生命保険大手プルデンシャルのPGIMは、ビットコインについては弱気だが、仮想通貨のエコシステムを発達させてきた技術については投資のチャンスととらえている。
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生命保険大手プルデンシャルのPGIM(ピージム)は、1.4兆ドル(約182兆円、1ドル=130円換算)の運用規模を誇る資産運用部門だ。そのPGIMが先ごろ、仮想通貨業界の状況に関するレポートを発行した。このレポートは、仮想通貨に全く前向きではない内容だ。
広範にわたる調査に基づいた同レポートでは、機関投資家がなぜ仮想通貨に投資し始めたのか、仮想通貨にまつわる投資理論についてなぜ懐疑的なのかを説明している。
PGIMは、仮想通貨が法定通貨を代替することはしばらくない、と結論づける一方で、将来投資家にマーケットを上回るリターンをもたらすセグメントを4つ挙げている。
何が起こっているのか
PGIMは、仮想通貨があまりにも大きくなりすぎて機関投資家が無視できなくなった背景を5つ挙げる。
2020年3月、ビットコインは4904ドル(約63万7500円)まで暴落し、その1年後の2021年3月にはピークを迎え、6万31ドル(約780万円)となった。この急上昇がさらに注目され、投資家が集まるオンライン掲示板の参加者からイーロン・マスクに至るまで、誰もが仮想通貨の話をしているように見えるほどだった。
「ビットコインで一晩にして億万長者になった人たち」の話を聞いた投資家たちに「乗り遅れることへの恐怖」が生まれ、これがさらに仮想通貨の値を吊り上げてしまったとPGIMのアナリストたちは述べている。
また、PGIMは一般的な金融機関に対する不信感も仮想通貨への投資理由として挙げている。実際、2020年にAxiosとIpsosがアメリカ人を対象に行った調査では、連邦準備制度理事会(FRB)を信頼していると回答したのは34%に過ぎなかった。加えて40年ぶりの高インフレ率により、多くの人がインフレ対抗策として、そもそも入手が容易ではないビットコインなどの仮想通貨に目を向けた。
AAVEや今や悪名高いLunaなど、ステーキングにより高い報酬が得られる仮想通貨のキャリートレードが、情報通の投資家たちに儲けるチャンスをもたらした。
もう一つのチャンスは「市場の乱高下」によるもので、これは仮想通貨の価格が乱高下することにより、取引市場によって仮想通貨の価格差が生じる場合に発生する。例えば、ビットコインの価格がバイナンス(Binance)では2万9900ドルだがコインベースでは3万ドルとなる場合、投資家にとってはこの100ドルの差がサヤ取りのチャンスとなる。
最後に、仮想通貨は、ゲームやメタバースなど新たに生まれた分野のマーケットでも使われている。PGIMはオンラインゲームの『フォートナイト』におけるデジタル通貨のV-Bucksを例として挙げている。マルチプレイヤーのオンラインゲーム(これが今後メタバースにつながっていくと考えられている)でデジタル通貨として使われているからだ。
こうしたさまざまな理由に加え、今や投資対象とされるほどのマーケット規模になったこともあり、機関投資家はこれらのデジタル資産を買うようになった。
しかし、これほど魅力があるにもかかわらず、機関投資家が仮想通貨をまともな投資対象と見なすことはないだろうとPGIMは考えている。
仮想通貨の弱点
仮想通貨が従来の通貨に取って代わることはない理由を、PGIMは4つ挙げる。また、これらのデジタル資産についてよく言われるアグレッシブなマクロ経済理論のいくつかにも反論している。
今回のレポートは、仮想通貨は貨幣の重要な役割の3つを満たしていない、と指摘している。その役割とは、価値保存機能、交換機能、価値尺度機能だ。
仮想通貨の価値が乱高下するということは、価値の保存ができないということだ。記録的なインフレ率の状況下でも、仮想通貨は従来の通貨と比べて価値がはるかに不安定になっている。
また、法定通貨と違って仮想通貨での支払いを受け入れる店舗はまだかなり限られているため、交換の媒体にはなっていない。特定の仮想通貨の単位で価格が設定される商品はほぼ存在しないため、価値の尺度としての機能も果たしていない。
さらに、ビットコインのようなメジャーな仮想通貨は、その取引手数料の高さゆえに広く普及もしづらいとPGIMは指摘している。
ステーブルコインは法定通貨に連動した仮想通貨なのでボラティリティが低いとされているが、中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)がひとたび登場すれば無用になってしまう。
