ANYCOLORが運営する「にじさんじ」は、およそ150名が所属する国内最大規模のVTuberプロジェクトだ。
「ANYCOLOR」事業計画及び成長可能性に関する事項より。
【UPDATE】6月9日に上場2日目を迎えたANYCOLOR株は、この日も買い気配で取引開始。10時8分に公開価格(1530円)の約3.14倍となる4810円の初値をつけ、終値は公開価格の3.6倍となるストップ高の5510円だった。9日終値ベースの時価総額は1652億円、予想PERは66.1倍。なお上場時、大株主に定められているロックアップ期間は180日間。(2022/06/09 15:14)
2Dや3Dのキャラクターをアバターに用い、ネット上で活動するバーチャルYouTuber(VTuber。バーチャルライバーとも呼ぶ)のプロジェクト「にじさんじ」を運営するANYCOLOR(エニーカラー)が6月8日、東証グロース市場に上場した。
公開株式数は180万300株。公募・売出価格(公開価格)は1530円だったが、人気の高さから上場初日は買い気配のまま売買が成立せず、初値はつかなかった。気配値は公開価格の約2.3倍の3520円。初値は明日以降に持ち越される。VTuberを本業とする上場は初で、成長著しい企業ゆえ株式市場の期待は大きい。
ANYCOLORと「にじさんじ」とは何か?
ANYCOLORは、2017年に早稲田大学の学生だった田角陸氏が設立した「いちから株式会社」が前身のエンターテインメント企業。
当初は誰もがVTuberになれるスマートフォン向けアプリ「にじさんじアプリ」の事業を企図していたが、その宣伝のためにオーディションで採用したライバー「にじさんじ1期生」が人気を博したことなどから、タレント事業への運営へシフトした。
田角社長はのちに当時について「何の迷いもなかった。やるしかねえ」という心境だったと語っている。
「にじさんじ Anniversary Festival 2021」では、田角社長がアプリ開発をしていた「にじさんじ」事業を転換する時の心境について語っている。
にじさんじ YouTubeチャンネルより
「魔法のような、新体験を」のポリシーのもと、2D・3Dモーションの自社開発などテクノロジーを用いたエンタメ企業として躍進。「ユメノグラフィア」など終了・撤退したサービスもあったが、主軸の「にじさんじ」事業は業界最大手の一つに成長し、日本発のVTuber文化の一翼を担う存在となった。
現在は英語や韓国語、中国語で配信するライバーも活躍している。2022年4月には「NIJISANJI ID」「NIJISANJI KR」が「にじさんじ」に統合された。
2022年4月期の単独売上高は132億円、営業利益は37億円、純利益は24億円を見込む。
「ANYCOLOR」事業計画及び成長可能性に関する事項より。
「ANYCOLOR」事業計画及び成長可能性に関する事項より。
コロナ禍での「おうち時間」の増加も背景に、VTuberの認知度は向上。YouTube上での再生時間は年400万時間を超えた。
「ANYCOLOR」事業計画及び成長可能性に関する事項より。
グッズやチケット購入に必要な「ANYCOLOR ID アカウント」の内訳を見ると、インターネットに親しみのある10代〜20代を中心に固定ファンを増やし、営業利益も大きく伸びている。
「ANYCOLOR」事業計画及び成長可能性に関する事項より。
成長著しいANYCOLOR、その収益の柱は大きく4つに分けられる。
「ANYCOLOR」事業計画及び成長可能性に関する事項より。
まずはホームグラウンドであるYouTubeで各ライバーが配信した際、視聴者から受け取る投げ銭「スーパーチャット」や月額コミュニティ(YouTubeメンバーシップなど)の収益だ。
2つ目は、ライバーがデザインしたTシャツやマグカップなどのオリジナルグッズや「ボイス」と呼ばれる音声コンテンツなどの売り上げだ。
2月ならバレンタイン、12月ならクリスマスなど季節に応じたドラマCDのようなボイスコンテンツは根強い人気を誇り、ファンによる「推し活」のメインシーンにもなっている。売上高だけを見ればこの「コンテンツ売上高」が最も大きい。
コロナ禍で延期開催となった「にじさんじ JAPAN TOUR 2020 Shout in the Rainbow!」東京リベンジ公演の会場。ファンからは愛のこもった色とりどりのフラワースタンドが。
撮影:吉川慧
3つ目は所属ライバーのコンサートなどのリアルの場でのイベント収益だ。
