Peter Zelei Images/Getty Images
「ラバーメイド(保存容器)」や「シャーピー(文房具)」などのブランドを傘下に持つニューウェルブランズのラヴィ・サリグラムCEOは、長年にわたり数々の経済的苦境を乗り越えてきた。
「(1997年の)アジア通貨危機も経験しましたし、(2001年の)同時多発テロ事件当時はホテル事業に携わり、ホリデイ・インを経営していました。
2010年にはオフィスマックスのCEOになりました(編集部注:オフィスマックスは2013年、同業である米事務用品のオフィス・デポと合併)。こうした中小企業は、グレート・リセッションの煽りを受けて衰退してしまったんです」
アメリカはいま経済的苦境に直面しており、来年には景気が後退局面に入ると専門家らはみている。Facebookの親会社メタからウォルマートに至るまで、多くの企業が景気低迷を想定して対策を進めている。
2007〜2009年のグレート・リセッションから15年近くが経過し、当時経営の幹部を担っていた人材の多くが今では経営を司る立場にある。サリグラムのように過去に不況を生き抜いてきた経験豊かなCEOたちから学ぶことは多い。
「私が過去の不況の経験から学んだのは、何よりも準備が鍵だということ」とサリグラムは言う。
サリグラムは40年のキャリアの中で、オフィスマックスの他にも洗剤・化成品メーカーのSCジョンソンや食品サービス企業アラマークの幹部職も務めてきた。
数々の修羅場をくぐるなかで得難い知恵を身につけてきたサリグラムだが、そんな彼をもってしても想定できなかったのが、新型コロナウイルス感染症の大流行と、今も世界経済を揺るがし続けるその余波である。
この2年間、各企業のCEOたちは他にも数々の出来事に直面しながら経営の舵取りをしてきた。ジョージ・フロイド殺害事件をきっかけに沸き起こった人種問題への意識の高まりしかり、サプライチェーン問題、ロシアによるウクライナ侵攻に関連した世界的な燃料価格高騰しかりだ。
おそらく最悪ともいえる経済状況の中を舵取りすることになる経験の浅いリーダーたちに向けた戦略の助言を集めるため、Insiderはベテランの経営者らに話を聞いた。以降ではその教訓を紹介しよう。
人を第一に考える
ケイティ・ジョージ(マッキンゼー・アンド・カンパニー チーフ・ピープル・オフィサー)
パンデミックによって、職場ですでに起こり始めていた3つのトレンドが加速しました。その3つとは、「意義の探究」「柔軟性の切望」「技術のトランスフォーメーション」です。
同時に、どの企業も有能な人材を求めています。特に成功している組織であっても、人材を募集、育成、維持するプロセスの見直しを迫られています。
マッキンゼーもそこから学んできました。何十年も経験があっても、得られる教訓はまだまだあるものです。その学びを経て、従来の人材確保の手法を積極的に見直し、従業員が当社で経験するあらゆることを再考しているところです。
ティム・ライアン(PwC米国会長兼シニアパートナー)
2006〜2008年ごろは、私はまだパートナーとしての経験が比較的経験の浅い時期でした。当時は役員として取締役会にも参加していましたが、リーマンショックで会社は大きな打撃を受けました。
後に私の前任者たちから学んだのは「社員を最優先にする」ということでした。
大企業の中で人員削減を行っていなかったのは当社だけで、それが事業のコストとしてのしかかってきました。管理部には「解雇しなかったツケが回ってきたんだ」と言われたものです。
あれから12年が経ち、パンデミックが突如として襲ってきた時、私は経営者という立場になっていました。2020年3月末といえば、非常に恐ろしい時期だったことはみなさん覚えているでしょう。
けれど当社では、解雇は最終手段だと言い続け、「成功の共有、犠牲の共有」というコンセプトについて話し合いました。結局、当社ではパフォーマンス以外の理由では1人も解雇していません。
2021年に入り、当社のパートナーたちの間では「この戦略をいつまで続けられるか」との疑問がよく囁かれました。しかしそこへ「大退職(Great Resignation)」が発生しました。もちろん予期していたわけではありませんが、今にして思えば、パンデミック発生時に従業員を解雇しなかったことは、当社がしてきた意思決定の中でも特に正しかったと言えます。
社員を第一に考えるという姿勢は、当社に非常に有益な結果をもたらしてくれています。ですからこの先経済が減速したとしても、それが壊滅的な状況でない限りは、私たちは方針を変えないでしょうね。
