ARとVR業界のスタートアップには多額の投資資金が入っている。
Volodymyr Shtun / EyeEm
長い間、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)は、エンターテインメントに限定されたニッチなテクノロジーとみなされてきた。これまでAR/VR市場はロブロックス(Roblox)やインプロバブル(Improbable)などのゲーム会社が独占していたが、医療トレーニングから建設、オンライン通販、会議まで利用の幅が広がり、あらゆるものに影響を及ぼす技術として投資家の注目を集めるようになった。
これらの技術が広く普及することが確実になると、マーク・ザッカーバーグは、自社のビジネスの舵をメタバース基盤の未来へと大きく切ることを強調するべく、フェイスブックの持株会社の社名をメタ(Meta)へと変更した。他方アップルは、ARとVRの両方を1つの機器に統合する独自の複合現実体感ヘッドセットを発表すると報じられている。
VRとは、感覚・触覚技術を利用して完全な仮想環境で現実世界の体験をシミュレートするものであり、通常はヘッドセットを介してアクセスする。一方ARとは、ユーザーの既存の環境に情報を追加するものであり、ヘッドセットではなくスマートフォンや眼鏡を介してアクセスするものだ。画像やアニメーションが現実の物体に重ね合わせられ、2つの世界が共存する。
2021年、ARやVRのスタートアップ企業に対する投資家の関心はこれまでで最高レベルに達し、スタートアップ企業のデータを提供するディールルーム(Dealroom)によると、これらの企業への投資額は、世界で72億ドル(約9720億円、1ドル=135円換算)に到達した。
ARやVRのスタートアップ企業に投資するベンチャーキャピタル(VC)、7パーセント・ベンチャーズ(7percent Ventures)で創業パートナーを務めるアンドリュー・J・スコット(Andrew J Scott)は、次のように述べる。
「メタバースを構成するものの多くは、現実の世界と完全に切り離されることはないでしょう。両方の世界をつなぐ企業が大きく成長すると考えています」
Eコマース小売業者向けのARマーケティングのスタートアップ企業、ポプラー(Poplar)創業者兼CEOであるデイビッド・リパート(David Ripert)は、これまでの投資はアメリカがほぼ独占していたものの、パンデミックを経験した現在は、ヨーロッパからの投資が勢いづいているとみる。
最近、ヨーロッパを拠点とするFOVベンチャーズ(FOV Ventures)が、メタバースで活動するスタートアップ企業向けの新しいファンドを立ち上げた。この業界に注目する投資家が増える中、このようなファンドはヨーロッパでは初の試みとなる。
2022年度第1四半期においては、AR/VRのスタートアップ企業に対してVCが注ぎ込んだ額は44億ドル(約5940億円、1ドル=135円換算)。2022年にはさらに多くの資金が投資家から集まりそうだ。
本稿では、トップVCが選んだ将来有望なAR/VRスタートアップの中から10社を紹介する。
1. アーサーデジタル(Arthur Digital):ハイブリッドワーク向けの仮想オフィス空間を構築
アーサーデジタルの共同創業者兼CEO、クリストフ・フライシュマン。
Christoph Fleischmann
設立:2016年
本社所在地:カリフォルニア
調達総額:255万ドル(約3億4400万円)
推薦者:アダム・ドレイパー(ブーストVC〔Boost VC〕創業者兼マネージングディレクター)
出資者:ブーストVC、ドレイパー・ベンチャー・ネットワーク(Draper Venture Network)、ドレイパー・アソシエイツ(Draper Associates)、クライメート・キャピタル(Climate Capital)、アノラック・ベンチャーズ(Anorak Ventures)
事業内容:従業員たちがアバターを使って仮想環境で働くことのできるメタバース内の拡張オフィス空間を構築。仮想デスク、コンピューター、ホワイトボードにもアクセスでき、物理的なオフィスと同じような空間を作り出している。
共同創業者兼CEOであるクリストフ・フライシュマン(Christoph Fleischmann)はフォーブスの取材に対し、アーサーは法外なオフィス費用や出張費をかけることなく、二酸化炭素排出量を最小限に抑えながら、「ハイブリッドワーク環境で社内コミュニケーションを解決する」機会を企業に提供することを目指しているという。
2021年9月に新しく発売された「プロフェッショナル版」には、1つの仮想空間に70体以上のアバターが用意されている。このプラットフォームのベータテストにはPwCや国連などが参加。バーチャル会議やグループイベントに拡大するべく技術が高められている。
