コクヨは2021年に「THE CAMPUS」オープン。オフィスの在り方を自らに問いかけている。
撮影:小林優多郎
企業で働く人が多くの時間を過ごす「オフィス」。その在り方も、ここ数年で変化しつつあります。都心ではコロナ禍をきっかけにテレワークやワーケーションの取り組みが広がり、オフィスを縮小したり、テナントを解約したりする動きも出ています。
そんな中、1905年創業の老舗文具・家具メーカー「コクヨ」が意欲的な“実験”を進めています。
都市におけるオフィスの在り方を問い直すことを目指し、2021年に品川のオフィスとショールームを全面改装。コクヨの代表的商品「キャンパスノート」の名を冠した「THE CAMPUS」をオープンしました。
オフィス家具や内装の施工を扱うコクヨにとって、「企業オフィスはどうあるべきか」「社員にとって“よきオフィス”とはどうあるべきか」という問いは、避けては通れない課題です。
社会や時代の変化に合わせてハード・ソフトの両面で社員の力を引き出そうと試みつつ、「オフィス」の在り方を問う取り組みについて、THE CAMPUSの運営を担当するコクヨの「働き方改革タスクフォース」の一人、江崎舞(えさき・まい)さんに話を聞きました。
「20年後、私たちはどんな働き方をしているか」を考えた。
THE CAMPUSの運営を担当するコクヨの「働き方改革タスクフォース」の一人、江崎舞さん。
撮影:小林優多郎
「THE CAMPUS」プロジェクトが始まったきっかけは、2017年のことでした。
近隣の品川シーズンテラスに1000平米以上あるワンフロアを借り、そこにオフィスの家具、施工を扱うファニチャー部門、文具などを扱うステショナリー部門、本社機能のコーポレート部門などをいったん集めようという計画が立ち上がったんです。
コクヨでは2015年に社長が交代し、現社長の黒田英邦が就任しましたが、それまでは各部門ごとに事業会社があり、それを持株会社が束ねていたんですね。
会社組織やオフィスの仕組みのせいで、近くで働いていながら社員同士は誰がどんな仕事をしているのか互いが見えにくかった。
黒田もそんな「縦割り」に課題を感じていたようでした。
コクヨ社長の黒田英邦氏。
撮影:小林優多郎
そこで、各事業会社は「コクヨ株式会社」として一つにまとまり、オフィスも社員それぞれが横のつながりを持って、新たな仕事ができるようにするために、ワンフロアにしようと。
一方で、これまで使ってきた品川オフィス(1979年竣工)のスペースが空きます。これをどうやって活用しようかという話になりまして。ただ、フロアのつくりが古くなっていた。
そこでオフィスの在り方を提案するコクヨとして「今から20年ほど先の未来、2030年に私たちはどんな働き方、暮らし方、学び方をしているだろうか?」と考えて、それを実験できる場所にしたら面白いのではという話になりました。
そうして生まれたのが今の品川オフィス「THE CAMPUS」です。
コンセプトは「みんなのワーク&ライフ開放区」
撮影:小林優多郎
THE CAMPUSとは、「働く・学ぶ・暮らすの実験場」です。コンセプトを「みんなのワーク&ライフ開放区」とし、タグラインとして「働こう。街で、チームで」という言葉をつけました。
一般のお客様にもご利用いただける低層階の「パブリックエリア」と、実際に社員が働く「ライブオフィス」(4~8階)の2つに大きく分けられます。
これは、私たちが会社の中だけにこもらず、オフィスがある品川の街にオープンなオフィスをつくることで、街の方々や同じ地域で働いている方たちとの居場所をつくりたいと目指したものです。
エンドユーザーの皆さんや現実の社会ともしっかりつながりつつ、社会課題を考えながら働いていかなければいけないという意思でもあります。
おこがましいですが、ひいては、よりよい社会をつくる後押しができるような場所になればいいな……と。
1階「PARKSIDE」にあるハイテーブルにはフランスのアーティスト、ダミアン・プーラン氏のペイント作品が。タイトルは「Read between the lines」。アート作品だがテーブルとして利用できる。左奥にはコーヒースタンドが。
撮影:小林優多郎
1階「PARK」には卓球台も。卓球セットも無料で貸し出している。たまに黒田社長の姿もあるという。
撮影:小林優多郎
THE CUMPUS SHOPでは世界的なアーティストとコクヨがコラボレーションしたノートなども限定発売している。
撮影:小林優多郎
低層階の「パブリックエリア」は私たちが品川の街と関わりを持つためにも、開かれた場所にしようと決めました。
