ESG(環境、社会、ガバナンス)投資とインパクト投資は数兆円規模へと複雑かつ急速に成長しており、これらの分野に向けられた監視の目はますます厳しくなっている。
2022年の株主総会シーズンは、企業の持続可能性の要となる経営方針に注目が集まっている。RBCキャピタルマーケッツのデータによると、株主が提出した「環境・社会」関連の議案は328件という記録的な件数に上っている。
RBCのアナリストであるサラ・マハフィ(Sara Mahaffy)とロリ・カルバジーナ(Lori Calvasina)は5月末、これらのカテゴリーにおいてプラスチック廃棄物や人種平等監査についての議案が、株主から顕著に高い支持を得ていることを明らかにした。
さらに機関投資家は企業に対して、もう一つの迫りくる危機、すなわち「生物多様性」についても積極的に行動するよう働きかけ始めている。
5月末に発表されたRBCの報告書によると、大手資産運用会社の投資先企業との対話で2022年にとりわけ注目されている話題といえば気候変動対策とDEI(多様性・公平性・包括性)だが、それに次いで生物多様性リスクと森林破壊の評価が3番目に重要な話題となっている。
加えて、RBCのレポートは「これらのリスクが企業経営にどのような影響を与えうるのか、軽減するための方針と目標はどういったものになるかなど、情報開示を増やすよう企業に働きかけている」と記している。
ロンドンを拠点に約465億ドル(約6兆2300億円、1ドル=134円)の資産を管理し、サステナブル投資に注力している資産運用会社、インパックス・アセット・マネジメントの持続可能性・ESG責任者であるリサ・ボーヴィラン(Lisa Beauvilain)も生物多様性に注目する一人だ。
「企業活動が生物多様性に与える影響を測定することは非常に困難ですが、どのように取り組めばいいのかというのは、ある意味興味をそそるテーマだと思います」
同社は生物多様性に関連して、工場や倉庫の所在地データを提供するよう企業に求め始めている。
なぜ、企業活動と生物多様性の関係に注目が集まっているだろうか。また、企業は今後どのような対応を求められるのだろうか?
生物多様性の喪失は「前例がない速度」で進行
2021年には、国連などからの支援を受け、企業や金融機関が生物多様性などの自然資産に与える影響を評価する「TNFD」と呼ばれる枠組みも創設された。日本からも金融庁や環境省がフォーラムに参画している。
TNFD公式サイトよりキャプチャ
広い意味での生物多様性とは、野生生物、人間、動物、バクテリアなど、私たちを取り巻く世界の多くの種と生態系を包含するものである。
ジェフリーズのグローバルESG責任者アニケット・シャー(Aniket Shah)率いるチームは2022年4月にリリースした顧客向けの報告書の中で、生物多様性は「前例がない」速度で失われており、100万種以上が絶滅の危機にあるとして次のように指摘している。
「今日では、世界の年間GDPの半分以上、すなわち44兆ドル(約5896兆円)の経済価値が自然由来のものである。しかし、私たちは生物多様性を破壊しており、この被害が続けば、生態系全体が崩壊することになる」
ボーヴィランも生物多様性について次のように話す。
「生物多様性は私たちの健康とも完全につながっています。例えば、新型コロナウイルスや他の人獣共通感染症ウイルスは、過去25年間にわたって増加していますが、これは私たちが自然界をますます侵害し、野生動物に接近した結果生じているためです」
ボーヴィランのチームでは、生物多様性と関連して「ジオロケーションデータ」について関心を持つよう、企業に働きかけているという。企業がもたらす環境への負荷を評価する上で、その物理的な所在地に関するデータを活用することは重要だからだ。インパックスは2020年、米国証券取引委員会(SEC)に対し、こういった情報の開示を企業に求める措置を取るよう書簡で要請している。
ちなみにSECといえば、SECの資産運用ユニット執行部門の共同チーフで気候・ESGタスクフォースのメンバーであるアダム・アダートン(Adam Aderton)が先ごろ、投資会社が自社のファンドを環境に配慮していると表示する場合は、どのようにESG要素を組み込んでいるかを正確に説明しない限りその責任を追及する、と発表したばかりだ。
その背景には、SECが資産運用会社を告発した一件がある。SECは5月23日、NYメロン・インベストメント・アドバイザー(BNY Mellon Investment Advisor)が、同社が運用する一部の投資信託の投資判断をする際にESG基準について「虚偽の記載と記載の省略」を行ったと告発。NYメロンは150万ドル(約2億円)の罰金を支払うに至った。
ボーヴィランは投資に際して、国連などの団体から資金提供を受けている影響力のあるイニシアチブ、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が定めた基準を使用しているという。同イニシアチブは、自然関連リスクに対する企業の行動を評価する基準を求める声を受けて2021年に発足したものだ。
TNFDに関して、「彼らは生物多様性が気候変動と完全に結びついていることを理解しています」とボーヴィランは言う。
共和党の議員や著名経営者たちの中には、投資家によるESGへのプレッシャーが「行き過ぎている」として懸念を表明する声もある。だが、生物多様性に対する企業の取り組みにまで投資家が踏み込んでモニタリングすることについて、ボーヴィランは次のように語る。
「これまで生物多様性は、熱心な環境保護論者にとっては関心があっても、投資家にはあまり関係のないものだと思われてきました。しかし実は、大いに関係があるのです」
(編集・野田翔)