックチェーン」「機械学習」「AI」「アルゴリズム」だ。
「大きな共通点は、意味のない事業計画に資金が集まったこと。人々はテクノロジーが関わっていれば何にでも投資してきました」とチャノスは語る。
市場が暴落した今、企業を救うのはクールなソフトウェアでも、ブロックチェーンでも、お気に入りの黒のタートルネックの人物でもない。キャッシュときれいなバランスシートだけが頼りだ。だが残念ながら、過去10年のシリコンバレーはそのような基本的な事業基盤に立脚してこなかった。
都合の悪い財務指標は使わなければいい
持ち上げられすぎた感のあるスタートアップアクセラレーターのYコンビネータ(Y Combinator)と関係を持つシリコンバレーのある起業家によれば、スタートアップの世界では長らく、テック企業の財務指標を議論するのはかっこ悪いと思われてきたという。
つまり、女性に妊娠しているかと聞いたり、ニューヨーカーにエンパイアステートビルはどこかと尋ねたりするようなもので、そんな話題を持ち出せば、シリコンバレーの人間ではないこと、シリコンバレーでは価値がどのように測られているかを理解していないと言っているようなものだと考えられてきた。「全体が見えておらず、収益のようなくだらないことに目を向けているヤツは素人に見える」と。
この起業家によると、ここ10年ほどは、収益性に関する質問が出ると「でもアマゾンは何十年も儲かってなかった」と反論するのがお決まりだったという。
このような戦略は、金融市場に現金があふれ、資産価格が上昇し、新規ユーザーが群れをなして集まってきているうちはうまくいく。だがもうそういう状況ではないため、慢性的に不採算の企業のCEOたちは「持続可能性」という宗教を見出しつつある。
Uberのダラ・コスロシャヒ(Dara Khosrowshahi)は、投資家を引き留めるための取り組みとしてコスト削減と採用の見直しを従業員に告げた。10年の歴史の中でたった1度しか四半期利益を計上していないSnapchatは先ごろ、販売市場の低迷を理由に人材採用ペースを落とすと発表したことでハイテク株を急落させた。
アメリカ最大の暗号資産取引所であるコインベース(Coinbase)は投資家に対し、破綻のリスクはないものの、もし破綻したら顧客は全資産を失うかもしれない、と表明せざるを得なくなった。
創業から20年の歴史があるテスラでさえ苦境に立たされている。マスク率いるこのEVメーカーは2020年にようやく黒字化したが、大手自動車メーカーとの新たな競争、中国における問題、マスクの奇怪なTwitter買収工作など問題が山積みで、ウォール街のテスラ贔屓さえ逃げ腰になり始めている。
何年もテスラ株の空売りを公言しているチャノスは、テスラを「AOLやシスコの再来」と呼んでいる。AOLもシスコも、前回のITバブル時にテクノロジーの未来だと言われ株価が急騰したが、その後同じくらいの速さで底まで急落した。
テスラの株価も2021年11月にピークをつけて以降は下落傾向だ。
Andrew Kelly/Reuters
過去20年、市場は安定よりも成長に報酬を与え、ハイテクの神々はそれを最大限に利用してきた。彼らは自分たちの事業が利益を生み出すことを従来の財務指標では証明できなかったため、代わりに独自の指標を作り出した。
中でも特に悪名高いのは、WeWorkの「コミュニティ調整済みEBITDA」しかり、SNSプラットフォームがユーザー数の増加を強調するときに使う指標しかりだ。ニュースレター「ザ・ディグ」の著者で、ペンシルベニア大学ウォートンスクールの次期会計学教授であるフランシーン・マッケナ(Francine McKenna)いわく、これらの指標はどれも内部的なもので、業績との関係はあったりなかったりだ。
「こうした指標はSNS業界では聖杯として扱われているが、まったく検証不可能なものです。DAU(Daily Active User)のような、企業がでっち上げた指標に基づいて投資するなんて馬鹿げていますよ」
これらのテックジャイアントは、専門用語だらけの未来の約束で投資家を催眠術にかけるだけでなく、自社の従業員も催眠術にかけた。従業員に対し現金ではなく株式で報酬を支払うことで、自分たちは利益を出せる何やらすごいものをつくっているのだという期待を抱かせたのだ。
しかしそれは、善意と呼べるようなものではなかった。株式報酬は、人件費が会社の最終利益に打撃を与えるのを防ぎ、損失を紙の上で利益に変える。今回の市場サイクルでは、シリコンバレーは特に積極的にこの巧みなツールを活用してきた。テスラもTwitterもSquareも、長年この方法を採用して劇的な効果を上げてきたのだ。
このトリックはGAAP(一般に公正妥当と認められた会計原則)からは外れるが、それを実施していることを財務報告書の非GAAPと記された箇所で開示する限りは、何の問題もないし完全に合法だ。株価が上がることを当てにしていた企業と従業員の双方にとって問題があるとすれば、株は下がることがあるという事実だ——それも著しく。
「従業員みんなに気前よく株式で払っていても、出費にはなりません。株が暴落するまでは」とチャノスは言う。「暴落してしまったら、100万株を発行するか、現金で支払うしかありません」
これらの企業の多くはたいして現金を持っていないので、株式を発行しても株価をさらに押し下げるだけだ。チャノスに言わせれば、ハイテク株は今年下落したが、株価が真の財務指標を正確に反映するまで、まだまだ下落の余地がある。