2. ビーム(Beem):メタバース内のコミュニケーション技術を開発
ビームの創業者兼CEO、ヤノシュ・アムシュトッツ。
Beem
設立:2017年
本社所在地:ロンドン
調達総額:656万ドル(約8億8500万円)
推薦者:アセンション(Ascension)
出資者:アセンション、5ライオン・ホールディングス(5Lion Holdings)、イナーシャ・ベンチャーズ(Inertia Ventures)、Qベンチャーズ(Q Ventures)
事業内容:拡張現実(AR)において、ライブまたはオンデマンドで他者とコミュニケーションできるテクノロジーを開発。創業者兼CEOであるヤノシュ・アムシュトッツ(Janosch Amstutz)によれば、このテクノロジーは、仮想空間でのファッションショーからパーソナライズされた居間でのコンサートまで、幅広い用途に対応しているという。
同社は、ワーナーミュージックやH&Mと事業を行った実績もあり、自社製品に適した市場を模索してきた。2022年2月、ビームはシードラウンドで400万ドル(約5億4000万円)を調達し、現在はVRグラスのユーザーにもプラットフォームを拡大しようとしている。
「メタバースゲームの先には、ARの活用を見据えています。人と人、企業と顧客とが、より実体感を伴った信頼できる方法で交流を生み出す真の機会があります」と、アムシュトッツは語る。
3. コンデンス・リアリティ(Condense Reality):パフォーマンスをストリーミングできるメタバースプラットフォーム
コンデンス・リアリティのCEOであるニック・フェリンガム。
Condense Reality
設立:2019年
本社所在地:イギリス・ブリストル
調達総額:512万ドル(約6億9100万円)
推薦者:アンドリュー・J・スコット、7パーセント・ベンチャーズ
出資者:SFCキャピタル(SFC Capital)、RLCベンチャーズ(RLC Ventures)
事業内容:UnityやUnrealといった3Dコンテンツ制作のプラットフォームでリアルタイムのイベントをストリーミングできるプラットフォームを開発。実際の被写体を高解像度で模倣し、さまざまな角度から見られる非常にリアルなモデルを作成できる。
コンデンス・リアリティのプラットフォームは、メタバースへの即時ストリーミングをサポートしているため、音楽からスポーツまで、あらゆるイベント用途に利用できる。
そのために欠かせないのが、ディープラーニングとクラウドプラットフォームを組み合わせたソフトウェアだ。ユーザーはこのソフトを使うことで、自分のパフォーマンスを世界中の聴衆に向けてライブ配信することができる。またこのソフトは、ユーザーの動きを追跡し、パフォーマーと分離することができるため、グリーンバックを必要としない。
共同創業兼CEOであるニック・フェリンガム(Nick Fellingham)は、同社は「音楽家、パフォーマー、アスリートと、彼らのファンとの間に真のつながりを生み出すこと」を目指していると言い、「メタバースに3Dコンテンツをストリーミングする上での技術的なハードルを取り除き、ユーザーが創造性を発揮できるようにしています」と話す。
フェリンガムはイブニングスタンダード紙の取材に対し、このプラットフォームはいずれコンテンツ消費の際に用いられる屈指の手段になると思う、と述べている。
4. フィットXR(FitXR):Oculus Questを使った仮想フィットネスプラットフォーム
フィットXRの共同創業者兼CEOであるサム・コール。
FitXR
設立:2016年
本社所在地:ロンドン
調達総額:1584万ドル(約21億3800万円)
推薦者:アダム・ドレイパー(ブーストVC 創業者兼マネージングディレクター)
出資者:ブーストVC、プレイ・ベンチャーズ(Play Ventures)、ヒロ・キャピタル(Hiro Capital)、ブランド・ファウンドリー・ベンチャーズ(Brand Foundry Ventures)
事業内容:Oculus Quest(オキュラスクエスト)やSteam(スチーム)などのVRヘッドセットを介してアクセスできる仮想フィットネスプラットフォームを開発。団体向けと個人向けにフィットネストレーニングとダンスセッションを提供しており、ユーザーはどちらかを選べる。ボイスチャットのオプションも備えており、トレーニング中に音声でコミュニケーションすることも可能。
フィットXRは月額会員制。ユーザーは毎日新しいフィットネスクラスにアクセスできるほか、フィットネスのチュートリアルや自宅用ワークアウトのライブラリも利用できる。
共同創業者兼CEOのサム・コール(Sam Cole)は、このプラットフォームを立ち上げた当初に想定していた「汗や衛生面」や「ヘッドセットの重さ」といった問題を気にしていたが、実際にはこれらの問題は簡単に解決できると分かったという。