小さな公園のようなスペース、カフェもあります。お昼にはキッチンカーが出店し、ランチを召し上がる方もいらっしゃいますね。
コクヨ製品を実際に試せるコーナーや家具の展示もあるショップも設けていますが、PRや販促はあまり意識していません。
どちらかというと、自分たちがつくった商品がお店に並び、街の人がどんな表情で試したり、購入されたりするのかといった、エンドユーザーとのつながりやリアルとの接触点を感じてもらうことを意識しました。
「ライブオフィス」は1969年からの取り組みで、コクヨ製品を使ったオフィスで社員が実際に働いている様子をお客様に見ていただける場です。全国に30拠点ありますが、ここ品川が最大規模になります。
コクヨ製品を使ったオフィスで社員が実際に働いている様子を見ることができる「ライブオフィス」は1969年からの取り組み。
撮影:小林優多郎
元々はもっとパブリックエリアに外部の方向けのサービス機能をつくろうと思案してはいたんです。コワーキングスペースやホテル、サウナをつくってみてはという案もあったんですね。
ただ、コロナ禍で「会社のセンターオフィスはどうあるべきか」を考え直す動きが社会で広がりました。
コロナ禍で問われた「オフィス」の在り方。
テレワークができるコクヨ製のブース型作業スペース「ワークポッド」。感染対策として設置する企業からの受注が増えたという。
撮影:小林優多郎
実際、コロナ前後でお客様がオフィスに求める視点が変わってきたように思います。
コロナ禍前は、お客さまの経営課題を抽出し、それを空間設計で解決するためにどうすれば良いかアドバイスをさせていただくことが多かったんです。
ところが、コロナ禍以降は「センターオフィスとはどうあるべきか」「社員にとって、よいオフィスとはどうあるべきか」という根本的な課題についてご相談いただくことが増えたんですね。
コロナ禍はオフィスの在り方を提案する私たちにとっても「センターオフィスはどうあるべきか」を考え直すきっかけにもなりました。THE CAMPUSはその課題に対する実験の一例になります。
ライブオフィスを見学されるお客様にも変化がありました。
これまではバックオフィスを預かる各企業さまの総務の方がいらっしゃって、どういう家具を入れようかと従来型のオフィスづくりにとどまったスタイルだったと思います。
一方でTHE CAMPUSができてからは、各企業の経営トップに近い部署の方にもお越しいただくようになりました。
見学いただく際にも「働く」以外に「どう暮らすか」「どう学ぶか」の要素を、どうやったら自分たちのオフィスに反映できるか勘案されることも増えましたね。特に目的別のフロア構成を自社でも取り入れたいというお声をいただきます。
時代や社会の変化が、オフィスの在り方にも影響を与えつつあるのだと思います。
「何のために出社するのか」を問い直した。
ディスカッションやコミュニケーションに特化した「集う」フロア。(※一部モザイク処理をしています)
撮影:小林優多郎
コクヨではコロナ禍に入る前から「アクティビティベースドワーキング」という考え方がありました。これは「働く内容に合わせて、働く場所を選ぼう」というものです。
コロナ禍によって世の中でも「必ず決まった時間に会社に行き、何らかの仕事をする」という旧来型スタイルを見直す動きがありました。
THE CAMPUSのプロジェクトでも「自宅でも仕事ができるようになると、会社に出社するタイミング・目的を考えるようになった」という声をよく聞くようになりました。社員は、会社に行く「出社目的」を先に考えるようになったんです。
それならば、新しい品川オフィスは「目的別のオフィス環境にしよう」という話になったんですね。
集中したい時に出社する社員のための仕切りブースがあるフロア、誰かと会ったり、会議ができる場所があるフロア……という具合に。
一日のうち、短い時間でもオフィスにいた時、どれだけ満足感を感じてもらえるか。「何のために会社に行くのか」と、目的に合わせて出社できる環境を整えたら社員の満足度も上がるのではと考えたんです。
仕事を始める前にリラックスしたり、郵便物や荷物の授受など仕事の準備を整えるための「整う」フロア。
撮影:小林優多郎
今年1月には、新しい働き方のガイドラインを作成しました。
よく他の企業さまでは一律で出社率を設けていると聞きますが、コクヨでは一人ひとりの社員が考える理想の働き方に寄り添いたいと考えています。