神々は怠惰に違いない
市場の下落が長引くほど、「シリコンバレーにもっと多くの資金をつぎ込み続ければ最終的に解決する」という筋書きを受け入れにくくなる。
最新式の「Buy-Now, Pay-Later(BNPL:後払い決済)」の企業を例にとってみよう。
モノをレイアウェイ(頭金を払って商品を予約し、残額の分割払い完了後に受け取る仕組み)で買うことは新しくも何ともない。しかし、KlarnaやAffirmといった企業はこう約束した。誰が何に対していつ確実に支払うことができるか(金融における最も重要な問題だ)をアルゴリズムで予測することで、消費者は必要な商品を購入でき、もし支払いが滞っても企業は追跡せずに済む——。
これがまるで魔法のように思われて、BNPL企業の何社かはユニコーン企業になった。しかしこれでは利益を上げられないと市場が理解した結果、今や一部のBNPL企業はレイオフに踏み切り、バリュエーションもピークの3分の1にまで下がっている。
「シリコンバレーの連中がそろって『誰も気づいていなかったときにこれに気づいた』などと言っているのは、傲慢の極みですよ」とチャノスは言う。
しかし少なくとも、BNPL業界の人たちは現実の問題に対する解決策を探っていた。暗号資産、およびVC業界にいる暗号資産の最大の支援者たちは、解決すべき問題をいまだに探している。
暗号資産は、資本の驚くべき無駄遣いであり、ハイテク分野の多額の資金が追い求めるべき有益なアイデアが枯渇したことの確たる証拠だ。暗号資産は、価値を安全に保管できる場所でも、実行可能な決済ネットワークでもないことを証明してしまった。何の結果も生まない暗号資産強盗が絶えないことからしても、この空想的な偽金をこれ以上金融システムに統合するのは明らかに間違っている。
FTX創業者のサム・バンクマンフリード(Sam Bankman-Fried)がブルームバーグ(Bloomberg)のポッドキャスト「オド・ロッツ(Odd Lots)」で基本的に認めたように、暗号資産はポンジスキームであり、より多くの人が箱に価値を入れ続けている場合にのみ価値を持つ箱なのだ。
2011年に話を戻すと、VC大手アンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)の共同創業者であるマーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)は、ソフトウェアが世界を飲み込むだろうと書いた。そこから2022年まで時代を早送りすると、同社は先日、別の暗号資産ファンドのために45億ドル(約5800億円、1ドル=130円換算)を調達した。これではソフトウェアが世界を飲み込んでいるのではなく、ソフトウェアのためのソフトウェアだ。
彼はこの寄稿の中で、人々は「バリュエーションを絶えず疑う」のをやめるべきだと言い、GrouponやFourSquareやTwitterのような「新世代のテクノロジー企業」の長所を褒めている。これは楽しい「あの企業は今」ゲームだ。
最終的にアンドリーセンは望むものを手に入れ、ウォール街からの詰問は応援に変わった。しかし、勝手気ままなハイテクの神々とその「新世代」の企業は、金利が低く人々も簡単に信じてくれた期間にも現実の問題を解決することはなく、今や音を立てて地面に叩きつけられようとしている。
このような脱神格化を最も体現しているのは、おそらくメタのザッカーバーグだろう。
ハーバードの寮の一室で生まれた企業は、今や人種差別、陰謀論、ネガティブなものの巣窟と見なされている。同社はイノベーションではなく買収と模倣に頼ってきた。だからザッカーバーグはメタバースと呼ばれる生煮えのSFコンセプトに社運を賭けることにしたのだ。莫大な資金を注ぎ込むこの冒険に世界がついてきてくれる根拠はほとんどなく、そのテクノロジーが実際に解決する問題が何なのかも不明だ。
空飛ぶ車、超高速の食品配達、金持ち向けの宇宙旅行……新たなスタートアップはさまざまだが、これが約束された変化だという感じはしない。これらは確かにビッグアイデアではあるが、全部合わせても革命とまでは言えない。我々が売りつけられたのはたしかに革命だったはずなのに。
これまでの行き過ぎに対しては、金以上の代償を払わなければならない。常に腐敗にまみれ極度の不安定性をもたらす制御不能の強気市場では、バブルを膨らませることが普通のことに思えてきている。前出のマッケナは次のように警鐘を鳴らす。
「本当に恐るべき損失と悪行に対して私たちがあまりにも寛容になってしまった結果、こうしたものが溢れ返っています。大きな破壊に対して麻痺しつつあるのです」
では、我々はどうすればいいのだろうか。
我々はかつてなくつながっているが、かつてなく分断されてもいる。より孤独になっている。格差は拡大し続け、住宅危機は悪化し、気候危機は勢いを増している。
ハイテクの神々には、これらの問題を解決してもらおうと自由に使える資本を20年間与えたのに、解決に近づいてさえいない。
また新たな神々が現れるだろうが(市場は彼らを作り出さずにはいられないのだ)、願わくば今度こそは、時代遅れになりつつあるトレンド追従者の古びた神々ではなく、我々の生活の問題に真の解決策を提供できる神々であってほしい。
(編集・常盤亜由子)