2019年1月の1期生出身・樋口楓(ひぐち・かえで)さんの1stライブ「KANA-DERO」、10月の「にじさんじ Music Festival 〜Powered by DMM music〜」、同年12月に両国国技館で開催された音楽イベント「Virtual to LIVE」などを皮切りに、ソロ・グループを問わずコンサートを実施。
今年10月には創業以来最大規模のイベント「にじさんじフェス2022」を幕張メッセで予定している。
そして4つ目がプロモーション。「案件」とも呼ばれ、企業の新商品やゲーム、サービスなどのPRで得られる収益だ。
2021年には池田模範堂とのコラボ案件が広告賞「YouTube Works Awards」の「Small Budget, Big Results部門」を受賞している。
「ANYCOLOR」事業計画及び成長可能性に関する事項より。
2年前の動画ではあるが、ライバーと運営がシェアする収益の仕組みについては樋口楓さんが自身のチャンネルで解説動画を公開している。興味がある方はこちらも見ていただけると理解の助けになるはずだ。
樋口楓【にじさんじ所属】YouTubeチャンネルより
躍進を遂げる「にじさんじ」の魅力はどこにあるのか。
まず挙げられるのが総勢約150名のライバーによる日々の配信だ。以下、国内のライバーを中心に解説していく。
所属ライバーには「にじさんじ」の顔とも言われる月ノ美兎(つきのみと)さんやAPEXなどのゲーム配信や巧みなトークスキルと歌唱力で人気となり、事務所初となるチャンネル登録者数100万人を突破した葛葉(くずは)さんらを筆頭に強烈な個性を持つタレントが揃う。
葛葉 YouTubeチャンネルより
月ノ美兎さんは絵画や美術、B級映画に関する深い知識をもち、文筆の才能もあって単著でコラム集も発表。アーティストとしてソニー・ミュージックからメジャーソロデビューも果たしている。真骨頂は「体験レポ」と呼ばれる雑談。イラストや自ら撮影した写真をもとに、日々の体験を独特の感性と言葉で伝える配信には、他に類を見ない面白さがある。
その感受性の高さからゲーム実況でもゲームシナリオの読み解きにも定評がある。「質感がすごい」と言われる「アイドルマスターシャイニーカラーズ」のシナリオ考察には頷かされる点が多い。
月ノ美兎 YouTubeチャンネルより
「委員長」こと月ノ美兎さんの単著コラム集「月ノさんのノート」
撮影:吉川慧
最近では、5月末のデビューからわずか約2週間でチャンネル登録者100万人を突破した壱百満天原サロメ(ひゃくまんてんばら・さろめ)さんが話題だ。
お嬢様になりたい一般人というキャラクターで「〜ですわ!」という中毒性のある語尾、初配信で自身の胃カメラ画像を公開、ほぼ毎日「バイオハザード7」ゲーム実況など、色々な意味で多くの人々に衝撃を与えた。
壱百満天原サロメ / Hyakumantenbara Salome YouTubeチャンネルより
破竹の勢いでチャンネル登録者を獲得したサロメさんは、「にじさんじ」を含め数多の先人VTuberたちが切り開いてきた道があったからこそ、今の自分があるという旨を語っている。
とはいえ、これまでに業界全体で生まれたVTuberは1万人超とも言われ、個人勢・企業勢を問わず日々さまざまな配信者がしのぎを削るレッドオーシャンと化しているこの業界にも、まだまだ可能性があることを思い出させてくれた存在とも言えよう。
また、サッカーや野球、プロレスに深い造詣を持つ農家VTuberの舞元啓介(まいもと・けいすけ)さん、プログラミングやカードゲームに関する深い知識とプロ並みの音ゲースキルを持つ社築(やしろ・きずく)さん、ご当地の民俗や平沢進、大槻ケンヂなどへの深い愛を持つジョー・力一(りきいち)さんなど、一部ファンからは親しみを込めて「にじさんじ」とかけて「おじさんじ」と呼ばれる20代後半〜30代の男性ライバー陣の活躍も注目だ。
ジョー・力一 Joe Rikiichi YouTubeチャンネルより
舞元さんが親交のある個人勢VTuberの天開司(てんかい・つかさ)さんと毎年夏に共催している「パワプロ」シリーズを用いた「にじさんじ甲子園」も一大コンテンツに育った。
にじさんじ YouTubeチャンネルより
アーティスト活動も活発だ。いち早くメジャーデビューを遂げ、その後の「にじさんじ」メンバーがアーティストデビューする先鞭をつけた1期生出身の樋口楓さんの功績は大きい。
抜群の歌唱力でカバー楽曲動画がいくつも数百万再生を超える戌亥とこ(いぬい・とこ)さんなど、音楽シーンで活躍する面々もいる。
ソロ活動のみならず所属ライバー同士で結成されたユニット活動も盛んだ。