コールがテック・ラウンド(Tech Round)に語ったところによると、現在、ユーザーが「明るい空間」でトレーニングできるような屋外環境を整え、イマーシブ(没入型)環境を強化しているという。
5. ジグスペース(JigSpace):3Dモデルやプレゼンテーションの作成
ジグスペースの共同創業者であるヌマ・バートロンCTOとザック・ダフCEO。
JigSpace
設立:2015年
本社所在地:オーストラリア・メルボルン
調達総額:640万ドル(約8億6400万円)
推薦者:アダム・ドレイパー(ブーストVC 創業者兼マネージングディレクター)
出資者:ムーンショット スペース(Moonshot Space)、ブーストVC、ウエストコット(Westcott)、ランパーサンド(Rampersand)、インベスティブル(Investible)、ゼネラル・カタリスト(General Catalyst)
事業内容:アプリを使って3Dモデルを作成・検証し、それをメタバース上で動かすことのできる技術を開発。
ジグスペースは、ARでユーザーが3Dモデルを操作できるようサポートする、コーディング不要のツールを開発した。視覚化されたモデルはジグスペースのクラウドプラットフォームに保存されるため、チーム内での共有や外出先からのアクセスも可能だ。
エンジニア向けには、技術モデルの設計でよく用いられるCADファイルをアニメ化するための機能を備えるほか、学生やEコマース企業にも対応。直近ではアルファロメオF1チームが、メタバース内で新車「C42」に触れられる仕掛けをつくった。
「私たちのビジョンは、『役に立つ』メタバースのための知識のプラットフォームになり、インタラクティブな3Dを作ったり、あらゆる3Dの知識を共有できるようにすることです」と、共同創業者兼CEOのザック・ダフ(Zac Duff)は語る。
「2022年には、クロスプラットフォームのパートナーや顧客と共に『どこでもジグ(Jig)』がある状態にすること、そしてマーケティングと販売の体制を整えることに注力したいと思っています」
アプリは現在無料で提供されており、ダフら創業者たちは無料提供を続けたいと考えている。一方、プロ用プラットフォームでは、ジグスペースを営利目的に使用する企業や製造会社とのパートナーシップから収益を上げている。ダフはTechCrunchの取材に対し、「私たちのサービスはトップレベルの技術者だけでなく、シェアしたい情報を持つ人すべてに提供すべきだと考えている」と語っている。
6. ポプラー(Poplar):ARを活用したマーケティングおよびインタラクティブなキャンペーン
ARマーケティングのスタートアップ、ポプラースタジオのデイビッド・リパートCEO。
David Ripert
設立:2018年
本社所在地:ロンドン
調達総額:344万ドル(約4億6400万円)
推薦者:アセンション
出資者:スーパー・ベンチャーズ(Super Ventures)、アセンション、ハッチ(Haatch)、フューエル・ベンチャーズ(Fuel Ventures)
事業内容:SNS上でARを活用したインタラクティブな3Dマーケティングキャンペーンを提供。ARを活用して製品をより効果的に視覚化する独自技術を開発し、ECサイトと連携した3Dショッピング体験を提供する。
ディズニー、ユニバーサル、ネスレ、ペプシなどと提携しており、Google、Instagram、Facebook、TikTokなどからARキャンペーンにアクセスすることができる。
CEOのデイビッド・リパート(David Ripert)は次のように語る。
「ますます巨大化する市場に向けてARアセットを展開しようというのが当社の狙いです。いま、自前のECサイトを立ち上げたい中小企業が増えています。こうした企業は実店舗を持つことには後ろ向きなため、AR/VRに目を向けているんです」
ポプラーを推薦したアセンションの担当者は、「ポプラーは使いやすいうえ、ARを非常に効果的に使っており、企業はこれを使うことでマーケティング戦略を変革できる」と語る。
7. オッソ(Osso):外科手術のトレーニングを提供する仮想現実プラットフォーム
オッソのVRチーム。
Osso
設立:2016年
本社所在地:サンフランシスコ
調達総額:1億897万ドル(約147億1100万円)
推薦者:アンドリュー・J・スコット、7パーセント・ベンチャーズ
出資者:タイガー・グローバル・マネジメント(Tiger Global Management)、アノラック・ベンチャーズ(Anorak Ventures)、OCAベンチャーズ(OCA Ventures)、レスリー・ベンチャーズ(Leslie Ventures)、プラグ・アンド・プレイ・テックセンター(Plug and Play Tech Centre)
