DAOによって構築されたDeFiの価値が拡大している。
Patrick Landmann/Science Photo Library/Getty Images
ブロックチェーン技術が、銀行や投資など多くの業界に破壊的な影響を与えつつあるのは間違いない。
従来、企業や銀行などの集権的な機関は、取引に対し信用を与えることを使命としてきた。だが今後これらの機関は、分散型自律組織(DAO)など、ブロックチェーン上に構築されたプロトコルとの競争にさらされる可能性がある。
DAOは、ガバナンスやプログラミング活動など、さまざまな方法でプロトコルをサポートする参加者のコミュニティで構成されている。それは、NFTマーケットプレイスやメタバースをサポートするプラットフォームを含め、さまざまな形態をとりうる。
ルカ・プロスペリ(Luca Prosperi)は、伝統的な金融業界を15年経験したのちDAOの世界に転身した人物だ。以前はモルガン・スタンレーで3年以上、投資銀行部門のアソシエイトとして勤務したほか、いくつかのバイサイドの投資会社でも働き、銀行への投資を専門としていた。
そんなプロスペリがDAOに興味を持ったのは、DAOが金融を再構築しうると考えるようになったからだ。
プロスペリは現在も金融に深く関わっているが、その方法は以前とは大きく異なる。今は、イーサリアム上に構築された融資プロトコルである「MakerDAO(メーカーダオ)」で融資の監視を担当する傍ら、独立した研究者として、DeFi(分散型金融)に関するニュースレター「Dirt Roads(ダートローズ)」を発行している。
「今後10年でJPモルガンを抜くDAOが現れる」
プロスペリがMakerDAOに魅力を感じたのは、資本コストが低く、バランスシートが非常に流動的であり、銀行の効率性と透明性を高めたバージョンと考えたからだ。
MakerDAOは、dai(ダイ)と呼ばれるステーブルコイン(訳注:値動きが法的通貨の値動きに紐づけられる仮想通貨)の形で資本を貸し出す。借り手は自分の仮想通貨を担保として差し入れる。MakerDAOでは、イーサリアム(ETH)、ラップドビットコイン(WBTC)、テザー(USDT)、チェーンリンク(LINK)など、18種類の仮想通貨を担保として選択できる。
MakerDAOの場合、担保と融資の比率は担保に供される仮想通貨によって異なるが、常に担保の価値が融資を上回るように設定されている。つまり、100ドルを借りるには、ユーザーは150ドル相当の価値を担保にする必要がある。この比率は、担保に供する仮想通貨のリスクの程度によって決まる。
さらに、借り手は変動的な「安定手数料」を支払う。この手数料はガバナンスの投票によって大きく変動するが、これまで0.5〜16.5%だった。
この手数料は、銀行が融資を受ける際の金利のようなものだ。手数料は、参加者への支払い、準備金の保有、あるいは自社株買いに似たトークンの買い戻しなど、エコシステムを支えるために使われる、とプロスペリは説明する。
DAOデータ分析サイトのディープDao(DeepDao)によると、事業を行うDAOは全体で4800以上のプラットフォームを使い、総額約95億ドル(約1兆2350億円、1ドル=130円換算)相当の資金を保有しているという。これは、保有資金価値の総額が約6億700万ドル(約789億円)だった2021年6月から94%以上増加している。
「おそらく今後10年の間に、JPモルガンよりも多くの取引を仲介しているDAOが現れるでしょうから、本当に重要だと思います」とプロスペリは語る。
DeFiプラットフォームでは、借り手は信用調査や収入確認を省略できる。しかも多くの場合は匿名のままであるため、銀行よりも魅力的と思うかもしれない。
「ある意味、DeFiはすでに伝統的な銀行と競合しています」と語るのは、DAOコンサルタントで『So You’ve Got a DAO(未訳:あなたにはDAOがある)』の共著者であるグレース・ラクマニー(Grace Rachmany)だ。
新しい技術が登場すると、必ず現行システムの非効率性は払拭される、とラクマニーは言う。小売業に革命を起こしたアマゾンはその好例だ。
DAOへの投資:良い面、悪い面、怖い面
デジタルで非中央集権的な世界は、不透明な場合がある。特にDeFiプロジェクトは、設立者が不明であったり、ソーシャルメディアや公開フォーラムでランダムに集められたユーザーであったり、法的な構造を持たないプロジェクトであったりすることがよくある。物事がうまくいかなくなったときに連絡できる人がいないこともめずらしくない。
最近、テラ(Terra)のステーブルコインがドルからデペッグ(訳注:紐づけを外す)した後、テラのエコシステムが壊れ、DeFiのネガティブな評判をさらに悪化させた。