シドニー・ローチ(エデルマン グローバル会長兼米国エンプロイー・エクスペリエンス部門主任)
エデルマンのシドニー・ローチは「透明性だけでなく教育も重要」と説く。
Edelman
従業員に企業の財務状況を自分事として考えてもらうには、透明性だけでなく教育が必要——これが私のモットーです。
エデルマンが最近行った、信念で動く従業員に関する調査では、従業員の76%が「企業を勤務先として検討する際、従業員が計画や戦略策定プロセスに関与できる環境を望む」と答えています。つまり、従業員は「自社の事業の核心」に関与したがっているのです。
基本に立ち返る
ラルス・セイア・クリステンセン(サクソバンク CEO兼共同創業者)
低迷期は自身のプロジェクトについて考え、事業において本当に重要なことに注力するチャンスです。
生産性の低い分野を切り捨て、強みに集中する。自社だけでなく競合他社も同様にプレッシャーを感じているという事実を忘れないこと。効率性と生産性にフォーカスすれば、競合他社に差をつけることができます。ライバルのうち何社かはいずれ消えてしまうかもしれません。
忘れないでほしいのは、危機的状況は永遠には続かないということです。いつかは過ぎ去るものだし、状況が改善すればチャンスがまためぐってきます。そして総じて見れば、世界はより良く豊かな場所になっていくもの。これはどんな低迷期においても言えることです。
ラヴィ・サリグラム(ニューウェルブランズCEO兼取締役)
「基本に立ち返り、注意散漫にならないこと」とサリグラムは言う。
Newell Brands
CEOの職務、リーダーの職務とは、重要な課題に集中できるようにすることです。基本に立ち返り、注意散漫にならないこと。重要なのは消費者であり、顧客との協調であり、自社の人材を大切にすることです。
真に重要な課題に集中し、弱点を補おうとするよりも長所を伸ばすことに意識を向ければ、その長所が大きな強みになり、競合に打ち勝つ力となるものです。
コントロールできることに集中する
サラ・ダン(タペストリー グローバル人事責任者)
「景気の低迷期は経験を積める時期でもある」とタペストリーのサラ・ダンは言う。
Tapestry Inc
管理職の中にも、低迷期に指揮したことのない層が一定数います。低迷期はこれが初めてというわけではなく、単なるビジネスサイクルの一部であり、経験を積める時期でもあります。
企業も経済もその時期をくぐり抜けてきたのですから、私たちは自分自身がコントロールできるものに集中しなければいけません。
当社にとっては、自社の顧客にフォーカスし、顧客を理解し、強い企業を築き上げ、決断や財務の責任に慎重になること。強い企業であればこうした時期もしのげるはずです。
良い時も悪い時も、極端に守りに入るべきではありません。バランスを保ち、長期的な視点を持って企業を経営することが大切です。
ロッド・リトル(エッジウェル・パーソナル・ケア 社長兼CEO)
1カ月、四半期、1年といったくくりにとらわれすぎず、常に長期的な視点を持ち続けるべきです。
「極度に不安定な時期にも進歩を続けるには、過去を見つめ直すことが役に立つ」という考えも本当にその通りだと思います。2年前、1年前、半年前にはどんな立ち位置にいたのか。振り返る視点を持つことが重要です。
過去が証明するとおり、経済状況が厳しくなると決まって生じる現象があります。人は保守的になる。自分で判断を下したがらなくなる。日常の習慣に関するコストを下げようとする、なんていうのもそうですね。これを当社に当てはめると、ウォルマートのPB商品である使い捨てカミソリから最高価格帯のものまで、幅広い価格帯で良質な製品を揃えることが重要になってきます。
事業の準備を整える
リチャード・B・ハンドラー(ジェフフリーズ・ファイナンシャル・グループCEO)
「低迷期にこそリーダーシップが試される」とジェフリーズのリチャード・ハンドラーは言う。
本人提供
低迷時のリーダーシップのあり方は、幹部の人間性と能力、そして企業の評価を左右します。
低迷期に向けた準備は、好況期のうちから始まります。順調な期間に、間違いを間違いだと指摘できる良質な人材で自分のまわりを固めること。そうすることで大きな間違いを未然に防ぎ、景気が最悪の時にこそ大きくなるチャンスを積極的につかみにいくことができます。
好況時に愚かに、傲慢になりすぎなければ、状況が悪化した時に攻めていけるものです。
[原文:Execs at Citi, PwC, and other top companies offer 4 strategies for surviving the next recession]
(編集・常盤亜由子)