サンゴを守ることは海を守ること。東大発ベンチャー「イノカ」が次に目指すもの

(左)「イノカ」のCEO、高倉葉太さん(右)聞き手、三ツ村崇志さん

「イノカ」CEOの高倉葉太さん(左)、聞き手の三ツ村崇志(右)。

撮影:小林優多郎

“変化の兆し”を捉えて動き出している人や企業にスポットを当てるオンライン番組「BEYOND」。

第4回は、6月5日(日)の「環境の日」に合わせて、国内の最先端の環境ベンチャー「イノカ」のCEO、高倉葉太さんが登場。

6月3日(金)に放映した番組の抄録を、一部編集して掲載する。

番組をキャプチャ

撮影:Business Insider Japan

——「イノカ」の事業について教えてください。

高倉葉太さん(以下、高倉):沖縄のサンゴ礁の海を、東京のビルの中など別の場所で再現する「環境移送技術」の事業に取り組んでいます。こうすることで、海の中で起きていることを「見える化」したいと考えています。

海にはプラスチックによる海洋汚染や地球温暖化の影響などさまざまな環境問題があります。サンゴの場合は、2040年には8〜9割は死滅するという問題を抱えています。

このような海の問題について、水槽を見ながら子どもたちへ伝える環境教育プログラム、「サンゴ礁ラボ」を開いています。

また、企業からはサンゴ礁を守るための研究開発に多くの引き合いもいただいています。

高倉さん

サンゴを使ったビジネスとは何か、イノカCEOの高倉さんが説明する。

番組よりキャプチャ

——試験環境を提供しているというイメージでしょうか?

高倉:そうですね。

例えば、日焼け止めにはサンゴに有害な化学物質が入っているものもあります。日焼け止めを開発する企業にサンゴ礁の海の環境を提供して、毒性評価などに活用していただくこともできます。

ほかにも、「鉄鋼スラグ」という鉄から採れる副産物を使い、サンゴの保全技術をつくるなど共同研究もしています。

サンゴを守ることで人類と海洋生物を救う

——なぜサンゴに注目したのでしょうか?

高倉:サンゴは光合成によって、樹木のように陽が当たる面積を広げて大きくなっていきます。こうしてつくられたサンゴ礁には、海洋生物の約25%に当たる10万種類の生き物が暮らしています。サンゴを守ることは、そこに住む多くの生き物も守ることにつながります。

また、サンゴは天然の防波堤としての役割を持ち、高い波が来たときに波のエネルギーを大幅にカットできます。サンゴを失うと海岸が削られやすくなり、地球温暖化の影響で国土を喪失する問題を加速させてしまうことにもつながります。

海洋生物にも人類にも重要な役割を持つサンゴだからこそ、我々は注目し守りたいと考えました。

——環境移送技術の難しさとはどんなところにあるのでしょうか。

高倉:サンゴは敏感な生き物のため、少しでも環境が悪くなると弱って死んでしまいます。

沖縄の水を水槽に入れるだけで1週間程度は飼えますが、それ以上飼うには水質を一定に保ち続けるために、さまざまな配慮が必要です。

サンゴの飼育にとって一番大事なファクターは何かとよく聞かれますが、サンゴにはそれがないのが難しいところです。

そのため、研究者もサンゴを研究するときは、沖縄に直接出向いていたわけです。

自宅の半分を水槽にしてしまう「CAO」の存在

イノカの水槽の様子。

撮影:山﨑拓実

——イノカには「CAO」という聞き慣れないポストがありますが。

高倉:Chief Aquarium Officer(チーフ・アクアリウム・オフィサー)ですね。

——ということは、水槽のスペシャリストですね。どのような方なのでしょうか?

高倉:環境移送技術で使う水槽の設計やメンテナンスをしています。

元々、彼(イノカ CAOの増田直記氏)は趣味でサンゴを飼い続けていました。

35年のローンを組んで自宅の半分を1トン近くの水槽にしてしまうほどのサンゴ好きです。

高倉さん

イノカに存在する「CAO」とはChief Aquarium Officer。

番組よりキャプチャ

——CAOとは、どのように出会い、共に働くようになったのでしょうか?

