5月24日、日米豪印の4カ国枠組み「クアッド(Quad)」首脳会合のあと、4カ国フェローシップ創設記念行事に参加した岸田首相とバイデン米大統領。
Yuichi Yamazaki/Pool via REUTERS
バイデン米大統領が5月末、韓国、日本との首脳会談に続き、東京でアジアとの多国間枠組み会合を開くなどアジアを初めて歴訪した。
アジア諸国を対中抑止と包囲戦略に引き込むのが主な狙いだったが、米中対立に巻き込まれるのを嫌うアジア諸国との溝(みぞ)は埋まらなかった。
理念優先の価値観外交では、実利重視のアジア諸国はなびかない。日本のアジアにおける「アイデンティティ危機」も浮き彫りになった。
アジア太平洋こそアメリカの「主戦場」
ロシア・ウクライナ戦争の最中にもかかわらず、バイデン氏が自らアジアに乗り込んだのは、中国との戦いを有利に展開するうえで、アジア太平洋地域こそが「主戦場」とのメッセージを発するためだ。
このため、まず同盟国の日本との首脳会談(5月23日)では、台湾海峡有事を念頭にした対中抑止力をいっそう強化することで合意した。
続いて東京で「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を創設し(5月23日)、日米豪印4カ国枠組み「クアッド(Quad)」首脳会合を開催。インドと東南アジア諸国の取り込みを狙ったのだった。
上述の日米首脳会談について簡単におさらいしておこう。
最大のポイントである対中抑止と包囲戦略に光を当てると、対中「戦争シナリオ」がほぼ完成しつつあることが分かる。
2021年4月に米ワシントンで開かれた菅・バイデン首脳会談は、(1)台湾問題を半世紀ぶりに共同声明に盛り込み、日米安保の性格を地域の「安定装置」から「対中同盟」に変質させ(2)日本が軍事力を強化する決意を表明し(3)台湾有事に備えた日米共同作戦計画を策定する、の3点について合意した。
今回の首脳会談では、(a)日米同盟の抑止力・対処力の早急な強化を再確認(b)日本の防衛力を抜本的に強化し、防衛費の増額を確保(c)日米の安全保障・防衛協力の拡大・深化で一致(d)アメリカは日本の防衛への関与をあらためて表明、拡大抑止の確保のための緊密な意思疎通で一致、したと岸田氏は記者会見で語っている。
(b)の日本の防衛力強化については、会談後の日米首脳共同声明に、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有を含めた「あらゆる選択肢を検討する決意」と、防衛予算の国内総生産(GDP)比2%への増額に含みを持たせる「防衛費の相当な増額」という表現を盛り込んだ。
米中対立が激化するなかで、アメリカと日本が台湾海峡危機を煽(あお)る狙いのひとつが、日米の統合抑止力・対応力の強化と、日本の軍事力強化にあることがよく分かる。
日米安保の最大課題として台湾問題を据えてからわずか1年で、対中軍事態勢が格段に整備されつつあるのは驚きだ。
対中排除薄まった「インド太平洋経済枠組み」
本題のアジア外交に入ろう。
日米首脳会談に続いて、バイデン大統領提唱の「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」が創設された。隠れた主役は、排除と包囲の対象とされた中国、それにインドだ。
インドの外交機軸は「非同盟」「全方位外交」にあり、対中軍事同盟の構築にはきわめて消極的。そのポジションは、IPEFとクアッドの性格と方向を左右しかねないだけに、日米ともに文字通り「腫(は)れ物に触る」ようにインドには慎重に対応した。
そもそもIPEFとは何か。
バイデン政権は、中国が環太平洋経済連携協定(TPP11)加盟を申請した翌月の2021年10月末、東アジアサミットでIPEFの創設構想を発表した。
アメリカはトランプ政権時代のTPP離脱によって、アジアでの通商分野の足場を失った。この劣勢を挽回しなければ、「インド太平洋戦略」を展開する地域で対中競争に勝てない。
IPEFの狙いは主として、半導体製造に関わるサプライチェーンから中国を排除することにあるとみられてきた。
だが、中国とのサプライチェーンから切り離されて困るのはアジア諸国なのだ。IPEFは市場開放策ではないのでアジア諸国にとって魅力がない。バイデン政権が慌てて準備した「泥縄」のイメージは拭えない。
具体的には、貿易、サプライチェーン、インフラ・脱炭素、税・反汚職の4分野が柱。
