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過去5年ほど、ナイキ(Nike)やビルケンシュトック(Birkenstock)などのブランド各社は、アマゾンのストアフロントから撤退してD2C(Direct-to-Consumer)のチャネルに注力し、顧客との関係を独自に築いてきた。
こうした動きは、オールバーズ(Allbirds)やハリーズ(Harry's)など、消費者に直接販売するほうが優れたビジネス手法であるという前提で立ち上げられた新興企業に触発されたものだった。
しかし、日々の運営のほか、FacebookやInstagramなど従来の顧客獲得手段の管理にかかるコストがかさむようになるにつれ、デジタルネイティブなブランドはアマゾンという選択肢も悪くないと考えるようになってきている。
アマゾンの新機能「Buy With Prime」の破壊力
アップルが2021年4月に「アプリのトラッキングの透明性(ATT:App Tracking Transparency)」機能を導入したことで、iPhoneユーザーはFacebookなどのアプリを使用する際にデータトラッキングを拒否できるようになった。
そのため、D2Cブランド側はSNS広告で顧客をターゲティングすることが難しくなったうえ、フェデックス(FedEx)やUPSによる配送料金の値上げもあって2022年に入りかなりのコスト高になっている。
一方、サプライチェーン問題は依然として残っている。そのようななか、アマゾンが新機能「Buy With Prime」を発表した。この機能を使うと、D2Cブランド各社は自社のウェブサイト上でありながらアマゾンのフルフィルメントサービスを利用して販売することができる。D2Cブランドがアマゾンのプラットフォームを試すにはもってこいの仕組みだ。
「ここ1年〜1年半でいろいろな逆風を受けて、ブランド各社は新たな収益性が望める増収策を調べるようになりました」と言うのは、D2C持株会社ウィン・ブランズ・グループ(Win Brands Group)の創業者兼CEOであるカイル・ウィドリック(Kyle Widrick)だ。「求めるものがアマゾンで見つかるかどうかはさておき、ブランド各社がアマゾンを試すのは当然の成り行きです」
ウィドリックは、キャンドルを販売するホームシック(Homesick)やブランケットを扱うグラビティ(Gravity)など、買収したブランドのオムニチャネル流通戦略の立ち上げを支援している。「たとえメインとなるチャネルがD2Cであろうと、すべてのブランドがアマゾンで存在感を示す必要がある」というのがウィドリックの持論だ。
「アマゾンは世界最大のショッピングモールですからね。だからこそ、アマゾンで本格展開するかどうかは別として、取り扱いブランドになっておく必要はあります」
アマゾンは「よくできた仕組み」
ウィドリックの路線を踏襲するD2Cブランドは増加傾向にある。ハリーズのCEOであるジェフ・レイダー(Jeff Raider)は、2019年にモダンリテール(Modern Retail)誌の取材を受けた際にはECプラットフォームでの販売予定はないと述べていたのに、2021年になるとアマゾンのブランドストアを開設した。
キャラウェイ(Caraway)、ユアスーパー(Your Super)、フライ・バイ・ジン(Fly by Jing)、バイト(Bite)といったブランドも、2022年入り続々とアマゾンへ参入したり投下するリソースを増やしたりしている。
キャラウェイがアマゾン内に解説したECページ。
Amazon.com
セラミック調理器具を製造するキャラウェイは、小売事業の幅を広げるべく3月中旬にアマゾンで販売を開始した。同ブランドはもともと2019年11月にD2C事業としてスタートしたが、現在はベッド・バス・アンド・ビヨンド(Bed Bath & Beyond)でも販売しているほか、クレイト&バレル(Crate & Barrel)にも一部の限定カラーを提供している。
キャラウェイの創業者兼CEOであるジョーダン・ネイサン(Jordan Nathan)は、アマゾンのプラットフォームに心が動いた理由として、自分たちでブランドのストアフロントページをデザインできる点を挙げる。
