米画像処理半導体大手エヌビディア(Nvidia)の「次なる一手」に市場関係者の注目が集まる。
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米画像処理半導体大手エヌビディア(Nvidia)の2022年は波乱の幕開けとなった。
2月、同社は2020年9月にソフトバンクと合意した英半導体設計最大手アーム(Arm)の買収(費用総額400億ドル)を断念した。「規制上の大きな課題」が理由と両社は発表、超巨大企業への成長目指すエヌビディアの計画は頓挫した。
5月下旬には、ロシア・ウクライナ戦争の長期化や中国のロックダウン(都市封鎖)に端を発するサプライチェーン問題の影響により、エヌビディアの2023会計年度第2四半期(2022年5〜7月)の売上高見通しが市場予想を下回ったことから、株価が一時急落。一部のメディアは会計年度下半期の新規採用凍結を報じた。
なお、株価は決算発表後を1割程度上回る190ドル前後で取引されている(6月3日終値)。
とは言え、エヌビディアは完全にお先真っ暗というわけではない。
第1四半期(2〜4月)の決算発表では、ゲーミング事業とデータセンター事業で過去最高の売上高を計上、順に前年同期比206%、同179%という大幅な成長を記録した。
同時に、自動運転システム開発プラットフォーム「ドライブハイペリオン(DRIVE Hyperion)」の最新版を発表。高性能コンピューティング(HPC)および人工知能(AI)ワークロード向けスーパーチップ「グレイスホッパー(Grace Hopper)」を2022年後半にリリースする計画も明らかにした。
アナリストらによれば、エヌビディアにはこれらの新製品を武器に成長を実現できる領域がいくつもあるという。
米調査会社ベンチマーク・リサーチ(Benchmark Research)のアナリスト、デイビッド・ウィリアムズは「エヌビディアの前進する力、シフトする力、そして状況変化に柔軟に対応していく力には本当に驚かされる」と率直な感想を口にする。
また、エヌビディアは2022年に入ってから、クラウドコンピューティングにしぼった小規模な買収をいくつか行っている。
1月はデータセンターやクラウドにおけるLinuxクラスタのデプロイ(配置・展開)を管理するソフトウェアを手がけるオランダのブライト・コンピューティング(Bright Computing)を、3月にはイスラエルのクラウドストレージ企業エクセレロ(Excelero)を買収した(金額はいずれも非公開)。
それでも、アーム買収を断念したことの影響は大きく、エヌビディアは今後いかにして弱みを補い、強みを伸ばすのか、展開済みの領域のいずれかでその存在を確固たるものにできるとすればそれはどこなのか、アナリストらはいままさに探っている状況だ。
米金融サービス大手シノバス・ファイナンシャル(Synovus Financial)のアナリスト、ダン・モーガンはこう分析する。
「エヌビディアはゲーム分野のプレーヤーにとどまらず、あらゆる分野に触手を伸ばし始めています。10年前はもちろん、5年前でも考えられなかったような、大きな歩みを進めようとしているのです」
以下では、複数のアナリストが考えるエヌビディアの次なる買収先候補5社を紹介しよう(評価額あるいは時価総額の小さいほうから順に並べた)。
【候補1】サイファイブ(SiFive):評価額25億ドル
サイファイブ(SiFive)のコアIP(設計資産)に関する説明動画。2020年12月のオンラインイベント「RISC-V(リスクファイブ)サミット」より。
RISC-V International Official Youtube Channel
特定の設計資産(IP)を保有する企業に依存せず自由に設計できる「RISC-V(リスクファイブ)」命令セットアーキテクチャに準拠したCPUコアを開発。直近では2022年3月のシリーズF投資ラウンドで1億7500万ドル(約227億円)を調達している。
ブルームバーグ報道によれば、2021年6月にはインテルから20億ドル(約2600億円)の買収提案を受けたものの、数カ月後に交渉は物別れに終わった模様だ。
インテルは当初、この買収を通じてエヌビディアやアームとの競合を優位に進められると期待していた。その不成立を受け、エヌビディアが代わりにサイファイブを買収できれば、同社のCPUコア製品を成長させ、アームやインテルとの競争に踏みとどまることができる。
なお、米資産管理大手ウェドブッシュ・セキュリティーズ(Wedbush Securities)のマット・ブライソンは、サイファイブ製品をアームのチップアーキテクチャに最も近い代替品と位置づける。
ブライソンの分析によれば、半導体分野でエヌビディアの買収先を考えた場合、サイファイブが最も可能性が高いという。
【候補2】ルミナー・テクノロジーズ(Luminar Technologies):時価総額34億ドル
ルミナー・テクノロジーズ(Luminar Technologies)のLiDAR(ライダー)センサー製品の紹介動画。
Luminar Technologies YouTube Official Channel