そこで「在宅型」「オフィス中心型」「バランス型」の3つのスタイルを設けて、自分の好きなタイプを選んでもらっています。
もちろん、働き方によって業務的に決まりやノルマ、制限を設けるものではありません。一人ひとりの成果を引き出すための「提案」みたいなものです。
社員一人ひとりが「なぜその働き方をしたいのか」を自分自身で考え、その上でチームで成果を出すためにどんなスタイルで仕事を進めるかを相談してもらっています。
このガイドブックと合わせて「ライフベースドワーキング」というコンセプトも社長から発信しました。これは「自分の人生を軸にした働き方をしていきましょう」というものです。
事業を成長させるためには、一人ひとりの個人の成長が大切です。そのためにも、社員一人ひとりが、自分の人生を充実させられる働き方を考える。それを軸にしましょうというコンセプトです。
毎日出社することが自分の人生にとって良いことなのか。会社に貢献しつつ、自分の生活を充実させるにはどんな働き方をすればいいのか。
ゆくゆくは一人ひとりがそれを考えて仕事ができる環境にしていきたいと思っています。
「リアル」の価値はどこにあるか。
集中して作業に取り組むための「捗る」フロア。ハイスペックな機器、専有できる書斎や遮音ブースなどで集中や没頭を促す。
撮影:小林優多郎
社内では原則フリーアドレスだが、「捗る」フロアには長期プロジェクトに使える個別ブースも完備。
撮影:小林優多郎
テレワークが普及し、オフィスを縮小したり完全になくしたりする企業さんがいることも報道で拝見します。
たしかに、メタバース世界でも誰かと会うことはできます。でも、リアルと同じように誰かとつながり、対面で会話し、話がはずみ、時に心が元気になる感じ……というと、どうなるのか。人間がそこに完全移行できるのか、まだ分かりません。
仕事の場面でも、実際に会って話をした方が進捗が早かったりしますよね。最も顕著なのはブレストかもしれません。
誰かと何か企画の話をするとき、リアルのほうが捗り、どんどんアイディアが出る……という経験がある方もいるかと思います。
一人暮らしの社員にとっては、オフィスがなければ人とリアルで会話をするシーンが無くなってしまう可能性もあるわけで。メンタルヘルスの面でも、人と会う機会を保証することは大事かもしれません。
あくまで社内調査による仮説ベースではありますが、出社率が低い事業部門では若手社員の成長実感が低いという話も出ています。出社率と成長実感に相関関係があるかもしれないので、ここは今後詳しく調べていきます。
オフィスを「自分が、自分らしくいられる場所」にしよう。
性別に関係なく利用できるオールジェンダートイレ。若手社員のデザイナーの発案で生まれた。
撮影:小林優多郎
一方で、何かしら人と人のつながりをつくる「場」や会社としての成り立ちを保つためにも「オフィス」という空間は必要じゃないかと考えています。
最近ではご家族を連れて出社される方も増えました。社員の家族にも開かれている、家族が来やすい環境にできたのは良かったなと思っています。
1階ではコクヨの筆記具でお絵描きなさる小さなお子さんがいらっしゃったり、設置してあるピアノを弾く方もいらっしゃいます。
こういったシーンを身近で見られるのは幸せな気持ちになれると社員からも好意的な声をもらっています。
1階「COMMONS」ではキッチンカーで買ったお弁当を食べる社員の姿も。勉強会やイベントなどにも使用できる。
撮影:小林優多郎
同じく1階「コモンズ」も開放感があるスペースです。社会課題へのメッセージが込められた若い芸術家によるアート作品も点在しています。ここでは、よくお弁当を買ってきた社員同士がコミュニケーションをとっています。
他の社員と会話するきっかけになりますし、心の豊かさを育みたいという会社の意思が感じられて、個人的にも気に入っています。
コクヨとしては事業としてオフィスの家具や内装、施工をやっているということ以上に「場が持つ力」を信じています。
「ベビーケアルーム」(左)と施設案内表示。一番上のマークが祈祷室。
撮影:小林優多郎
プロジェクトに関わる私たちも、THE CAMPUSを「『自分が、自分らしくいられる場所』に絶対しよう」という意識を持っています。性別に関係なく利用できるオールジェンダートイレや祈祷室、更衣室、ベビールームなども社員の発案から設置しました。
必ずしも「働くため」だけに出社する必要はないと思うんです。誰かに会うために来てくれてもいい。コクヨは、自分たちでオフィスの使い方を考えていこうという在り方を大切にしていきたいなと思います。
(取材・文:吉川慧)