さらに、一番人気の仮想通貨であるビットコインについてはよくインフレリスクをヘッジするための、いわば『デジタル・ゴールド』だと言われるが、PGIMはこの言説についても疑問を投げかける。ビットコインは今後縮小していくにもかかわらず、「ビットコイン登場以降のアメリカのインフレ率上昇だけを見ても、インフレ防衛効果は限定的だった」という。
加えて、ビットコインの保有者に偏りがあることについても言及している。上位0.25%の保有者がビットコインの2割を所有しており、これは多くの人が望んでいる「利益が多くの人の間で共有されるしくみ」とは言えない状況だ。さらに、ビットコインによる環境負荷もESGの基準を大きく逸脱しており、投資先を考える機関投資家にとっては大きな懸念材料になるだろう。
副産物として生まれた革新的技術
仮想通貨は投資対象としては適切でないものの、仮想通貨のエコシステムにおいて「付随的に生まれた素晴らしい副産物や飛躍的発展」から生まれる4つの技術については、機関投資家が今後価値を認めることになるだろう、とPGIMは述べている。
プライベート・ブロックチェーン、スマート・コントラクト
PGIMは、一元化されたプライベート・ブロックチェーンは効率化をもたらし、バリューチェーン全体に存在するさまざまな参加者の「資産組成、運用、および取引」について可視化された公的記録を作成することができるという。
一元化されたブロックチェーンを自己処理可能なスマート・コントラクトと組み合わせることで、有価証券の決済がより迅速になり、透明性も高まる。従来の金融機関が既に仮想通貨関連の技術を活用している例として、JPモルガンがイーサリアム(Ethereum)をベースに構築したブロックチェーンであるOnyx(オニキス)を挙げる。
Onyxは、「スマート・コントラクトを利用し、デジタル化された米国債の担保とデジタル化されたキャッシュを瞬時に交換し、日々数十億件にのぼるレポ取引(国債を担保に資金を調達する取引)を処理・決済・記録」することができる。
インフラ
ブロックチェーンが不動産、法律、医療などで利用され始めるにつれて、ブロックチェーン同士が相互に運用できる、つまりブロックチェーン同士でコミュニケーションができる能力が高まっていくだろう、とPGIMは述べる。ということは、あるブロックチェーンに保存されたデータが他のブロックチェーンの機能でも活用できるようになる必要がある。
「ブロックチェーンの機能を高める」カギとなる、相互運用を可能にする大規模なソリューションの構築に寄与するものとして、同レポートではポリゴン(Polygon)、ポルカドット(Polkadot)、コスモス(Cosmos)を挙げている。こうしたソリューションは将来、中央銀行の発行するデジタル通貨を実装するにあたって、既存のブロックチェーンとシームレスに機能するために特に重要になってくる。
またPGIMは、不正防止に取り組む企業も優良な投資先として挙げている。ファイアブロックス(Fireblocks)、チェイナリシス(Chainalysis)、コインファーム(Coinfirm)、エリプティック(Elliptic)などのブロックチェーン分析企業が、仮想通貨を使ったマネーロンダリングを防止しようとする規制当局に活用される可能性もある。
トークン化
現実の資産のトークン化(分割)も近い将来実現される可能性があるとPGIMは考えている。世界のデジタル化が進むなか、不動産のような資産はどんどんトークン化されていく。個人投資家が投資先を分散しやすくなり、現実の世界の資産に対して影響力を持つことができるチャンスが大きくなるということだ。
「現実世界」のトークン化を行う企業の一つが、音楽のNFTを販売しているロイヤル(Royal)だ。ナズ(Nas)やザ・チェインスモーカーズ(the Chainsmokers)といったアーティストのファンはロイヤルを通して彼らのトークンを購入でき、楽曲の将来の印税の一部を受け取ることができる。
メタバース
最後にメタバースについてだが、ゲームの体験にとどまることになるか、または重要な社会的影響を持つことになるのか、投資家はまだ様子見すべきではあるものの、メタバースの成長は仮想通貨の成長に寄与するものだと分析する。
メタバースの世界ではデジタル・トークンが通貨として機能しており、賢い投資家は今後もメタバース内の決済システムを注視し、人気になるものやうまく機能するものには注目していくだろうという。
ディセントラランド(Decentraland)やザ・サンドボックス(The Sandbox)などメタバースのゲームの多くでは仮想通貨が活用されており、メタバース内の不動産販売によって仮想通貨の価値が急上昇している。
(翻訳・田原真梨子、編集・大門小百合)