自動運転車と周囲の物体との間の距離を測定する光検出・測距システム、いわゆるLiDAR(ライダーを開発するルミナーは、2020年12月に特定買収目的会社(SPAC)との合併を通じて上場を果たした。
エヌビディアとはすでに密接な関係にある。11月にはエヌビディアの自動運転システム開発プラットフォーム「ドライブハイペリオン」(前出)がルミナーの長距離検知センサー「アイリス(Iris)」を採用すると発表している。
米富裕層向け資産管理会社ガーバー・カワサキ・ウェルス・マネジメント(Gerber Kawasaki Wealth Management)社長兼最高経営責任者(CEO)、ロス・ガーバーによれば、従来からの密接な関係に加え、自動運転関連ビジネスを成長させたいエヌビディアの意図を踏まえると、ルミナーは最有力の買収対象になり得るという。
エヌビディアはルミナーとそのテクノロジーを手に入れることで、半導体製品をパッケージ販売できるようになる。自動運転車両の開発を手がけるメーカーにとっては大いに魅力的な提案と映るというのがガーバーの見立てだ。
なお、ルミナーは最近、米アップル(Apple)が極秘に進める自動運転開発、いわゆる「アップルカー」プロジェクトのマネジャーを務めたクリストファー・ムーアがソフトウェア開発責任者に就任すると発表している。
【候補3】バルブ・コーポレーション(Valve Corporation):評価額100億ドル
バルブ・コーポレーション(Valve Corporation)創業者兼最高経営責任者(CEO)のゲイブ・ニューウェル。
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エヌビディアはゲーム機向け画像処理半導体(GPU)の開発で成功を収め、自らクラウドゲームサービス「ジーフォース・ナウ(GeForce NOW)を運営する。ゲーム分野での買収がまったく論外ということはないはずだ。
バルブ・コーポレーションはゲーム配信プラットフォーム「スチーム(Steam)」を運営する非公開会社。エヌビディアはこのプラットフォームを買収することで、ゲーム事業における垂直統合ビジネスを強化できる。
ブルームバーグのデータによれば、バルブの評価額は約100億ドル(約1兆3000億円)。
同社は、エヌビディアと競合する米半導体大手アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)のチップセットを搭載する携帯型ゲーミングPC「スチームデック(Steam Deck)」の生産を開始したばかり。
エヌビディアもかつてゲームシステムの自社生産に挑戦した経験があり、デバイス関連では現在もアマゾン(Amazon)のストリーミングスティック「ファイヤー(Fire)TV」に似た「シールド(Shield)TV」を販売している。
前出のガーバーによると、プラットフォームのスチーム事業あるいはバルブ・コーポレーションをまるごと買収すれば、エヌビディアのゲーミング事業は急成長を遂げる可能性があるという。
【候補4】マイクロチップ・テクノロジー(Microchip Technology):時価総額395億ドル
Microchip Technology
マイクロチップ・テクノロジーは、特定用途向けに設計された小型半導体(マイクロコントローラ)を製造。インフォテインメント(情報・娯楽)システムから電気自動車(EV)の充電までさまざまな電子機器を制御する車載マイクロコントローラへの需要が高まっている。
同社は、ナビゲーションや衝突回避など人工知能(AI)ベースのアプリケーションを実行する先進運転支援システム(ADAS)向けチップ開発に取り組んできた。
エヌビディアが勢力拡大を目指す領域のなかでも、自動車と自動運転分野への注力は最も理にかなった選択と言える、というのが前出シノバス・ファイナンシャルのモーガンの見方だ。
【候補5】マーべル・テクノロジー・グループ(Marvell Technology Group):時価総額493億ドル
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エヌビディアがデータセンター事業での成功、勢力拡大を目指すのなら、マーベルの買収は有力な選択肢になり得ると複数のアナリストが指摘する。
ただし、最終的に断念せざるを得なくなったアーム買収と同様、規制当局の壁は高いとみられる。
米デラウェア州に本拠を置くマーベルは、ネットワーク関連からデータ処理装置までデータインフラ向けの半導体開発を手がける。最近は自動運転システム対応の第三世代「ブライトレーン(Brightlane)」車載イーサネット・スイッチを発表している。
エヌビディアはデータセンター事業を急速に拡大し影響力を強める一方、自動運転システム開発プラットフォーム「ドライブハイペリオン」(前出)の提供先拡大を進めている。マーベルとは注力分野が重なり、興味深い買収対象と言える。
ベンチマーク・リサーチのウィリアムズ(前出)はこう指摘する。
「マーベルの買収により、エヌビディアは既存事業に隣接するいくつかの分野にアクセスできるようになります。同社が真剣に取り組んできたデータセンター事業において、勢力を拡大する間口が広がることになるでしょう」
(翻訳・編集:川村力)