トヨタの全固体電池を搭載した車両(左)と、日産の全固体電池のセルを試作生産する設備(右)。日本でも、次世代電池として全固体電池に注目が集まっている。
出典:トヨタ自動車YouTubeチャンネル、日産自動車
電気自動車などに使われる次世代の大容量電池として期待されている「全固体電池」。
世界中で開発競争が繰り広げられている中、6月7日、国の研究機関である物質・材料研究機構(NIMS)は、「全固体電池マテリアルズ・オープンプラットフォーム(MOP)」の本格始動に伴い記者会見を開催した。
NIMSでは、重要な研究課題に対する共通した基盤研究を推進するために、NIMSをハブにして産業界をつなぐ「MOP」を2017年からさまざまな分野で設立してきた。
全固体電池MOPには、トヨタ自動車やデンソー、三菱ケミカル、JFEスチール、村田製作所など、そうそうたる企業が名を連ねている。
コロナ禍に突入した直後の2020年5月に設立されていたものの、コロナ禍の2年間では、研究環境の整備やオンラインでの議論が活動の中心となっていた。
今回、オンサイトでの共同研究環境も整い、新型コロナウイルスの流行から社会がある程度立ち直ってきたタイミングで、改めて全固体電池MOPを本格稼働させるという。
リチウムイオン電池の「次」の電池
MOPのイメージ。企業が連携しながら開発ツールなどに関する知見を積み上げる協調領域と、各企業が個別に材料やデバイスを開発する個別領域に分かれている。
出典:NIMS
スマートフォンなどをはじめ、現代のあらゆる電化製品に使われている「リチウムイオン電池」。リチウムイオン電池は、電池の電極となる「正極」と「負極」、そして電極間をつなぐ「液体の電解質」という3つの構成要素によって成り立っている。
これに対して、全固体電池では「電解質」がその名の通り「固体」である点が特徴だ。
リチウムイオン電池は、これまでの社会への貢献度に加えて、将来的に再生可能エネルギーを利用していく上で、欠かせない存在になると期待されている。
このことから、2019年には旭化成名誉フェローの吉野彰博士をはじめとしたリチウムイオン電池の研究開発に多大な貢献をした3名に、ノーベル化学賞が授与された。
NIMS全固体電池MOP長の高田和典博士
筆者がキャプチャ
ただ、NIMS全固体電池MOP長の高田和典博士は、
「リチウムイオン電池の電解質は可燃性の有機溶媒なので、加熱によって発火する問題があります。
最近では事故はあまり起きなくなっていますが、電池が(EVや再エネ需要に伴い)大型化していくとそのリスクは大きくなります」
と、この先需要が高まっていく中でリチウムイオン電池がはらむ課題を語る。
また、スマホやノートパソコンで使用する分には2〜3年性能を保てれば買い替えのタイミングが来る一方で、EVや再エネ用の電池となると、そう頻繁に交換することは難しい。つまり、これから先はより長寿命の電池が求められる。
「そう考えると、リチウムイオン電池では心もとない。そこで代わりになると考えられているのが『全固体電池』なんです」(高田教授)
「酸化物」の全固体電池の壁超える鍵を探す
日産自動車はは4月8日、2028年度の実用化を目指して研究開発を行っている全固体電池の積層ラミネートセルを試作生産する設備を初公開した。
出典:日産自動車
現在、世界中で研究開発が進められている全固体電池の特徴は、高出力かつエネルギー密度も高く(大量に充電できる)、固体であるために寿命も長く、安全性も高い点にある。
2020年8月には、トヨタ自動車がナンバーを取得した自動車での試験走行を実施。さらにこの4月には、日産自動車が全固体電池の試作生産設備を公開するなど、多くの日本企業もその可能性に注目している。
トヨタ自動車株式会社 YouTubeチャンネルより
しかし、現状研究が先行している「硫化物系」の物質を使った全固体電池では、EVに使えるほどの性能に近づいて来ている一方で、水に濡れると有毒な「硫化水素」が発生するといったリスクもある。
そのため、EV用バッテリーに限定して考えた場合でも、新エネルギー・産業技術総合開発機構の資料では、2020年代後半から硫化物系の全固体電池が主流となり、その後、2030年代前半を目処に、より安定だとされている「酸化物系全固体電池」を含んだ次世代の全固体電池に置き換わっていくと想定されている。
バッテリーパックのエネルギー密度と市場シェア
出典:新エネルギー・産業技術総合開発機構
今回のMOPはまさに「酸化物材料を電解質とした酸化物型全固体電池を将来の蓄電池と位置づけ、激化する世界の開発競争にオールジャパン体制で打ち勝つため」に設立されたもの。酸化物系の全固体電池を開発する上で、技術的な壁を超えるための基盤となる「ツール」を各社共同で構築することを目指す。
いわば、材料を開発する「前段階」の技術開発に企業の垣根を超えてトライするというわけだ。
こういった基盤技術開発は全固体電池の開発には欠かせないものである一方で、コストや時間を要する技術であるために、一企業が単独で開発するには時間がかかる。そこで、NIMSが蓄積してきたノウハウや豊富な装置群、さらに、参加企業10社の知見を融合することで、効率的な開発を実現しようとしている。
高田拠点長は
「MOPでは、(酸化物系の全固体電池の開発で重要な)界面現象の可視化技術、そして固体電池の電解質を探索する技術を共同で進めていきます。そのうえで、実際の電池開発については、個別に企業が実施するのか、協調領域を拡張していくかを考えていくことになる」
と語った。
全固体電池MOP参画企業
- JX金属
- JFEスチール
- 住友化学
- 太陽誘電
- デンソー
- トヨタ自動車
- 日本特殊陶業
- 三井金属鉱業
- 三菱ケミカル
- 村田製作所
(文・三ツ村崇志)