事業内容:個人やチーム向けに手術のバーチャルトレーニングを提供。現在、ジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson & Johnson)、ジンマー・バイオメット(Zimmer Biomet)、スミス・アンド・ネフュー(Smith + Nephew)などのヘルスケア企業と提携し、内視鏡や整形外科などさまざまな手術のオーダーメイドモジュールを120個以上提供している。
パフォーマンス測定ツールも用意されており、開業医のユーザー間で進捗状況を比較しながら取り組むべき分野を示すこともできる。
オッソのプラットフォームが登場したおかげで医学生が仮想環境で医療実習を行えるようになったため、コロナ禍では特に大きな威力を発揮した。最近調達した6600万ドル(約89億1000万円)のシリーズCで新たな勢いを得ており、今後数年間で飛躍的な成長が見込まれる。
8. レディ・プレイヤー・ミー(Ready Player Me):メタバースで動かせるアバターを作成
レディ・プレイヤー・ミーのアバター。左から、ティムウ・トーケCEO、ライナー・セルヴェット(Rainer Selvet)CTO、カスパー・ティリ(Kaspar Tiri)CCOのアバター事例。
Timmu Tõke (CEO), Rainer Selvet (CTO), Kaspar Tiri (CCO), Haver Järveoja (COO)
設立:2014年
本社所在地:エストニア・タリン
調達総額:1580万ドル(約21億3300万円)
推薦者:ペトリ・ラジャハルメ(FOVベンチャーズ パートナー)
出資者:コンボイ・ベンチャーズ(Konvoy Ventures)、ノルディック・ニンジャ・ベンチャーズ(Nordic Ninja Ventures)
事業内容:メタバースで動かせるアバターを作成できるアプリを運営。ユーザーは自分のアバターをカスタマイズでき、異なるメタバースアプリケーション間でも使い回せる。ユーザーはアップロードした写真に調整を加えることでアバターとしてカスタマイズできる。
共同創業者のティムウ・トーケ(Timmu Tõke)はベンチャービート(Venture Beat)の取材に対し、「いくつもの仮想世界が共存できるよう、ゲーム間サービスを構築するのが私たちの狙いです」と述べている。
最近では、開発者や企業自体の収益化を支援し、サービスを無料で使い続けられるように、ユーザーコミュニティ向けにNFT導入サービスを発表した。
9. サイドクエストVR(SideQuestVR):VRコンテンツの配信
サイドクエストVRの共同創業者兼COO、オーラ・ハリス。
Sidequest
設立:2019年
本社所在地:イギリス・ベルファスト
調達総額:747万ドル(約10億円)
推薦者:ペトリ・ラジャハルメ(FOVベンチャーズのパートナー)
後援企業:アセンション、エイダ・ベンチャーズ(Ada Ventures)、ブーストVC、ザ・ファンド(The Fund)
事業内容:Oculus VRの創業者が支援するVR開発者プラットフォーム。ユーザーはゲームやデモといったVRコンテンツのライブラリを利用でき、ゲーマーと開発者が交流することも可能。また、VRゲームの設定をカスタマイズしたり、画像の解像度を上げたり、クラウドバックアップを有効にするツールも備えている。
サイドクエストVRは、オキュラスと共同で正式リリース前のVRアプリを配布するプラットフォーム「App Lab」を開発した。今後はVR開発者を支援するツールの開発も計画している。
10. トライブXR(Tribe XR):音楽プロデューサーがDJスキルを練習できる仮想空間
トライブXRの共同創業者、トム・インパロメニ(Tom Impallomeni)。
TribeXR
設立:2017年
本社所在地:サンフランシスコ
調達総額:689万ドル(約9億3000万円)
推薦者:アダム・ドレイパー(ブーストVC 創業者兼マネージングディレクター)
出資者:ブーストVC、テックスターズ(Techstars)、サウンド・メディア・ベンチャーズ(Sound Media Ventures)、ルート・アンド・シュート・ベンチャーズ(Root and Shoot Ventures)
事業内容:意欲的なDJがDJの技を練習するための仮想プラットフォームを提供。PSVRとOculus Quest経由でアクセスが可能で、ビデオレッスン、サウンドミキサーなどの仮想ハードウェアによる補助、DJセッション、ソーシャルストリーミングプラットフォームのTwitchにリンクできるオプションなどが利用できる。
トライブXRのサービスはサブスクリプションモデルで運営されている。2021年4月にはプレミアムサブスクリプションもリリースした。
(編集・大門小百合)