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ビジネスパーソンのキャリアに関して、不思議だなと常々思っていることが一つあります。
それは、最も大切なキャリア形成について考えるきっかけが、1年に1回しかないことです。新人研修、3年次研修、選抜研修、階層別研修、管理職研修など、企業で実施されるキャリア研修の多くが、1年に1度のイベントなのです。
これに慣れてしまっているとあまり違和感を感じないかもしれませんが、例えば体を動かすワークアウトを考えてみてください。
ヨガ、ピラティス、筋トレ、ランニングなどは、(理想的には)少なくとも週に1〜2回のペースで継続するものですよね。それも、会社が「研修」と称して機会を用意してくれなくても、自分で主体的に取り組んで、習慣化していますよね。
主体的に継続するからこそ、「疲れがたまってきているな」「今日は身体の調子がいいな」というように、身体コンディションに気がつくのです。
キャリアは結果ではなく、状態(=コンディション)です。
より良いキャリアを形成していきたいのであれば、常日頃から「キャリアコンディション」を整えていくことが欠かせないのです。
“キャリアの筋トレ”に効く2つのワークアウト
本連載でも繰り返しご紹介してきたキャリア自律の最新知見「プロティアン・キャリア論」を通じて、組織内キャリアから自律型キャリアへのDXならぬCX(=キャリアトランスフォーメーション)の大切さはご理解いただけていると思います。
つまり、キャリアについてのナレッジ(=認識)はもう十分に培われているので、次のステップは、キャリアについてのアクション(=行動)です。
私は、自分のキャリアに定期的に向き合い、より良い状態を自分でつくり、維持していく手法を「キャリアワークアウト」と呼んでいます。
キャリアワークアウトは、大きく2つに分類できます。1つは、企業が組織として取り組むべき企業内キャリアワークアウト。もう1つは、個人が自ら取り組むセルフキャリアワークアウトです。
企業内キャリアワークアウト:メンバー同士で思いを共有
まず企業内キャリアワークアウトの理想的な進め方をご紹介します。
企業内キャリアワークアウトは、月に1回1時間、オンラインでいいので時間を確保するようにします。ちなみに、私がキャリア開発をご一緒している企業では「キャリア戦略会議」や「キャリアcafé」という名前で企業内キャリアワークアウトの機会を設けています。
まずこれで、月に1度の実践的な対話の機会が確保されます。これまでは年に1度の形式的な研修だけだったのですから、これだけでも大きな進展ですよね。この連載でも過去にいくつかご紹介してきたキャリアワークを1つひとつピックアップして実践していくことで、月に1度の機会の効果が高まっていきます。
例えば、次のビジョンワークシートなどもその1つです。
事前にチームメンバーにワークシートを共有し、これからどうありたいのかをビジネスキャリア、ライフキャリアそれぞれについて書いてもらいます。
1時間の企業内キャリアワークアウトの中で、自分が書いたワークシートを順番にメンバーに共有していきます。ハイブリッドワークになり、同僚同士が気軽にキャリアについて語る機会が以前より減ってきています。だからこそ、こうしてキャリアについて語る時間を意識的につくるのです。
これを定期的に繰り返していくと、チーム内の組織エンゲージメントは着実に上がっていきます。実際、定期的に組織エンゲージメントを測定している企業の数値は好転しています。
セルフキャリアワークアウト:未来のアクションを言語化
企業内キャリアワークアウトを月に1度開催しながら、セルフキャリアワークアウトも充実させていきましょう。まずは2週間に1度、10分でいいので、1人でキャリアに向き合う時間をつくってください。
私がよく実践しているのは、A4の紙に、3年後、何をしたいのかを書いていくことです。なるべく具体的に書いていくのがポイントです。
私の場合には、2022年には『キャリア戦略』と『Career Workout』、2023年には『キャリアオーナーシップ』と『女性管理職のキャリア形成』、2024年には『キャリアスタディーズ』を出版する、というリストができています。
このリストは1回のキャリアワークアウトで完成したわけではありません。何度も定期的に繰り返すことで、構想がより具体的なものになっていく。要するに、キャリアワークアウトのメリットは「未来アクションの言語化」なのです。
そもそもキャリアとは、私たち1人ひとりにとって最も身近であるべきものです。自分の未来は、自分で決めていくことができる。キャリアのオーナーは、企業ではなく、私たち1人ひとりなのです。
ひとたび具体的な方向性や到達地点が明確になれば、キャリアワークアウトは部分最適のトレーニングに集中させることができます。例えば私は、この4月に『キャリア戦略』を出版し、現在『Career Workout』の最終工程に取り組んでいます。中長期でのキャリアプランが明確になっているからこそ、目の前のタスクに集中することができるのです。
セルフキャリアワークアウトは、定期的にキャリアコンディションをチェックする最善の機会になります。自分のキャリアがどんな状態にあって、何をすべきなのか。なぜ今このような状態なのかを、医師があなたの健康状態を把握するように、あなた自身があなたのキャリアを客観的に把握するのです。
セルフキャリアワークアウトはまず、自分1人で取り組んでみてください。1人で継続することでキャリアがワークするようになります。
もしもキャリアの悩みが深刻で、自分1人ではうまく抜け出せないと感じるのであれば、その時はキャリアコンサルタントやキャリアの専門家に相談してみるのもいいでしょう。それはちょうど、パーソナルトレーニングにも似ています。あなたの状態をよく理解してくれている人に伴走してもらう感覚です。もちろん、企業内キャリアワークアウトも相談の機会としては有効です。
困ったときにおすすめ「キャリア・グロース」
「3年後に何をしたいか具体的に書けと言われても、何をどう考えたらいいのか分からない」。私がセルフキャリアワークアウトをご紹介すると、ときどきこんな声も聞こえてきます。
3年後に何をしたいか思いつかない場合は、「キャリア・グロース」に取り組んでみてください。これからの3年間で、あなたのキャリアをどのようにグロース(=成長)させていきたいのかを、まず言語化してみるのです。
思いつかないのは、初めてだからです。ヨガやピラティス、筋トレも、最初からうまくやれる人はいません。キャリアワークアウトもそれと同じ。たった1回やっただけですぐに結果が出ることはまずありません。
セルフキャリアワークアウトは、定期的に実施することがとにかく大切です。「2週間に1度10分」を定期的に実施できるようになったら、頻度を増やしていくようにしましょう。私は電車の移動時間や会議のスキマ時間などに、セルフキャリアワークアウトを実施しています。
目の前の業務を場当たり的にこなすのではなく、目の前の業務を意識的に未来のキャリア形成に活かすことで、キャリアはグロースしていきます。これからのキャリア形成の中に今の状態を位置づけることで、やるべきアクションが明確になるのです。
資格試験で結果が出るのはなぜでしょうか? それは試験日までの行動プランを明確にして、計画的に取り組んでいくからですよね。キャリア形成もこれとまったく同じです。しかし「人生100年」というキャリアプランでは壮大すぎる。3年間のキャリアプランをそのつどアップデートしていくことで、より具体的なワークアウトに落とし込むことができるのです。
あなたもまず、ビジョンワークシートから取り組んでみてください。キャリアワークアウトがあなたのキャリアを躍進させていくはずです。
それでは、また次回に。
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。