米株式市場では年初来低迷が続き、投資家は誰もが「この株価下落はいつまで続くのか」という根本的な疑問と向き合っている。
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投資の世界でよく知られる人物のなかには、米株式市場がすでに年初来2ケタの下落を記録しているにもかかわらず、さらなる下落の可能性を予想する者もいる。
過去3度の市場暴落を予測してきた米金融大手モルガン・スタンレーのチーフ米国株ストラテジスト兼最高投資責任者マイク・ウィルソンは、S&P500種株価指数が2022年第2四半期(4〜6月)末までにさらに14%下落すると予測する。
また、著名エコノミストのデイビッド・ローゼンバーグの予想はもう少し下落幅が大きく、17%下落して3300まで低下するとみる(いずれも5月第4週の予測で、同時期のS&P500種指数は4000を若干下回る水準で推移)。
あるグローバルマクロヘッジファンドのトップによる予測はさらに大胆な内容だ。
米クレスキャット・キャピタル創業者兼最高投資責任者のケビン・スミスは最新の分析レポート(5月29日付)で、株価が現在の水準からさらに78%下落し、前回のスタグフレーション(=1970年代に起きた2度の石油危機とそれに続く時期)のようなローマルチプル(=企業のバリュエーションが低水準の状態)に落ち込む可能性があると指摘する。
「いま私には、あらゆる市場が妄想の虜(とりこ)になっているように見えます。平均的な投資家は、割高なハイテク株、仮想通貨、債券などの押し目買い(=上昇トレンドの調整局面での買い)にいそしみ、その熱狂に見合うだけのリターンを期待しているところです。
しかしその一方で、価値が高く数量も限られた有形の資源(=エネルギーや食料などを指す)が高止まりするリスクは過小評価されています」
こうした状況判断に触れた投資家は、スミスこそ妄想にとらわれているのではないかと考えるかもしれない。しかし、いまのところスミスは間違っていない。
投資家がポジションを完全に株式に振り向けていた2021年9月。インフレ率の上昇が始まるなか、スミスはS&P500種指数が1年以内に下落幅42%の調整局面を迎えると指摘。12月の投資家向けレポートでは、同指数の大幅下落が年内にも起きるおそれがあると警鐘を鳴らした。
2022年の年明け早々、S&P500種指数は13%、ナスダック総合指数は22%下落。スミスの予測は的中し、(それを前提としたポートフォリオを構えた)クレスキャットのファンドは急浮上した。
同社の年初来リターンは、「グローバル・マクロ・ヘッジファンド」が40.7%、「ロング/ショート・ヘッジファンド」が19.4%と高いパフォーマンスを記録している(2022年4月30日時点)。
株価はどこまで下がるのか?
さらなる弱気相場について、スミスはインフレが景気後退を引き起こすシナリオを主に想定している。
「(アメリカに本拠を置くすべての企業を対象とする)ウィルシャー5000トータル・マーケット指数は史上最高値を15%下回る水準ながら、対名目国内総生産(GDP)倍率は187%と高水準が続いています。
一方、1970年代前半と1980年代のスタグフレーションでは、株式時価総額が対名目GDP倍率で平均35%という低水準に落ち込むまで弱気相場が続きました」
過去のスタグフレーションではマルチプルの低下が起きたが、今日のナスダック100指数に目を向けるとマルチプルは相変わらず高く、バリュエーションの低下は当時ほどに至っていないとスミスは指摘する。
「比較可能な過去の弱気のレジーム(=投資環境)を踏まえると、ハイテク株の比率が高いこのナスダック100指数にはまだかなりの下振れリスクがあると考えられます。
控えめに考えて、景気後退入りする今後1、2年は企業の業績が横ばいで推移するとしても、50〜69%のダウンサイドは可能性があるでしょう。
もちろん、より高いバリュエーションで底打ちを迎えるかもしれませんが、それでもこの50〜69%という数字は計算と歴史を踏まえた現実に起こりうるリスクなのです」
米連邦準備制度理事会(FRB)はすでにインフレ抑制策として利上げサイクルに着手しているものの、構造的なコモディティ供給不足のため、物価の高止まりはまだ続くとスミスはみる。
「食料やエネルギーといったコモディティはリードタイムが長く、投資を何年にもわたって積み重ねなければ生産量を増やすことはできません。結果として、いま世界はコモディティの急激な供給制約局面を迎え、エネルギーおよび食料の価格は放物線を描くように上昇を続けているわけです。
それは中期的に深刻なスタグフレーションを引き起こすでしょうが、それも(世界がこれから直面する事態の)序章にすぎないと私たちクレスキャットは考えています」
また、足もとでみられる金利上昇は、コモディティ増産に向けた投資の資金調達コストを上昇させるため、供給制約を悪化させる可能性すらあるとスミスは指摘する。
「インフレが高止まりを続け、FRBが過去の引き締めサイクルと同じように、市場の織り込み済み回数より多くしかも長期に利上げを実施するシナリオはもちろんリスクですが、私たちの研究分析によれば、もっと深刻なリスクシナリオが考えられます。
それは、現在の利上げサイクルが計画通り実施されるなかで株式市場が調整局面入りし、それが続くうちにFRBがパニックに陥って、実質金利がゼロを上回っていない段階で利上げサイクルを終了してしまうという、かつてないシナリオです」
株価下落に備えたポジショニング
クレスキャットの想定するリスクシナリオはいずれも投資家にとって悪夢のごとき展開でしかないだろう。ところが当のスミスは、コモディティのなかでも資源探査・生産分野の銘柄にはまだこれから「高く評価される」投資機会があると強調する。
なお、著名バリュー投資家のジェレミー・グランサムが共同創業した米資産運用会社グランサム・マヨ・ヴァン・オッタールー(GMO)も最近、クレスキャット同様の分析を発表。資源関連銘柄がきわめて魅力的な価格水準で取引されていることに注目し、強気の投資判断としている。
「エネルギー、ベースメタル(=鉄や銅、亜鉛のような埋蔵量・生産量の多い金属)、農業、林業製品に加え、貴金属の探査採掘にかかわる銘柄は、今日の市場で最も深い価値とそれに対する高い評価の可能性を秘めています」(スミス)
(翻訳・編集:川村力)