2004年5月、ニューヨークのオークションハウス、サザビーズで、1億4168万8000ドルで落札されたパブロ・ピカソの絵画『パイプを持つ少年』。
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美術品を担保とした融資は、エリート層向けのプライベートバンクにおいて人気のあるサービスだ。税金がかかるので株式や不動産は売りたくないが現金が必要な富裕層にとっては、美術品コレクションを利用することが解決策となる。
デロイト(Deloitte)の試算によると、この市場は2021年には240億ドル(約3兆2400億円、1ドル=135円換算)から282億ドル(約3兆8100億円)へと成長し、2022年には最大313億ドル(約4兆2300億円)に達するという成長市場だ。
プライベートバンクがこれらの融資の大部分を占めるが、277年の歴史を持つオークションハウスのサザビーズは、この市場でシェア拡大を狙っている。サザビーズが金融サービス部門の強化に乗り出したのは、2020年9月に元ヘッジファンドマネジャーのアレックス・クラビン(Alex Klabin)がサザビーズの少数株主となり、金融ユニットのエグゼクティブチェアに就任したのがきっかけだ。
クラビンが経営に参画して以降、サザビーズの金融サービス部門の人員は30人へと倍増し、さらに採用が進んでいる。最も注目すべきは、JPモルガン(JPMorgan)に24年間勤めたベテランで、米国融資ソリューションの責任者だったスコット・ミライセン(Scott Milleisen)を2021年11月に引き抜いたことだ。
ミライセンはInsiderに対し、自分の使命はサザビーズの融資事業をプライベートバンクと同レベルにまで成長させることだと語る。ハイエンドの富裕顧客をめぐる競争は激しいが、融資の資金要件に関しては他社よりサザビーズのほうが柔軟だと彼は言う。
サザビーズの融資部門責任者を務めるスコット・ミライセン。
Sotheby's提供
プライベートバンクは現代美術やモダンアートに重点を置く傾向があるが、サザビーズは自社が販売するほぼ全ての種類の物品(ワインや腕時計も含むが、NFTは除く)に対し、200万ドル(約2億7000万円)から1億5000万osieドル(約202億円)の融資を行う。例えば、サザビーズは現在、オールドマスター絵画のコレクションを担保とした大型融資を準備中だ。
サザビーズは融資残高を開示していないが、融資の需要は高く、残高は年率で35%増加したという。サザビーズは非公開化する前の2019年9月30日時点では8億5100万ドル(約1150億円)の有担保融資を報告していた。
ミライセンは「返済原資として担保だけに頼っているなら、その担保について熟知する必要があります」と語る。「我々が評価を作り、それらの物品の市場を作っているので、このやり方が非常にうまくいっているのです」
サザビーズの融資の仕組みとは?
サザビーズの融資は株式投資家と銀行の貸し手(ミライセンは彼らの名前を明かしていない)から資金調達している。融資は通常2年で満期となるが、多くの人が更新する。担保となった物品のほとんどはサザビーズか提携先の倉庫に保管される。自然光やセキュリティに関するサザビーズの仕様に沿って保管できるのであれば、借り手が美術品を自宅に置くことを許可する場合もある。一部の銀行も、借り手が物品を自分の家に保管することを許可している。
サザビーズの融資は通常、担保価値の50~60%と、プライベートバンクと同程度だ。しかし、プライベートバンクはサザビーズと比較すると、より低い金利で融資可能だ。
ミライセンによると、プライベートバンクは通常、担保付翌日物調達金利(基準融資金利の1つ、ここ数週間は0.79%前後)に150〜250ベーシスポイント上乗せして貸し出すという。サザビーズは一般的に、プライベートバンクより約2%高い水準で貸し出す。
しかし、サザビーズの融資には最低純資産額などの財務条項がなく、融資に必要とされる財務開示も少ない。このように担保に関して柔軟性がきくのは、サザビーズが2019年にフランス通信業界の億万長者パトリック・ドライ(Patrick Drahi)所有の非上場企業になったためでもある。またサザビーズでは、融資の際に借り手より担保の品質を重視している。
「銀行は借り手のキャッシュフローと流動性を第一の返済原資として見ており、美術品は第二の潜在的な返済原資として見ています」とミライセンは言う。「プライベートバンクは比較的高い基準で貸付を行っています。我々も高い基準を保っていますが、その基準を借り手ではなく、美術品に適用しているだけなのです」
ボラティリティの高い市場では美術品担保の融資に魅力
サザビーズは2021年4月に、落札者が落札額の50%だけを前払いするというBNPL(Buy Now Pay Later:後払い)プログラムを開始した。
こうした融資は美術品を購入するための資金だが、ミライセンには別の狙いもある。美術品を担保とした融資は、納税や企業への投資など、美術品収集以外の用途にも使えることを顧客に知ってもらうためだ。
「美術品を担保とした融資は、美術品の購入以外の目的に使ってはいけないと思われがちですが、それは誤解です」と彼は言う。「実際には、用途を問わず美術品を担保にして借りることができるのです」
融資事業の利用者の大半は、既にオークションバイヤーである顧客か、購入を準備している顧客だ。しかしサザビーズは、大規模なコレクションを持つ人たちに積極的にアプローチしているという。
最近の株式市場の低迷が融資の需要にも影響するか、今の段階ではまだ判断できないとミライセンは付け加える。
しかし、美術品を担保とした融資は、経済のボラティリティが高まっている時にはより魅了的になり得る。現金が必要な顧客にとっては、金利が多少高くても美術品を担保に融資を受けたほうが、株を格安で売るより痛手にならずに済む。
「富裕層の流動性は、半年前よりはるかに厳しくなっていますからね」と彼は言う。
(編集・大門小百合)