コロナ禍で落ち込んだ自動車産業を救うため、中国政府が政策支援に乗り出した。
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6月に上海の封鎖が解除され、経済活動の正常化を急ぐ中国。4、5月に落ち込んだ自動車の販売を回復させるため、消費者に向けた購入支援策が相次ぎ導入されている。自動車購入ニーズは底堅いため、業界団体は政策効果で200万台の販売上積みが期待できるとするが、それは「感染拡大が再燃しなければ」の話でもある。先行きに対する懸念は長期化しそうだ。
状況改善も販売2ケタ減の5月
中国自動車工業協会は6月10日、5月の自動車製造販売の主要指標を発表した。生産台数は前年同期比5.7%減の192万6000台、販売は同12.6%減の186万2000台だ。
同協会は「5月下旬以降、消費刺激策の効果が現れ、生産でもサプライチェーンの正常化が進んでいる」と、上海市、吉林省が封鎖され身動きが取れなかった4月に比べると状況は改善していることを強調するが、それでも販売は2ケタ減だ。
もともと中国では、昨年末からガソリン車を中心に販売に息切れが見られ、ディーラーの在庫が警戒水域にあった。半導体の不足、原材料価格の上昇でメーカーの値上げが相次いだところに、3月中旬以降全国で新型コロナウイルスの感染が拡大し、販売、製造両面に影響が広がった。4-6月期の指標悪化は必至で、市場の注目は「どれだけ回復するか」に集中している。
中央政府・地方政府は5月下旬以降、2020年初めの武漢パンデミック以来の大規模な経済対策を打ち、消費を回復させようとしている。
2カ月ぶりに封鎖が解除され、上海市内の人流も回復しつつある。
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高額品の代表で、産業のすそ野が広い自動車分野も手厚い支援策が次々に発表されている。
国務院常務会議は5月23日、乗用車の取得税を総額600億元(約1兆2000億円)減免すると決定した。
6~12月の間、30万元(約600万円)以下で排気量が2000cc以下の乗用車を対象に、取得税を半減する。
地方でも独自の支援策が相次ぐ。
4月の新車販売台数が「ゼロ」だった上海市は、同市が選定するEVを購入した場合、1万元(約20万円)の補助金を支給することを決めた。
広東省は同省ナンバーの自動車の買い替えに、1台あたり3000~1万元(約6万~20万円)の補助金を支給する。6月中に新エネルギー車を購入した個人消費者にも、8000元(約16万円)の補助金を出す。ナンバープレートの発給制限も緩和し、広州市は6月末までに3万枚、深圳市は年内に2万枚を追加する。
遼寧省瀋陽市は自動車を購入する消費者に総額1億元(約20億円)の補助金を組んだ。広州市、天津市の一部地区、杭州市でも自動車購入に使えるクーポン券などを発行する。
取得税の補助などを通じて実質的な値下げを行うメーカーも増えている。現地の報道によると大手36社が販促キャンペーンを展開しているという。半導体不足と原材料の高騰で、今年初めには多くの自動車メーカーが値上げに踏み切ったが、戦略の修正を迫られた形だ。
幅広い車種に恩恵及ぶ大型減税
政策支援に対する業界の期待は高い。特に中央政府の600億元減税は大きな追い風と受け止められている。業界団体の乗用車市場信息聯席会は5月中旬に2022年の乗用車販売台数の予想を下方修正し、前年比6%減の1900万台にとどまるとしたが、政策発表を受け「200万台の上積みが見込めるため年初予想の2100万台が達成可能」と再修正した。
減税対象となる車種が多いため、中国メーカー、外国との合弁メーカーだけでなく、高級車ブランドにも恩恵が及ぶという。
また、コロナ禍で低迷する自動車市場でも、3月にガソリン車の生産を終了したBYDの好調ぶりは際立っている。5月の販売台数は前年同月の約3倍の11万4943台に伸び、1〜5月では同348%増の50万7314台(ガソリン車含む)と、上海封鎖の影響をほぼ受けていない。2021年3月に発売したプラグインハイブリッド車(PHV)「宋PLUS DM-i」の売れ行きが好調で、6月7日には時価総額がフォルクスワーゲンを抜き、テスラ、トヨタ自動車に次ぐ世界3位に上昇した。
「需要の先食い」懸念も
ガソリン車の生産を終了したBYDはコロナ禍でも快進撃を続けている。
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ただ、先行きをポジティブに評価する業界団体とは対照的に、販売現場の雰囲気は楽観的とはほど遠い。北京、上海のディーラーは5月末時点でも営業再開がままならず、回復を実感できずにいる。
最初に感染が拡大した2020年は、武漢封鎖が解かれると「終息」ムードが広がり消費がV字回復した。しかし今回は、昨年末から全国各地での厳しい行動制限と混乱が繰り返され、上海封鎖が解除されても、国民には「再びロックダウンされるのでは」との疑いがくすぶる。北京ではバーでクラスターが発生し、上海では「6月20日に再び封鎖される」とのデマが流れ、当局が否定に躍起になっている。
実際、上海市は3月中旬まで「封鎖はあり得ない」と強調しながらロックダウンし、「8日の予定」だったのも2カ月に延びた。
経済回復に自信が持てなければ車の買い替えを遅らせ、予算を下げ、最終的には買い替えを諦めるかもしれない。
新卒の大学生の就職難や内定取り消しは既に表面化しているが、労働者の収入減、失業が今後深刻化するとの見方も多い。
政府が自動車取得税減免を打ち出した日、自動車メーカーの株価は軒並み上昇したが、短期間でほぼ元に戻った。大型減税によって一時的に市場が回復したとしても、需要の先食いを招き、長期的にはプラスにならないとの懸念もあり、期待と疑念が交錯する状況が当面続きそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。