「アマゾンのプラットフォームでありながらユーザー(D2Cブランド)が自社のブランド力を発揮できる。よくできた仕組みですよ。大きな進歩だと思います。アマゾンの店舗内に自社の店舗をつくって、そのページに商品を並べられるんですから」
当初の計画では、キャラウェイは2023年にアマゾンで販売し始める予定だった。しかし顧客獲得コストが上昇しているため、発売を前倒しした。「D2Cの顧客獲得コストが上がった分、バランスがとれています」とネイサンは述べる。
アマゾンのユニファイドコマース担当責任者ファヒム・ナイーム(Fahim Naim)は、ブランド各社に対してECプラットフォームの活用を支援するコンサルティングサービスを提供している。そのナイームいわく、以前はアマゾンの利点をブランドに説得しなければならなかったが、最近のD2Cブランドに対しては、それほど説得を必要としないという。
ナイームは、既存のクライアントだけでなく、アマゾン向けの予算を増やしたいと考えている新規のクライアントからの関心が2022年以降急上昇していると語る。
「いささか性急すぎるきらいもあります。最近のブランドは以前ほど躊躇がなく、とるものとりあえずアマゾンで販売を始める、というところもあるほどです」
「リテーラー」ではなく「ツール」
ただしアマゾンでの立ち上げは、従来のリテーラーと提携するより高い費用対効果が得られる場合もあるが、顧客獲得コストを安くすませたいブランドにとってはFacebookに完全に取って代わるものではないのも事実だ。
デジタルコマースコンサルティング会社モーフォロジー(Morphology)の創業者キャサリン・マッキー(Katharine McKee)は次のように語る。
「アマゾンは驚くほど効率的です。ありとあらゆる人にアクセスできるわけですから。ただし、アマゾンはリテーラーではなくツールなので、そのツールを正しく使う用意がないと厳しいですね」
マッキーは、アマゾンに対するD2Cブランドの見方はこの1年で「一変した」と語り、ナイーム同様、アマゾン・マーケットプレイスへの参入を希望するD2Cクライアントが増えていると明かす。
その多くは、リテールで販売を始めたものの手数料が予想外にかかり、失望を味わった経験を持つD2Cブランドたちだ。こうしたブランドにとって、アマゾン・マーケットプレイスは「まさに最後の手段」(マッキー)なのだ。
それでも、D2Cブランドがアマゾンの利用規約に従い、プラットフォームの使い方を学ぶ意思さえあれば、その恩恵を受けて高い収益還元を得られる、とマッキーは言う。
「アマゾンは本当によくできたツールです。ただしアマゾンにしてみれば、あらゆる商品を自社サイトに掲載することにしか興味はありません。
もしブランド各社のオーナーが、リーチと効率を高めるためにこのツールを使いたいと思うなら、アマゾンは同じ目標を分かち合うパートナーではないことを肝に銘じておく必要があります。アマゾンにとっては、ブランドが成功しようがしまいが関係ありませんから」
マッキーいわく、アマゾンに参入するブランドは往々にして、アマゾンが従来のリテーラーと同じようにサポートしてくれると期待してしまいがちだ。
「これがターゲット(Target)やノードストローム(Nordstrom)なら、ブランド各社が成功すれば自社の利益にもつながりますから、困り事があれば助けてくれます。でもアマゾンに問題を解決してほしいと頼っても、『自分で何とかしてください』と言われるのが関の山です」
アマゾンに参入するにあたり、D2C企業は強いブランド認知度、豊富な在庫、そしてアルゴリズム構造から注文処理までアマゾン専属のチームをつくるべきだと、ナイームとマッキーは口をそろえる。
うまくいけば、アマゾンはブランドにとって「最も費用対効果の高い」プラットフォームとなりうる。アマゾンで販売するには手数料がかかるが、従来のリテーラー(商品を前払いして購入し、売れ残りや返品、不良在庫に対して料金を請求するビジネスモデル)と比べると、アマゾンのプラットフォームがブランドの利益率を押し下げる可能性は低いと、ナイームとマッキーは見ている。
またナイームによれば、アマゾン以外での広告に予算を割くことで、アマゾンの検索結果で自社ブランドの存在感を高めることもできる。そのブランド名で検索される可能性が高まるからだ。
「早い段階で広告費をかけ、メディアや外部広告を通じてある程度注目を集めれば、より低コストで楽にアマゾンを活用することができます」
(編集・常盤亜由子)