半導体業界の巨人、ソフトウェア業界の巨人が買収に合意したものの、従業員たちの反応はかなり芳しくなく……。
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米半導体大手ブロードコム(Broadcom)との巨額(610億ドル)買収合意を受け、米ソフトウェア大手ヴイエムウェア(VMware)の従業員たちはいま、さまざまの不確実性にさらされている。
買収発表の直後から、2020年末時点で約3万3000人の従業員を抱えるヴイエムウェアでは、レイオフ(一時解雇)実施の可能性が取り沙汰され始めた。
ホック・タン最高経営責任者(CEO)率いるブロードコムは、これまで買収した数多くの企業を積極的なコスト削減を通じて利益体質に変えてきたことで知られる。
ヴイエムウェアの買収についても同様のシナリオが展開されるのではないか。
ブロードコムが5月末に開催したタウンホールミーティング(経営幹部と従業員の対話集会)では、参加したある従業員の話によれば、同社経営陣がヴイエムウェアを「無駄がなくフラットな」企業に成長させると発言したという。
また、投資家向けのあるプレゼンテーションの場では、ヴイエムウェアの収益性を向上させるために「一般従業員、管理職を問わず、(無駄な)職務の重複を解消する」と強調している。
今回の買収合意について、Insiderがヴイエムウェアの現役従業員4人に話を聞いたところ、レイオフが実施されその対象になるかもしれないとの不安から、同社内には陰々滅々とした雰囲気が漂っていると口を揃えた。
同社の内情に詳しい関係者によれば、より楽観的な「様子見」スタンスの従業員もいれば、もう少し安定した環境で働ける仕事を探そうと早くも奔走する従業員もいて、反応はさまざまだという。
テクノロジー業界では近ごろレイオフや新規採用の凍結が相次いでおり、転職のハードルが高まることへの懸念が高まっている。職探しを早めに始めておこうと考える従業員が多いのも当然のことだ。
また、ヴイエムウェアの従業員たちは、ブロードコムの傘下に入ることで、イノベーションとダイバーシティ(多様性)、フレキシブルなワークスタイルを重視するヴイエムウェアの際立った特徴とも言えるカルチャーが失われてしまうことを懸念する。
より実務的な面で従業員が不安を感じるのは、ブロードコムがヴイエムウェアの製品ラインナップをどのように削減あるいは再編成する計画なのか、買収手続きが完了するまで分からないことだ。
ヴイエムウェアのある従業員はこう語った。
「半年後には(いま開発や販売を行っている)製品がなくなってしまうかもしれない状況で、それだとやる意味がほとんどないでしょう?少なくとも仕事がやりにくくて仕方ありません」
同社の経営陣は、すべての従業員宛てに以下のようなメッセージを送っている。
「ブロードコムによる未確定の買収提案について、手続き完了後にどのような変化が起きるのか、いまは仮定の話をする段階にありません」
「買収手続きの完了後、ブロードコム・ソフトウェア・グループ(Broadcom Software Group)はヴイエムウェアに看板を掛けかえて事業を推進し、ブロードコムが展開してきた既存のインフラ事業およびセキュリティソフトウェアソリューション事業はヴイエムウェアのポートフォリオに組み込まれます。
当社の有するアセットおよび優秀な人材と、ブロードコムの有する法人向けソフトウェア製品ラインナップをヴイエムウェアブランドのもとに統合し、技術面でのイノベーションに引き続き注力することで、傑出した法人向けソフトウェア企業が誕生することになると考えています」(※)
カルチャークラッシュの危険性
ヴイエムウェアは2021年11月にデル・テクノロジーズ(Dell Technologies)からスピンアウトしたばかり(マイケル・デルはヴイエムウェア取締役会会長に留任)で、ブロードコムからの買収提案には衝撃を受けたと話す従業員もいる。
同社では前CEOのパット・ゲルシンガーはじめ経営幹部の交代が相次ぐなど、ここ数年は不安定な時期が続いてきた。
「社内では、デル傘下を離れて独立した上場企業として『かつての栄光』をとり戻そうといった会話が聞かれていたところでした」
ブロードコムのタンCEOは、こうしたヴイエムウェア側の不安を払拭しようと、両社が一緒になればより強力な事業展開が可能になるとの考えを強力にプッシュしてきた。
タンCEOはヴイエムウェアの全従業員に宛てたメッセージ(6月2日付、米証券取引委員会への』提出資料)にこう記している。
「両社の重視するバリューをいかに重ね合わせるかという観点について言えば、私たちブロードコムは、実行と情熱、誠実さ、顧客、コミュニティを基盤とするヴイエムウェアのカルチャーを高く評価し、十分に理解しています。
私たちも従業員全員が同様のバリューを共有しています。ブロードコムが最優先するのは、顧客、事業パートナー、株主に対する説明責任であり、同時に社内でも互いに説明責任を果たすことです」
それでも、少なくとも一部の従業員は、ヴイエムウェアのフレキシブルなカルチャーとブロードコムの管理主義的なアプローチの間にある感覚的なズレを理由に、今後足並みを揃えてやっていけるか確信を抱けずにいるようだ。
ヴイエムウェアのある従業員は次のように話す。
「カルチャークラッシュ(価値観の対立、企業カルチャー同士の衝突)を懸念しています。ヴイエムウェアの従業員はみな、自社が徹底的に従業員中心主義であると認識していて、だからこそ多くの従業員がそこで働いているのです」
例えば、複数の従業員の説明によると、ヴイエムウェアではほぼすべての従業員が在宅勤務可能だが、ブロードコムの経営陣は原則としてオフィスに出社して対面で仕事をするよう求めている。
別の従業員は実感をこう口にする。
「仕事と家族のことを両立するうえで、在宅勤務は大きな自由と柔軟性をもたらしてくれます。私にとってはきわめて重要なことですが、ブロードコムの経営方針とは合致しないように思います」
また、ヴイエムウェアの複数の従業員にとって、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルーシブ(包摂性)を重視する会社のスタンスは誇りでもある。
しかし、ある従業員によれば、ブロードコムはそうしたバリューを共有していないという。
従業員のなかには、ブロードコムの経営陣に対してヴイエムウェアが従業員に対して約束しているダイバーシティ、エクイティ、インクルーシブ、リモートワーク、手厚い保健福祉計画などを維持するよう要求を突きつけようと考えている者もいるようだ。
ブロードコムとはバリューが共有されないと語った先の従業員は、こうも語る。
「ブロードコムが大事にしているのは株主価値だけで、ヴイエムウェアの従業員が慣れ親しんできた社内制度、私たちが価値を置いてきた物事をそのまま維持継続するつもりはないんだと思います」
なお、ブロードコムの広報担当によると、同社は2021年、従業員全員にダイバーシティ、エクイティ、インクルーシブを浸透させる取り組みとして「ダイバーシティ・アット・ブロードコム(Diversity@Broadcom)」をローンチさせたという。
こうした状況のなか、ヴイエムウェアの経営陣は従業員に対し辛抱強く今後の推移を見守るよう、記事前半で引用したようなメッセージ(※)を送っている。
そして、それは少なくとも、買収完了後にどんな変化が起きるのかひと目見てから転職するかどうかを判断しようと考える一部の従業員には響いた模様だ。
ヴイエムウェアのある従業員はInsiderに対し、いまの感想を率直にこう語った。
「経営陣が言いたいことは基本的に、『いまはまだ分からないことばかりだ。待機せよ。むやみに興奮するな。この先まだ長いんだぞ』ということでしかないんです」
(翻訳・編集:川村力)