今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
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面白い人こそ、常識を知っている
こんにちは、入山章栄です。
この連載でも以前言いましたが、僕はけっこうお笑いが好きでよく見ています。それを知っているBusiness Insider Japan編集部の小倉宏弥さんから、こんな質問が来ました。
BIJ編集部・小倉
入山先生、僕はこのあいだ仕事に疲れ果ててYouTubeで「サンドウィッチマン」「金属バット」「ジェラードン」などお笑いの動画をまとめて見ていたんです。
芸人さんって本当に個性豊かで、キャラクターが変わっているとか、言葉の返し方がうまいとか、テンションが高いとか、いろんな強みを持った人がいますよね。
ビジネスパーソンの間でも、よく「この人は面白い」とか「面白くない」という話題が出ますが、面白いと言われる人と面白くない人って、いったい何が違うのでしょう?
はいはい、このテーマならいくらでも話せますよ(笑)。僕の理解では、面白い人の条件というのは、実は「常識人」であることなんです。
BIJ編集部・常盤
常識人ですか。非常識な人かと思っていましたが。
いえ、その逆ですよ。「常識とは何か」をよく知っているからこそ、はじめてそれを崩すことができるのです。それが面白い人の条件です。
これはお笑いの面白さだけでなく、知的な面白さにも言えることです。英語で言うとお笑いの面白さをFunnyとするなら、知的な面白さはInterestingですね。
そして学問の世界で、この「知的な面白さ」は重要です。研究が面白くないと学術業績になりません。 僕がアメリカの大学院の博士課程にいたとき、2回も読まされた論文があります。
それがマーレイ・デイビス(Murray S. Davis)という社会学者の“That's Interesting!”という論文です。知的な意味での面白さとはどういうことか、を論じた論文なんですね。この論文は、お笑いにも示唆があると思います。
この論文によれば、「人間は、自分が無意識に抱いている想定や、期待・常識を裏切られたときに面白いと感じる」といいます。
BIJ編集部・常盤:
どういうことでしょう?
例えば小倉さん 、僕はいま飲み物を入れたグラスを手に持っていますよね。 ここでもし、「これはグラスに見えるけれど、実はグラスの形をしたヤカンです」とか、「グラスの形をしたスマホです」と言われたら、「えっ、それ実はスマホなの? 面白いね」となりますよね。
つまりわれわれの頭には、「この形をした透明なものはグラスだ」という思い込みがあるわけです。この思い込みをひっくり返されると、人間はInteresting の意味でも、funnyの意味でも、面白いと感じるんですね。
学問の研究ならば、例えば「人体に有害だとされていた物質が、実は体にいいことが分かった」という発見は、「おお、面白いねえ」となる。
お笑いにもいろいろなパターンがありますが、基本的にはわれわれの予想、すなわち常識と違うことが起きると笑ってしまうのです。
例えばサンドウィッチマンの有名な「ピザの出前」というコントで言うと、お客さん役の伊達みきおさんが配達員役の富澤たけしさんに、「遅いなあ」と文句を言う。富澤さん演じる配達員は、「すみません、迷ってました」と言い訳する。
こう言われると普通は、「ああ、道に迷ったんだな」と常識的に思うでしょう。ところが富澤さんは、「配達に行こうかどうしようか、迷っていたもので」と言う。こちらの予想を裏切るわけですね。
BIJ編集部・常盤
なるほど。常識をわきまえている常識人だからこそ、そこを外せるんですね。
そうです。逆に常識が分かっていないまま面白いことを言おうとすると、ただの危ない人になる。先日、「生娘をシャブ漬けにする」と失言した吉野家の常務などは、面白いことを言おうとしたけれど、常識がなかったために失敗した典型でしょう。
常識が多様化した現代は、お笑い受難の時代
さてこのように考えてみると、今はお笑いが成立しにくくなっているといえます。
僕の記憶によると、以前、「オードリーのオールナイトニッポン」で、若林正恭さんがとても興味深いことを言っていました。正確には覚えていないのですが、以下のような主旨でした。
「今は多様性を重んじるようになったため、常識の範囲が広くなった。だから昔よりもお笑いのネタを見つけるのが難しい」
確かに昔の日本は、いろいろなことが画一的でした。日本人は同質性が高く、そこからはみ出すには勇気が必要だった。そんな時代は、常識からちょっとズレたことを言うだけで面白かったのです。
例えば10年前は、タモリがテレフォンショッキングのゲストに、「太った?」とか「髪、薄くなったね」というだけで会場が沸きました。
あれは「普通の人は太っていないのが当たり前」とか、「頭髪が薄い人は規格外」というような“常識”の枠があったからです。ですから、そこからはみ出た部分を指摘するだけで面白かったのです。
しかし多様性を重んじる現在では、いまやルッキズム(人を見た目で判断すること)は非難の対象ですから、「お前、ハゲてるな」といったら即アウトですよね。
BIJ編集部・常盤:
そうですね。多様性が求められる時代には、「みんなが揃った常識の基準」がなくなってきている。逆に言えば常識の幅が緩く広がっている、ということですね。
はい、そう考えると、今はいろいろなタイプのお笑いが出てきています。小倉さんの言うように、言葉の返し方とかキャラクターとか間の取り方とか、そういう細かいところで勝負するようになっている。逆に言うと、そういう細部で差別化しないと笑わせることができないともいえます。
しかしだからこそ、常識と非常識のギリギリのところを突いた、高度な笑いが生まれている。例えば、ぺこぱの「全肯定漫才」は革命的です。
「全肯定漫才」というのは、普通の漫才なら「違うやろ!」と突っ込むべきところで突っ込まずに、「人それぞれだ」「何を言ったっていい」「悪くないだろう」などと大真面目に肯定するというものです。
「ボケに対しては、否定的なツッコミというのが常識」という常識の逆を行くから、面白いのです。
これもオードリーの若林さんの言葉ですが、「ぺこぱは、ボケを否定するツッコミという過去のお笑いの歴史を、すべて〈フリ〉にしているからすごい」といえます。
BIJ編集部・小倉
なるほど。とても納得しました。僕もこれから、もっと面白いことが言えるように精進します!
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。