これまでに緑仙(リューシェン)さん・三枝明那(さえぐさ・あきな)さん・鈴木勝(すずき・まさる)さん・えるさん・ジョー・力一さんが参加する「Raindrops」、鷹宮リオン(たかみや・りおん)さん・葉加瀬冬雪(はかせ・ふゆき)さん・フレン・E・ルスタリオさんが参加する「TRiNITY」などがメジャーデビューを果たした。
「にじさんじ」運営も公式チャンネルで、往年のテレビコンテンツを彷彿とさせるような番組を企画している。
例えば、意外な業界の工場見学をレポートする「にじさんじのB級バラエティ(仮)」(隔週火曜日配信)は、MCの早瀬走(はやせ・そう)さんとイブラヒムさんがゲストとして登場するライバーたちと織りなす絶妙な力の抜き具合と独特の空気感が人気だ。
また、「にじクイ」などのクイズコンテンツでは、関係性の深いライバー同士がチームを組み、普段の配信とは違う一面を見せてくれることもファンとしては嬉しい。
ライバーが何気ない雑談で紹介する商品やサービスなどがトレンド入りすることもしばしばある。
5月には「世怜音(せれいね)女学院演劇同好会」所属の周央サンゴ(すおう・さんご)さんが雑談配信でテーマパーク「志摩スペイン村」へのとてつもない愛を語ったことで、同施設がTwitterトレンド入りしたことが記憶に新しい。
最近では傘下のバーチャル・タレント・アカデミー(VTA)から、「ラナンキュラス」として天ヶ瀬むゆ(あまがせ・むゆ)さん・先斗寧(ぽんと・ねい)さん・海妹四葉(うみせ・よつは)さんの3名がデビュー。新世代のライバーも育ちつつある。
YouTubeで活躍する以上、どうしてもチャンネル登録者数でそのポテンシャルが見られがちだが、それはあくまで指標の一つにすぎない。年に数回しか配信しないにも関わらず、配信の面白さに定評があるギルザレンIII世さんは象徴的な存在だ。
2次元と3次元を問わず、年齢や性別、国境も人種も属性も超え、にじさんじでは日々新たな伝説が生まれている。
活動の幅も雑談、歌、ゲーム実況といった王道に留まらず、声優活動や小説家デビューをする逸材も。きっとあなたに「ハマる」ライバーが一人はいるはずだ。
一方、業界としては課題もある。所属ライバーに対する誹謗中傷への対策だ。
3月には所属ライバーの女性が、自身が演じるキャラクターに対する誹謗中傷を受けて投稿者情報の開示を求めていた裁判で、東京地裁が「(キャラへの中傷は)女性への名誉毀損(きそん)といえる」と女性の主張を認定。プロバイダー側に対し投稿者の個人情報を開示するよう命じている。(2022年3月29日・朝日新聞デジタル)
ANYCOLORは、いちから時代の2020年9月には「攻撃的行為及び誹謗中傷行為対策チーム」を設置。所属ライバーや従業員に対する「攻撃的行為」や「誹謗中傷行為」が発生した場合の対応を明確化し、通報窓口も設置した。
所属ライバーが自由で安心・安全に活動できる環境を整え、個性や才能を発揮できるステージを確保できるか。ファン側としても、アバターとはいえ演じているリアルな人間がそこにいると認識し、応援できるかが、今後の成長のキーとなるだろう。
「ANYCOLOR」事業計画及び成長可能性に関する事項より。
また、ANYCOLOR自身も上場関連資料で「主要なリスク」として提示しているが、ライバーの配信動画に不適切な内容が入ることによるレピュテーションリスクも考えられる。
過去に公序良俗の違反や知的財産権の侵害につながる動画配信によって活動を自粛したライバーが複数人いたが、上場後はこれまで以上に厳しい目で見られることなるだろう。ただ、ANYCOLORは「顕在化のリスクは高くない」としている。
いずれにせよ「いちから」時代から“推し”を追いかけてきた人々にとって、今回の上場は感慨深いものかもしれない。
上場早々の決算発表にも注目が集まる。
ANYCOLORを牽引してきた田角陸社長は麻雀をこよなく愛し、ライバーやファンから「りっくん」の愛称で親しまれている。ときには「素材」としていじられる具合だ。
だが、そんな田角社長も上場を期に発表したメッセージでは経営者として真面目な面持ちでこう綴る。
「会社として次なる目指す姿は『日本を代表するグローバルカンパニー』です。日本のアニメコンテンツ産業は、日本が世界に誇れる数少ない産業の一つだと考えています。日本国内における発展はもちろん、世界中に「魔法のような、新体験を」提供し、日本を代表するグローバルカンパニーへと成長させることを目指します」
(文・吉川慧)
※一部ライバーさんの氏名の誤植を訂正しました。(2022/06/08 18:02)