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イーロン・マスクの発言があれこれと世間を騒がせているが、こうした話題に惑わされてはいけない。リモートワークに対する攻撃的なスタンスにしろ、アメリカ経済は不況に陥っているとの宣言にしろ、Twitter買収にまつわる一連の騒動にしろ、すべて手品師が客の目をごまかすときに使う小手先の技にすぎない。
マスクがこうした行動に出るときは、決まってテスラ(Tesla)が何らか深刻な状況にあるときだ。2018年に「資金を確保した」とツイートしたときもしかりで(この行為は連邦証券法違反に当たる)、当時テスラは破産寸前にあった。
そして今回。テスラはいま市場競争に晒されつつあり、収益の大半を占める中国市場は絶不調だ。そんななか、マスクはTwitterのボット情報に対して不満をぶちまけ、「好景気が長く続くと、愚かな者の上にまで金が降り注ぐようになる」などの苦言を大声でまくし立てている。
マスクに「超ヤバい予感」を与えているものが現在あるとすれば、それは彼の莫大な個人資産に対する脅威だ。
いつか見た光景
テスラに根強く残る問題は、今や語り草となっている。新製品や納入の期限には常に間に合わず、製品の性能については過剰な期待をさせられる。創業から約20年の歴史の中で黒字になったのは2年だけだ。そして、何度か「社運を賭ける」羽目になったことがあるのもマスク自身が認めるところだ。
例えば、2018年初頭もそうだ。このときマスクは数十億ドルを費やし、テスラのフリーモント工場で、人をほぼ介在することなく車を生産する機械化(「エイリアンドレッドノート」と呼ばれていた)を試みた。
自動車業界がマスクに忠告したとおり、この試みは失敗に終わった。結局、テスラはこれによって失われた時間を取り戻すため2018年春に大量に人員を採用せざるを得なくなった。新たに採用された従業員の一部は、フリーモント工場の外に張られたテントの中、仮設のラインで手作業で組み立てを行う有様だった。しかし、急激な大量採用は急激な人員整理を招く。テスラは6月までに全従業員の9%を解雇しようと試みていた。
この間のマスクの言動は常軌を逸していた。テスラの投資家向けの決算説明会ではウォール街のアナリストを侮辱し、「くだらない馬鹿な質問」をしたと言い放った。Twitter上でもジャーナリスト(ここには筆者も含まれる)と空売り筋を相手に大暴れを続けた。
そうかと思えば、自身が率いるボーリング・カンパニー(Boring Company)が掘削した最初のトンネルを公開したりもした。テスラの所有者が渋滞を避けて地下を走行できるよう意図したものだが、これもマスクお決まりの中途半端な目眩ましでしかなく、ある批評家に「ディスコ照明付きの下水道」とこき下ろされる始末だった。
要するにマスクには、テスラが苦境に陥ると突発的にふさぎ込んで陰気になる癖があるのだ。
テスラの収益性は注意点だらけ
またあのテスラの苦境期に逆戻りしてしまうのだろうか。そうかもしれない。マスクの突飛な振る舞いも確認できる。ロイターが確認したように、マスクはテスラの幹部に宛てた最近のメールの中で、グローバルに採用計画を一時停止し、全従業員の10%をレイオフする必要があると述べている(マスクは後にこの発言をTwitter上で撤回し、向こう1年でテスラ全体の人員は増やすものの、有給職は横ばいになると発言している)。
2022年はテスラにとって気分が悪くなるような状況が続いている。株式市場は急成長中のテック企業に対して逆風が吹いており、過去15年間シリコンバレーの活況に乗じて時代の寵児だったテスラ株は年初来40%下落している。マスクの資金と関心が他に向いていることはテスラの株主にも感づかれており、Twitter買収というマスクの奇妙な聖戦も形無しだ。
それだけではない。テスラの株価は、今やアメリカで本格的な市場競争が始まったという事実を物語っている。
フォードのF150ライトニングは予約で3年待ちとなっており、納車も始まって万事予定どおりだ。ヨーロッパではルノー、フォルクスワーゲン、ヒョンデ(旧ヒュンダイ)にEVの市場シェアを奪われている。
テスラの車種構成は古くなりつつあり、生産が遅れがちであることを考えれば、2021年予定されていたサイバートラックの発売もいつになるか分からない。バイデン大統領はEVメーカーへの支援に熱心なようだが、その対象は労働組合加入を義務付けている企業に限られる(つまりテスラは含まれない)。
調査会社ボンドアングル(Bond Angle)創業者のヴィッキー・ブライアン(Vicki Bryan)によれば、テスラの収益性はまだ注意点だらけだ。同社の決算書を読み込んだところ、テスラの米国事業は惨憺たる状況だという。
