Kindle中国撤退、無料慣れした消費者に見切り。動画メディアの成長も逆風に

インサイド・チャイナ

アマゾンが中国EC事業に続き、Kindleのサービス終了を発表した。

Reuters

アマゾン・ドットコムが電子書籍リーダー「Kindle(キンドル)」の中国撤退を発表した。中国のECプラットフォームでは昨秋から多くの製品が品切れとなっており、サービス終了は半年以上前に決まっていたようだ。端末そのものは好調だったが、国内大手が無料コンテンツを大量に提供し、ユーザーに有料コンテンツの購入習慣が根付かなかったことが、中国市場に見切りをつけた最大の要因と見られている。

昨年秋から撤退準備

アマゾンは6月2日、電子書籍を販売する中国のKindleストアの運営を2023年6月30日に停止すると発表した。2024年6月30日以降はストアを閉鎖し、購入済み書籍のダウンロードもできなくなる。2022年1月以降に購入したKindleリーダーは、作動に問題がない場合返品に応じるという。

Kindle撤退は中国で大きなニュースになったが、驚きよりも「やはり」という反応が大半だった。Kindleの端末はアマゾンだけでなく、他のECプラットフォームでも売られているが、中国最大手アリババの「Tmall(天猫)」は2021年秋に同製品の販売を終了し、中国2位の京東(JD.com)の公式ストアでも、端末のほとんどが品切れとなっていた。

今年1月には現地メディアがKindleの中国撤退を報道。ただ、アマゾンは「品切れは半導体不足が原因」と報道を否定していた。

2018年境に失速

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専用端末でなくスマホアプリで書籍を読むユーザーが増えていることも、Kindleの逆風になったようだ。

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Kindleは2013年6月に中国に進出した。滑り出しは上々で、2016年末にはアマゾンにとって世界最大の市場になった。同社によると2018年までに数百万台を販売したという。

ただ、同年以降は存在感が急速に薄れた。「ページをめくる速度が遅い」「ストアが使いにくい」という使い勝手の悪さがしばしば指摘され、フリマアプリでは中古の端末が安値で大量に出品された。

人工知能(AI)有力ベンチャーのアイフライテック(科大訊飛)、スマートフォン大手のシャオミ、最近日本でも電子書籍リーダーを発売したファーウェイなど、中国消費者を熟知した国内大手が同分野に次々と進出し、競争も激化した。とは言え、中国テック大手はブランディングのために電子書籍リーダーに参入しており、シェア拡大を本気では目指していないともされる。それを裏付けるように、中国の電子書籍リーダー市場では、Kindleが今も60%以上のシェアを占める。

コンテンツ購入妨げる海賊版問題

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中国の報道によると、アマゾン創業者のベゾス氏は、中国市場での失敗の理由として「現地化の不足」を認めているという。

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Kindleが中国撤退に追い込まれた最大の要因は、2013年の上陸時には存在しないも同然だったスマホ向け無料アプリとの見方が支配的だ。

例えばZ世代を中心に世界で成長を続ける動画プラットフォーム。特にTikTok(中国では「抖音」ブランドでサービスを提供)などショート動画アプリは、ユーザーの時間を奪い合う競合と言っていい。業界団体の中国音像与数字出版協会がまとめた「2020年度中国デジタル閲読レポート」によると、ユーザーの1回あたりの平均読書時間(電子デバイス利用)が79.3分だったのに対し、1日のショート動画視聴時間は110分だった。

スマホ向け書籍アプリもKindleの生存空間をじわじわと圧迫した。先のレポートは、2020年の中国のデジタル「閲読」市場規模が前年比21.8%増の351億6000万元(約6900億円、1元=19.6円換算)、ユーザーは同5.56%増の4億9400万人と試算し、デジタル市場が着実に成長していると指摘する。

ただし、その恩恵は電子書籍リーダーではなく、スマホアプリとオーディオブックが受けているようだ。中国新聞出版研究院の調査によると、中国の成人で電子書籍リーダーを使って読書している人の比率は2018年の20.8%から2020年に8.6%に減少した。一方、スマホアプリ経由で読書している人は33.4%、オンラインサービスは7.8%、オーディオブックは6.7%だった。

テンセントの読書アプリ「微信読書」のユーザーは2019年時点で2億1000万人に達する。メッセージアプリ「WeChat(微信)」のソーシャル機能を存分に活用できる上に、アプリ内には大量の無料コンテンツが並ぶ。Kindleは端末を安く販売し、コンテンツを買ってもらうことで収益を得るビジネスモデルだが、中国ユーザーはスマホ登場以前からコンテンツの海賊版を無料利用することに慣れきっており、コンテンツの購入習慣が育っていなかった。

Kindleが中国に上陸する前の2010年ごろ、JD.com創業者の劉強東氏が「海賊版の問題がある限り、Kindleは中国で成功できない」と述べた。確かに中国でKindleの端末は売れたが、多くのユーザーがネットから海賊版のデータをダウンロードし、Kindleで読んでいたとも指摘されている。

アマゾンのECも2019年に中国撤退

2004年に中国に進出したアマゾンのECプラットフォームも、2019年に中国事業を終了した。アリババやJD.comなど中国の競合大手がクーポンや値引きで商品の「安さ」を競争力にしたのに対し、アマゾンは安売り競争と距離を置き、他国と同じように会員制度を訴求しユーザーを獲得しようとした。だが、中国企業の安売り攻勢に劣勢となり、ピーク時に20%あったシェアは撤退時には1%を切っていた。

JD.comの劉氏はアマゾンの中国法人に権限がなく、現地事情に合わせた戦略をとれなかったとも過去に指摘している。ベゾス氏も「現地化と投資が不足していた」と認めたとされる。

良いか悪いかはともかく、中国では消費者に無料で商品やサービスを提供してシェアを一気に拡大し、マネタイズは後から考える戦術が定石となっている。海賊版が横行するコンテンツ市場でユーザーに購入を促すのはなおさら難しく、微信読書が大半の電子書籍を無料としているのも、まずはユーザーを取り込むことを優先しているからだろう。

2019年に中国EC事業から撤退して以来、Kindleのサービス終了も既定路線だったのだろう。現地メディアは中国のKindleハードウェアのチームは既に昨年解散したとも報じている。

浦上早苗 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。

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