では、なぜ投資家はDeFi、特にDAOベースのDeFiに注目するのだろうか。プロスペリは、問題は多々あるもののこれらの構造には明るい未来があると信じている。
人件費も運用コストも不要
例えばトップクラスの取引所コインベース(Coinbase)は、数千人の従業員を抱え、2021年には時価総額が800億ドル(約10兆4000億円)に達した上場企業だ。
最近、コインベースは「仮想通貨の市場力学による打撃」(プロスペリ)を受けた。同社の株価は2022年5月31日現在約79ドル(約1万270円)と、年初来で約69%急落した。同社は従業員に対し、採用を減速し、必要な人員数を見直すと伝えた。
一方、DAOのようなプロトコルは、従業員の数が少ない。いや、「従業員」というより「参加者」と呼んだほうが正確かもしれない。DAOは自動化されたスマートコントラクトにより、巨大仮想通貨企業よりも多くの取引量を仲介できる。そのため、その仕組みは旧来のビジネスモデルと競合する立場にあるとプロスペリはみている。
実際、国際通貨基金(IMF)の「世界金融安定報告」によると、DeFiは高い人件費も運用コストもかからないため、伝統的な銀行やノンバンクと比較して限界費用が最も低い。
DAOは小型のハイテクベンチャーのようなもの
しかし同報告書は、これらのプラットフォームが抱える数々の問題点も浮き彫りにしている。その中には、リスクの高い借り手へのエクスポージャー、ローン・トゥ・バリュー(LTV)が一定の比率を下回ると仮想通貨のボラティリティが上がって清算が増加すること、サイバー攻撃、マネーロンダリング、法的・管轄区域の不確実性などが含まれる。
さらに、DAOへの投資は、株式投資のように簡単ではない。投資家は四半期ごとの決算報告書を受け取ることができず、この分野に対する監視と投資家保護を担当する政府機関もない。
また、上場企業であれば株式を購入することができるが、仮想通貨では物事はそれほど標準化されていない。一般的に、企業の株式購入に相当するのはガバナンストークン(訳注:ネットワーク運用や開発についての方針をホルダーによる投票で決定するトークン)だとプロスペリは言う。トークンを保有する者は意思決定プロセスに参加でき、トークンの価値が上がればリターンを受け取ることができる。
多くの場合、ユーザーが保有するトークンの数が多ければ多いほど、意思決定に対する影響力は増すとプロスペリは言う。
「ガバナンストークンへの投資は、株式への投資と非常に似ています。つまり、プロジェクトのキャッシュフローに対する残余請求権なのです。したがって、株式と同様、ゼロになる可能性もあります」
しかし買い手は要注意だ。ラクマニーによると、株式とは異なり、これらのガバナンストークンの価値は、企業の原資産ではなくトークンに対する需要に基づくものでしかないという。
MakerDAOのガバナンストークンはMKRだ。2022年6月1日時点で約1322ドル(約17万1860円)で取引されており、史上最高値から78%近く下落している。要するに「小型のハイテクベンチャー企業のようなもの」(プロスペリ)だ。
投資家が理解すべき3つのリスク
DAOに関して、投資家は3つの包括的なリスクがあることを理解すべきとプロスペリは言う。
まず、スタートアップ企業と同様に、トークンの価値には多くの将来価値が織り込まれており、その価値はかなり変動する可能性がある。したがって、投資家はそのリスクレベルを小型のハイテク企業に近いものと考えるべきだろう。
DAOの中には、より集権的なものもあれば、完全に分散化され、純粋にスマートコントラクトによって管理されているものもある(マスターDAOはこのモデルに当てはまる)ことを念頭に置くべき、とプロスペリは指摘する。
第2に運用リスクだ。ソフトウェアのように、新しいプロジェクトにはしばしばバグや抜け穴があり、それがハッカーによる攻撃の的となる可能性がある。このような構造が成熟し、改善されるまでには時間がかかる。
第3に、流動性も大きな問題だ。トークンという形で一定の価値を保有していても、それを交換するためには市場の需要が必要だ。エコシステムに対する信用の失墜や競争など、何らかの理由で需要が低下すると、その価値は急速に失われることがある。
例えばテラのステーブルコインの価格は、1ドル(約130円)相当から0.10ドル(約13円)ほど下落し、その後価値がさらに急落して0.20ドル(約26円)を下回るまで3日しかかからなかった。今やその価値はわずか0.02ドル(約2.6円)だ。また、その姉妹コインであるルナ(LUNA)の価格も一緒に引きずられて下落した。
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)