創設メンバーには日米豪印に加え、韓国、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン、ニュージーランド、フィジーと想定以上の14カ国が集まった。
その理由は、経済連携協定の締結を上記の4分野ごとに設定し、参加のハードルを下げたこと。また、台湾の参加を認めなかったことにある。
最初から台湾をメンバーに入れれば、「一つの中国」政策を意識する東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国が警戒し、参加を足踏みすると懸念したためだ。
その結果、対中排除の狙いもかなり薄められた。参加国の多くにとって、リスクヘッジ(危険回避)とお付き合いの意味が強まったようだ。
クアッド首脳会合も中ロ「名指し批判」は盛り込めず
5月24日、日米豪印の4カ国枠組み「クアッド(Quad)」首脳会合のあと、4カ国フェローシップ創設記念行事に参加した(左から)アルバニージ豪首相、バイデン米大統領、岸田首相、モディ印首相。
Yuichi Yamazaki/Pool via REUTERS
一方、日米豪印のクアッド首脳会合(5月24日)は、2021年3月を最初にすでに今回で4回目を数える。
共同声明には、(1)今後5年間で同地域のインフラ整備に500億ドル超を注入(2)違法漁業監視のため周辺各国との情報共有を促進(3)いかなる地域でも主権や領土の一体性原則を尊重する必要を確認、などが盛り込まれた。
途上国へのインフラ投資支援を目玉にしたのは、中国が進める「一帯一路」に対抗して、経済面からアジアを引き寄せようという意図がにじむ。
岸田氏は記者会見で、(a)インド太平洋地域で力による一方的な現状変更を許してはならないと発信できた(b)ウクライナ侵攻をめぐり懸念を表明した、ことを強調した。
しかし、共同声明には中国とロシアの名指し批判は盛り込めなかった。いずれも対中同盟に消極的なインドとアジア諸国に配慮したからだ。
クアッドの初めての首脳会合(2021年3月12日、オンライン)の際は、新型コロナウイルスのインド製ワクチンを途上国に供与する枠組みを前面に出した。
当時の共同声明でも中国への名指し批判は一切封じており、これからもよほどの情勢変化がない限り、名指し批判は難しいだろう。
インドを包摂することが同盟強化の弾みになるのか、それとも米日の足を引っ張る重荷になるのか、クアッドの性格をめぐる議論は今後も続くと思われる。
低下する日本の存在感
アジアで求心力を低下させるアメリカは、橋頭保(きょうとうほ)構築の役割を同じアジアの日本に頼った。
アジア諸国の多くが、中国への抑止や排除、包囲に消極的な理由は何か。
日本の外務省は5月25日、2021年度「海外対日世論調査」の結果を発表。ASEAN諸国の人々が考える「今後重要なパートナーとなる国」は、中国が48%と最多で、2位の日本(43%)を上回った。
背景には、2009年に日本とASEANの貿易額が中国に初めて追い抜かれ、2021年には3倍近くその差が開くなど、地域における日本の存在感の低下がある。
シンガポールのリー・シェンロン首相は、米中対立について「民主主義対権威主義という図式にはめ込むのは、終わりのない善悪の議論に足を突っ込むことになり賢明でない」と、理念優先の価値観外交を批判(日本経済新聞、5月23日付)。
さらに「アジアの多くの国は米中双方との良好な関係を享受している。(中略)2つのブロックに分裂して対抗し合うよりも望ましい」として、米中双方から実利を得ているアジアの現状を代弁した。
そこで問われるのが、日本のアジアに対するポジションだ。
外交と安保政策で常にアメリカの方針に忠実な日本の姿勢は、多くのアジア諸国の支持を得られているのだろうか。
岸田首相は、経済衰退とともに影響力が薄れている現状を棚上げし、ことあるごとに日本を「アジア唯一の主要7カ国(G7)メンバー」と強調する。そのようにアジアを高みから見下ろす視線は、日本の近代化の初期から戦後を経ても変わっていない。
日本(人)のアイデンティティが、G7のメンバーという「名誉白人」的な虚像のままだとすれば、アジア諸国側から見える「中国に次ぐ2番手」イメージとの落差は開く一方だ。
日本はこの自他認識のギャップを埋めなくては、アジアでの対中抑止や包囲戦略の成功はおろか、成長著しいアジアのなかで日本再生の手がかりをつかむチャンスを逃してしまうだろう。
(文・岡田充)
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。