高倉:僕もサンゴを自宅で飼っていましたが、うまく飼うことができず、その最中に彼と出会いました。

サンゴを熟知している彼の技術を世の中に広めていけば、サンゴの研究が一気に進むだろうと考えました。彼のノウハウと私の工学の知見で、データを活用した環境移送技術をつくろうとしたことが始まりでした。

研究を飛躍的に伸ばす「サンゴの人工産卵」

——2022年2月には「イノカ」がサンゴの人工産卵に成功したニュースが多くのメディアで取り上げられました。この技術の何がすごかったのでしょうか。

「サンゴの人工産卵」の様子。

出典:イノカ

高倉:サンゴの産卵は年に1度、「6月の満月の夜」という限られたときに起こるとされていたので、サンゴの卵の研究をするには沖縄へ行って一発勝負するしかありませんでした。

今回、人工産卵に成功したことで、これまで年1回しかできなかった研究をいつでもできる可能性が出てきました。これは大きな成果です。

サンゴの研究を飛躍的に伸ばしていくことにつながりますし、今後はサンゴもラットやメダカのようなモデル生物にしていきたいと考えています。

——そもそも、なぜ人工産卵に取り組んだのですか?

高倉:産卵は目に見える分かりやすいイベントのため、多くの人にサンゴの産卵を見せたいと思ったことがきっかけです。

東京で見せたかったので、人工の完全な閉鎖環境で、沖縄の海水を使わずにチャレンジし始めました。

——産卵が6月ではなく真冬の2月となった理由は?

高倉:人工の環境下で行うなら季節もずらせることに気づき、2月の産卵にチャレンジをしました。

創業当初から取り組んでいましたが、2度失敗し3度目の正直でやっと成功しました。

——産卵させた後、成長させることはできたのでしょうか?

高倉:サンゴは一個体で自家受粉のようなことはできず、成長させるには二個体同時に産卵させる必要があります。

しかし、サンゴを成長させて増やすことができればさらに研究は進むため、今後も検証を積み重ねていく必要があると思います。

また、こういった環境のプラットフォームを我々がつくっていき「サンゴの研究をするときはイノカの環境移送技術を入れる」という状況へ持っていけるため、ビジネス面でも重要だと考えています。

サンゴベンチャーから「環境移送ベンチャー」へ

高倉さん

イノカCEOの高倉さん。

撮影:小林優多郎

——今後はどのような事業展開を考えていますか?

高倉:これまでは「サンゴベンチャー」というブランディングでしたが、今後は、環境移送技術にフォーカスした「環境移送ベンチャー」を目指したいなと。サンゴ以外のさまざまな海の生き物に注目しようと思います。

例えば、サンゴのように海洋生態系に貢献している水草の「アマモ」などは最近では失われつつあります。

また、大量死が問題となっている「ホタテ」や「牡蠣」などの二枚貝に対しても環境移送技術を応用していきたいと考えています。

——こういった生き物に対する研究を進めていくことで、その原因を調べたり、守る方法を考えていったりできるというわけですね。

高倉:そうですね。

(聞き手・ 三ツ村崇志、構成・紅野一鶴


2022年6月15日(水)19時からは、ユートピアアグリカルチャー代表の長沼真太郎氏をゲストに迎えて「地球にも良い『おいしい』の未来」をお送りします。

「BEYOND」とは

毎週水曜日19時から配信予定。ビジネス、テクノロジー、SDGs、働き方……それぞれのテーマで、既成概念にとらわれず新しい未来を作ろうとチャレンジする人にBusiness Insider Japanの記者/編集者がインタビュー。記者との対話を通して、チャレンジの原点、現在の取り組みやつくりたい未来を深堀りします。

アーカイブはYouTubeチャンネルのプレイリストで公開します。

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