元経済産業省の官僚で、ゼブラアンドカンパニー共同設立者の陶山祐司さん。
撮影:横山耕太郎
「企業名に関してはミャンマーの社会情勢を鑑みて非公開とします」
ベンチャー企業への投資事業などを手がけるゼブラアンドカンパニーは2022年6月10日、ミャンマーで活動するベンチャー企業の合計1億円の資金調達をアレンジ役※として支援したと発表した。ゼブラアンドカンパニーも1000万円を出資している。
※投資ラウンドを支援し、出資もしているがリードインベスターではない
この資金調達が「異例」なのは、調達した側の企業名を公表していないことだ。
出資先のベンチャー企業が活動するミャンマーでは、2021年2月に国軍によるクーデターが発生し、現在も国軍当局が全権を握っている。今回の資金調達に関しては、現地の状況を考慮し、事業運営に支障が出るおそれがあるとし、あえて企業名は明かしていないという。
同ベンチャー企業は、もともとVC(ベンチャーキャピタル)から資金調達することが決まっていたが、クーデターにより資金調達が立ち消えになり、事業撤退の危機に陥っていた。
ユニコーン企業ではなく「ゼブラ」
出典:ゼブラアンドカンパニーのウェブサイトを編集部キャプチャ
「ミャンマーで活動する企業の社長からは『年末までに資金が集まらなかったら、事業撤退するしかない』と相談されました。企業の存続・成長のために資金調達を成功させたいと引き受けました」
ゼブラアンドカンパニー共同設立者の陶山祐司さん(35)はそう話す。
陶山さんは東京大学卒業後に経済産業省に入省し、その後ベンチャーキャピタルに転職。2021年に3人の共同設立者の一人として、ゼブラアンドカンパニーを立ち上げた。
ゼブラアンドカンパニーの特徴は、一般的に短期のリターンを見込むVCとは違い、企業の成長や上場だけを目的にしない「ゼブラ企業」と呼ばれる企業への支援をうたっている点だ。
ゼブラ企業とは、「評価額1000億円超えの未上場企業」を意味する「ユニコーン企業」へのアンチテーゼとしての意味を持ち、2017年にアメリカの女性起業家4人が提唱した。ユニコーンが、上場や売却など急成長を目指すのに対し、ゼブラ企業は、社会性と経済性の両面を重視した持続可能な成長を目指す。
ゼブラアンドカンパニーでは、2021年6月に約1億円を資金調達。5年間で4〜6社に対し1社あたり1000万円〜2000万円の投資を実行するとしていた。
クーデターで資金調達が白紙に
国軍のクーデターに反対するミャンマー国民。2021年3月撮影。
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今回資金調達した企業は、2015年に創業。本社は日本に置きつつ、ミャンマーで活動し、これまでミャンマーの低所得者を対象にしたマイクロファイナンス企業へのクラウドシステム提供や、日用品の配達を行う物流事業を拡大させてきた。
このベンチャーの社長と陶山さんは数年前、陶山さんが審査員を務めていたビジネスコンテストで知り合った。コンテストの後も何度か連絡を取り合っていたが、ミャンマーでクーデターが発生した約半年後の2021年9月、陶山さんのもとに「資金の調達方法について知恵を貸してほしい」と連絡があったという。
もともと2021年にはシリーズAとして、VCから1億円程度の調達を予定していたが、クーデターによりカントリーリスクが増大 。日本を含め各国の企業がミャンマーから撤退するなか、調達についても白紙になったという。
「この企業は日本で言えば、地域の金融や物流を担っている農協や郵便局みたいな存在で、まさにミャンマーにおけるゼブラ企業。VCとは違う方法で資金調達に協力することにしました」
投資を阻むカントリーリスク
ミャンマーで活動する企業への投資は、なかなか理解を得られなかったという。
撮影:今村拓馬
陶山さんは様々なベンチャー企業の事業立ち上げに関わった経験があり、資金調達には自信を持っていた。
資金調達の相談を受けてからすぐに事業戦略を練り直し、2021年10月頃からは投資家への提案を始めた。しかし、ミャンマーへの逆風は予想以上に強かった。
「このベンチャーはクーデター後も、コロナ後も業績が伸びており、十分に投資が集まる経営状況でした。しかしカントリーリスクから投資を敬遠されることが多く、投資家からは『事業には問題ないし協力もしたい。しかし出資者が納得するようには、カントリーリスクを説明できない』と言われました」
今回の投資のリターン が見込まれるのはミャンマーで再び経済が安定し、海外の企業が経済活動を活発化してからになる。ミャンマー国軍は2023年8月に総選挙を実施するとしているものの 、短期的に劇的な改善は期待できない状況が続いている。
「VCから調達を目指す場合、3、4年で事業を急成長させ、投資金額を10倍、20倍にして返すような事業計画を立て 、上場を目指さないと投資は受けられません。ゼブラ企業への投資は、より中期的な視点での利益を考えるので、VC的なリターンを望む投資家との相性はよくない」
陶山さんは資金の調達方法として、エンジェル投資や企業の戦略投資、銀行融資、補助金など複数を検討。結果的にインパクト投資機関や事業会社、個人投資家からの出資が決まり、ゼブラアンドカンパニーからの出資も含めて、資金獲得のめどが立ったという。
出資にあたっては国軍への利益供与を防ぐため、資金を日本法人の銀行口座に出資。過度に現地の銀行口座で資金を移管しない方針を確認したという。
またミャンマーで問題視される企業による人権侵害問題への対策については、
「出資先の経営者はこれまで国際金融機関出身のアドバイザーや人権団体とのコミュニケーションをとり、人権侵害への関与を排除するよう活動してきたことを確認している。今後、当社としても人権侵害を防ぐために、継続的にコミュニケーションをとっていく」
としている。
今回の調達では、インパクト投資機関に加え、株式型クラウドファンディングでも資金を集めた。
提供:ゼブラアンドカンパニー
今回投資したVC・taliki(タリキ)の中村多伽CEOは、次のようにコメントした。
「事業計画の蓋然性、長期的な市場成長率などを鑑(かんが)みた上で経済的なリターンはもちろん期待していますが、社会課題解決を真に目指す仲間として参画できたことを嬉しく思っています」
世界的に注目される「インパクト投資」
ゼブラ企業のように、利益だけを追求しない企業経営は、世界的にも注目を集めている。
環境や社会にプラスの影響(インパクト)を与える事業への投資を意味する「インパクト投資」は世界中で活発化している。GIINの調査によると、世界インパクト投資残高推移は、2019年には5020億ドルが、2020年には40%以上増え7150億ドルとなっている。
陶山さんは、IPOだけを目指すのではないベンチャーが、日本でもさらに増えることに期待を寄せる。
「じっくり成長させたいとか、地域のために事業をしたいとか、小さい規模でも事業を続けたいとか、企業が目指す成長にはもっといろいろな形があっていい。本来は事業がきちんと成長していれば、IPO以外にも投資家が資金を回収する方法はたくさんあります。
その選択肢の一つとして、ゼブラ投資を広げていきたいと思っています」
(文・横山耕太郎)