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最近、メイン州の広範囲に渡って、農場の土壌からPFAS(ピーファス)の汚染が発見されて、オーガニック・ファームが次々と休業・廃業に追い込まれているという。
PFASは、ペルフルオロオクタン酸(pfoa)とペルフルオロオクタンスルホン酸(pfos)を代表格とする有機フッ素化合物の総称だ。デュポンや3Dといった化学メーカーによって1950年代に開発され、熱や水に強く、柔軟で汎用性が高い性質が重宝されて、耐火材や防水材、食品の包装材や調理器具などに幅広く使われてきた。
PFASの存在が広く知られたのは、1998年にウエストバージニア州の農家が、近隣のデュポン工場から排出された汚染水によって生じた家畜への害を訴えた集団訴訟がきっかけだ。2005年以降、科学者たちによって調査や研究が行われるようになった。
現在、OECDに指定される種だけで4000種以上にのぼるが、次々と新たな化学物質が開発・実用化されるため、現存するPFASの数を把握するのは難しい。どれだけ時間が経とうと分解することがないため「フォーエバー・ケミカル(永遠の化学物質)」とも呼ばれている。
PFASの健康被害を調査するために組織された疫病学者3人からなる「C8パネル」によると、PFASは甲状腺疾患、睾丸がん、腎臓がん、高血圧などとの関連が報告されている。コロナウイルスが登場してからも、体内のPFASレベルが高いと、ウイルス感染による症状が比較的重い、ワクチンが効きにくいなどの症例も報告されている。
実態がつかみきれない汚染の広がり
メイン州では牛乳からPFASが検出されたことを機に土壌汚染の被害が認識されるようになった(写真はイメージです)。
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これまで大規模な有機農業へのシフトが実現した成功例として知られてきたメイン州では、2016年に州内で生産された牛乳にPFASが初めて発見された。これをきっかけに州環境保護局が調査をしたところ、水路や土壌の汚染が検知された。さらに自主的に敷地の土壌や水路を検査して危険な水準の汚染を発見した農家たちが警鐘を鳴らし、州議会で取り上げられてやっとニュースになった。現在、州議会では、PFASによって営みを奪われた農家への支援や、PFAS対策の研究についての予算案が検討されている。
私は、有機農家が永遠に分解しない化学物質に水路から土壌を汚染され、農業を続けられなくなっている、というニュースに大きなショックを受けた。有機栽培される農作物ですらもはや安心できないという事態もさることながら、実際にどれだけ汚染が広がっているのかその全貌は明らかになっていない。
アメリカでは2021年にEPA(環境保護庁)によって連邦レベルの規制が始まったが、対象になっているのは数千以上あるうちのわずか160種である。そして今も、PFASに属する化学物質が使われる商品が、日々、私たちが暮らす社会に吐き出されているのだ。
「永遠」という言葉の重みに怯みながら調べてみると、2022年2月にEPAが研究論文を発表していた。熱水でPFASを酸化させる技術を使って分解することが可能だという内容の論文である。
永遠に分解させることができないと思われてきた成分も、新しい技術が登場して分解が可能になれば汚染を浄化させることができるかもしれない。そうであったとしても、汚染が広がる速度と、新技術の実用化の時間のレースであることは間違いない。今も排出される有害物質を規制・除去し、土壌汚染というダメージを修復した上で、環境を再生させるところまでを実行することはできるのだろうか?
自然の力を借り環境を回復させる
2012年、ニューヨーク州をハリケーン・サンディが襲い大規模な都市水害が発生した(ブルックリン、2012年10月29日撮影)。
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人間が破壊した環境を修復することはできるのか?
その答えが「イエス」になるためには、たくさんの条件が揃わなければならない。PFASを分解する新技術以外にも、科学者やエンジニアたちの努力によって、プラスチックを食べるバクテリア、空気中の二酸化炭素(CO2)を吸収する新繊維など、実用化されれば、これまで人間たちが垂れ流してきた環境へのダメージを回復させるポテンシャルのある数々のイノベーションの開発に期待が集まる。
こうした技術の進化だけでなく、自然が持つ多大なる力を借りるというアプローチが注目されている。
第9回でも取り上げた「再生農業(regenerative agriculture)」は、農地の周辺地域に、その土地原産の植物を植えることで本来の生物多様性を回復させ、土壌や大気、水路の浄化を目指し、CO2の排出削減に貢献するという考え方だ。木が生息する農地のほうが収穫量も多く、CO2 の排出量も抑えることができるというデータに基づいて、農業と林業を組み合わせる「修復混農林業(restoration agroforestry)」という方法論もある。
また、再生能力の高い存在として、土壌の状態や水分の量にかかわらず生息し、周辺の環境を修復する力のある竹の植林や、有害物質を分解する力を持つ菌糸体(キノコ類)の栽培が注目されている。
こうした考え方は、気候変動による自然災害への対策にも導入されるようになってきた。
2012年に発生したハリケーン・サンディで甚大な被害を出したニューヨーク市南東のロッカウェイ半島では、すでに水位上昇による洪水が頻繁に起きるようになっている。市は、防波堤の設置などのインフラ整備と並行して、州や非営利の自然保護団体、エコロジストたちと協力し、未開発の海岸線沿いの地域の自然環境を回復させるプロジェクトを進めている。
ロッカウェイ半島の海岸線から過去100年の間に失われた湿地帯を、貝や砂を敷いたり、自生植物種を植えることで回復させ、住宅街と海岸線の間に天然の防波堤を築きながら、市民が自然にアクセスできる公園として活用していく予定だという。湿地帯の生物多様性が回復すれば、大気や水、土壌は浄化され、CO2の排出削減にも効果をもたらすと期待されている。
工業革命や大型農業によって、自然環境は資源を絞り尽くされ、劇的に劣化した。けれど、自然の力を借り、自然を守るだけでなく回復させることで、環境にも人間にも持続性をもたらす方法があるのだ。自然の力を利用したリジェネラティブなアプローチの可能性は計り知れない。
気候変動の勉強をしていると、「もう手遅れ」と「まだ遅くない」を行ったり来たりする。後者が正であるためには、たくさんの条件が揃わなければならない。それなのに今もなお、環境や人体に有害な商品が作り出され続けている。ダメージを生み出す有害な商習慣から脱却し、過去の害を処理しながら、自然を増やすことで環境を回復させる包括的なアプローチが、今求められている。
(文・佐久間裕美子、編集・浜田敬子)
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。