ブライアンが計算したところ、内燃エンジン車のメーカーからテスラに支払われる排出権クレジット、および中国事業の売上がなければ、テスラの2021年の米国事業は24億ドル(約3200億円、1ドル=134円換算)の損失となる。また、社員(とりわけマスク本人)への報酬を株式で支払うことで21億ドル(約2800億円)という巨額が収益に上乗せされていることも、同社のキャッシュポジションを支えている。
株式報酬は、社員への報酬を現金で支払って支出に計上するべきところを、報酬として与えた株式をバランスシートに戻すことができるという点で巧みなトリックだ。この方法なら、株価が上がっている間は財務状態は健全に見える。だがひとたび株価が下がればそのぶん負担が増えることになる。果たしてテスラの場合はどちらだろうか。
テスラはまた、収益の源泉でもあった温暖化ガス排出枠(クレジット)の販売ビジネスの衰退にも直面している。
自動車メーカーはさまざまな政府機関から、EVの生産台数のベンチマークをクリアするよう義務付けられている。基準を上回れば「余分に」生産したEVの台数に応じてクレジットを得られ、このクレジットを基準未達のメーカーに売却することができる。
EVのみを製造するテスラは長年、この排出権クレジットを他の自動車メーカーに売却することで巨額の資金を得てきた。しかしEV市場が成長し続けるにつれ、メーカー各社はこうした基準をクリアできるようになり、テスラの余剰クレジットを必要としなくなる。
ということは、この分を埋め合わせるためにテスラの海外事業、とりわけ中国事業に社運がかかってくる。
「中国市場で埋め合わせ」も限界か
2022年がテスラにとって悪い年であるとするならば、中国にとっては非常に悪い年、何も良いところのない惨憺たる年だ。
中国のゼロコロナ政策により、2022年の春には31都市が封鎖に追い込まれ、マスクが予測だにしない形で経済が減速した。5月には李克強首相が共産党員に対し、GDP成長率5.5%という今年の目標は達成不可能であり、第2四半期の成長はゼロになる可能性があると警告した。
マスクにとって、最も不況になってほしくないところがあるとすれば、それは中国だ。
中国経済は、膨れ上がった不動産市場と習近平国家主席による経済改革の試みのせいで、すでに減速していた。そこに加えて、今や16〜24歳の失業率が18.2%に達し、出稼ぎ労働者の失業問題が深刻化するなか、ウイルスが少しでも検出されればその地域を封鎖するというゼロコロナ政策を維持しながら諸問題に対処しなければならない。
これらすべてがテスラに重くのしかかっている。テスラの上海工場は3月に閉鎖に追い込まれた。その後再開し、再び閉鎖し、それから限られた人員で緩やかに再開した。5月26日にようやくフル生産に戻ったが、組み立てラインの稼働停止により5万台の生産ロスが生じた。
テスラの4月の中国生産車の販売台数はわずか1512台。前月比98%の減少だ。ひどい数字ではあるものの、これはまだ供給サイドの問題にすぎない。需要サイドの問題もあるのだ。
中国政府は、国内経済の消費を活性化させるためにできることは何でもしており、4万5000ドル(約600万円)未満のEV購入に補助金まで支給している。
問題は、テスラで一番の人気車種であるSUV「モデルY」が、中国では5万ドル(約670万円)近くするということだ。セダン「モデル3」は4万2000ドル(約560万円)で購入できるが、中国市場では2桁の売上減となっている。一方でBYDなど、低価格帯のEVメーカーは爆発的な販売台数の伸びを見込んでいる。
前出のブライアンは、「中国はこれまで、マスクの米国事業における根強い問題を埋め合わせてきたのだと思いますが、今はその中国市場による埋め合わせができなくなりつつあります」と語る。
マスクは、カリフォルニア州やネバダ州の工場でロックダウンを実施した米国当局に対して露骨に不快感を表したが、中国当局のコロナ関連規制措置に対して否定的な発言をすることはないだろう。というのも、中国共産党はテスラの工場が建つ土地の所有者であり、もしマスクが何か問題行動を起こせば土地とその上にあるすべてを没収すると明言しているからだ。
ちなみに、テスラは2021年初頭、自動車の品質問題で政府系メディアから酷評されるや瞬く間に販売が落ち込み、謝罪を余儀なくされた。そう、あのマスクの会社が謝罪声明を出したのだ。
これはつまり、もし中国での事業に問題が生じた場合、それについて我々がマスクから直接何か聞くことはなくても、マスクの振る舞いからそれと分かることはあるかもしれない、ということだ。
アメリカ経済が不況に陥っていると大仰に宣言したり、不機嫌な態度で契約の履行を拒否したり、敵(今回で言えばTwitterの役員会)に嫌味を言ったり——マスクが壊れるとこうした言動が目立ってくる。
マスクが壊れる理由はいつも同じ。彼のマネーマシンであるテスラが危機に瀕しているからだ。
(編集・常盤亜由子)