イタリア・ローマで充電ステーションにつながれたEV車両。
REUTERS/Guglielmo Mangiapane
欧州連合(EU)の立法府である欧州議会が6月8日、2035年から新車の販売をゼロエミッション車(温室効果ガスを排出しない車)に限定する法案を可決した。6月末の閣僚理事会(各国閣僚による立法採択・政策調整の場)で「承認」が得られれば、法案が正式に成立することになる。
そもそもはEUの執行機関である欧州委員会が2021年7月に発表した、気候変動対策に関する包括的な法案の政策文書(コミュニケーションと呼ばれる)の中に、この法案が含まれていた。当時から日本でも非常に注目されており、それが成立に近づいた形だ。
ゼロエミッション車法案の問題点
コロナショック以前まで、EUの新車販売台数(乗用車)は年間1500万台程度だった。コロナショック後の2020年と2021年の2年間は、半導体不足の影響も大きく年間900万台レベルにまで水準が低下している。2021年の新車登録台数は約970万台、うちBEVは前年比6割増の87.8万台、新車に占める割合も9.1%と急拡大した。
このBEVの急速な普及の裏には、企業平均燃費規制(通称CAFE規制)の強化がある。温室効果ガスの排出の抑制を迫られた自動車各社は、BEVやハイブリット車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)の増産を余儀なくされた。また各国で景気対策の観点もあって購入支援策が取られたことも、BEVの急速な普及を後押した。
しかし、購入支援策は各国の財政余力に負うところが大きい。ドイツやフランスなどの大国、ないしは財政が健全で所得も高い北欧諸国であれば潤沢な補助ができる一方で、所得が低い中東欧諸国では補助に限界がある。
このことはゼロエミッション車の普及に欠かせない充電スタンドや水素ステーションといったインフラ整備にも指摘できる。27カ国全てで、等しくインフラを整備できるわけではないのだ。
これらの諸問題を考えると、「2035年のゼロエミッション車100%」という目標はやはり野心的だ。
実は、欧州人民党グループは今回の審議にあたり、「2035年にゼロエミッション車を90%、また100%にする時期を明示しない」という代替案を用意していた。「2035年のゼロエミッション車100%」という目標が野心的過ぎると判断したからだ。
高い目標を掲げれば現実が後からついてくるという意見もあるだろうが、現実的な解決策を探るべき政策当事者としては、欧州人民党グループの代替案の方が真摯だったと言えるのではないか。
中東欧で中国製EVが普及する可能性も
中国・北京でメディア向けに公開されたバイドゥ(百度)のEV部門「Jidu Auto」のコンセプトカー「ROBO-01」。Jidu Autoは中国の大手自動車メーカー吉利汽車(ジーリー)との合弁会社。6月8日撮影。
REUTERS/Tingshu Wang
ところで自動車は、中古車市場において高値で取引されるからこそ資産性を持つ。ヨーロッパ全体を見回したとき、中東欧の市場で中古車が取引されるからこそ、西欧や北欧の新車は資産性を持つと言える。車両単価が高いBEVやFCVだが、それが資産性を保つためには、中東欧の市場で中古車取引が活発化する必要がある。
しかし、中東欧諸国で充電スタンドや水素ステーションといったインフラの整備が順調に進むか定かではない。先述したように中東欧の所得水準は西欧や北欧よりも低く、財政にも余裕がない。
さらに、現状でも電力供給に余力があるわけではないため、充電スタンドに割り当てるだけの電力を安定的に生産できるのか?という疑問もある。
中東欧で(中古)BEVの普及が遅れれば、西欧や北欧でも(新車)BEVの資産性が低下してしまう恐れがある。そうなれば、西欧や北欧でもBEVの買い替えが進まず、そのことがBEVの普及を妨げる事態になるかもしれない。
そうした状況を考えると、むしろ中東欧では、バッテリー交換方式のBEVが普及するかもしれない、と筆者は考えている。ノルウェーのオスロで実証実験が始まっているが、比較的廉価であるし、充電スタンドを整備するコストがかからないという利点がある。(バッテリー自体を交換して走るので)充電のための時間も要らない。
(注:上の動画では英BBCによるバッテリー交換式EVの実演が見られる)
この方式は中国で先行しており、競争力も高い。とはいえ、EUは安全保障上の理由から中国と距離を置き、BEVに関して実質的にEU域内での生産からの採用を模索している。中国産のBEV車両が大量流入するような展開は、本来なら受け入れられないはずだ。
日系メーカーはHVやPHVの道を模索するのが得策か
2021年11月10日に同年最大規模の新規株式公開(IPO)を果たしたリビアン(Rivian)
REUTERS/Brendan McDermid
確かに、BEVやFCVの普及は世界的なメガトレンドである。
そのフロントランナーを自負するEUであるが、一方で懸念される事項は山積みのままだ。走りながら答えを模索するのだろうが、現状に鑑みれば、2035年までに新車の販売をゼロエミッション車に限定するというEUの方針は「見切り発車」の印象が否めない。
米国は2030年までに新車の販売をゼロエミッション車にするという目標を立てているが、米国ではゼロエミッション車にPHVも含まれる。また中国は、2035年までに新車の販売の50%をEVにする一方、残り50%をHVにする目標を立てている。
日本は2035年までに新車の販売を電動車に限定するが、HVやPHVも含まれる。
米FordのEVピックアップトラック「F-150ライトニング」。ガソリン車ならエンジンがあるボンネット内部はトランクになっている。
出典:Ford
ライフサイクル・アセスメントの観点から言えば、BEVよりもHVやPHVの方が温室効果ガスの排出が少ないという試算もある。それにHVやPHVも、さらなる技術革新で温室効果ガスの排出を抑制できる可能性がある。米国に中国、そして日本は、そうした「BEV以外の手段」で自動車の脱炭素化の実現を模索する可能性が残されている。
日系主要メーカーもEVの生産を強化すると宣言している。2030年までにトヨタがEVを350万台、ホンダは200万台超を生産するとし、日産は車種の50%分以上をHVやPHVを含む電動車にするとした。数値の是非はともかく、各社ともHVやPHVの道筋を残したのがポイントだ。米中や途上国の市場を見据えた場合、これは正しい選択ではないか。
しかしEUの場合、今月末にもゼロエミッション車法案を成立させることで、自らHVやPHVの可能性を放棄することになる。EUがその目論見通りBEVの世界的な技術覇権を掌握できるのか。あるいは、EUがBEVをめぐって「ガラパゴス化」していくのか。それとも、目標が達成できず有耶無耶なかたちで反故にされていくのか。
少なくともEUは今後、懸念事項が山積しているにもかかわらず、それらの具体的な解決策を見出していると言えないまま、ゼロエミッション車100%の道を突き進むことになりそうだ。
(文・土田 陽介)