ビジネスチャットの先駆者的存在である「Slack」。パンデミックが起きた2020年から現在に至るまで、同社の機能面だけではなく企業としての体制にも大きな変化があった。
撮影:小林優多郎
SalesforceによるSlackの買収完了から約1年が経った。
Slackは直近のアクティブユーザー数について公開していないが、5月17日にSlackが開催したイベント「Slack Frontiers Japan」では老舗の文具・家具メーカーのコクヨへの本格導入を発表するなど、外部からも合併効果が見え始めている。
Slackにとっての激動の1年を経営幹部はどう見ていたか。
Slack社時代から日本法人のトップを務め、現在はセールスフォース・ジャパンでSlack事業の指揮をとる佐々木聖治氏に話を聞いた。
突然の「Slack Japan解散」報道、激動の1年
セールスフォース・ジャパン Slack 日本韓国リージョン事業統括 常務執行役員 カントリーマネージャーの佐々木聖治氏。
撮影:小林優多郎
佐々木氏の所属や肩書きが変わったことからもわかるとおり、Slackは2020年12月にSalesforce(セールスフォース)が買収を発表、2021年7月に買収が完了した。
それに伴い、Slackの日本法人であるSlack Japanも2021年12月にセールスフォース・ドットコム(現在のセールスフォース・ジャパン)に吸収合併された。
セールスフォースがリリースを出す約2カ月前の2021年10月15日付の官報に、Slack Japanの「合併告示」が載ったことから、複数のメディアで「Slack Japanが解散」という文字が踊った。
当時を振り返り佐々木氏は苦笑いを浮かべる。
「2021年は激動。あらゆることが進んでいきました。
(Slack Japan解散の報道は)私自身は事実とは少し違う、過激なご理解をいただいたんだなという認識です。
組織としてはしっかりと移行し、全く違うスケールのステージのビジネス事業の展開を今やり始めているところいうところです」(佐々木氏)
2021年12月、セールスフォースによるSlack Japanの合併が完了した旨が公表された。
出典:Slack
また、佐々木氏はSlack Japanに入社前には、セールスフォース・ドットコム日本法人のエンタープライズビジネス部門を率いたキャリアもある。
いわば古巣に戻ってきたとも言えるが、Slackとセールスフォースのカルチャーの違いについて、どう感じているのだろうか。
「Slackのアイデンティティーを保持するところは、スチュワート(Slack共同創業者のスチュワート・バターフィールド氏)も注力しているところです。
セールスフォース(になったから)だと言って、これまでと言ってきたことと全く違うことをする、ということはないです。
むしろ、とても良い相乗効果が生まれていると感じています」(佐々木氏)
セールスフォースとのシナジーでサービス・営業面に変化
セールスフォースの提供するツール群においても、Slackの立ち位置は明確だ。
出典:Slack
合併前後でセールスフォースとのシナジーは生まれ始めている。
まずは組織体制だ。佐々木氏がSlack Japanの代表に就任した2018年は数十名ほどだった従業員が、現在は200名を超えた。特にこの1年間では「倍増している」(佐々木氏)という。
「セールスフォース・ジャパンには全体では社員が3590名(2022年1月末時点)いる。
彼らがお付き合いさせてもらっているお客さまと一緒になってビジネスをするならば、我々自身も(体制を)整えていく必要がある」(佐々木氏)
なお、セールスフォースにおける営業人数は、そのおよそ2割ほどと見られる。
加えて、機能面でのアップデートもある。4月27日にはセールスフォース上でSlackアプリを構築できる「Salesforce プラットフォーム for Slack」や、セールスフォース内のデータや機能をSlackと連携できる各種ツール(Slackでは「インテグレーション」と呼ぶ)をリリースした。
「買収前、セールスフォースは『Chatter』などのコミュニケーションツールは持っていました。
Slackとセールスフォースは接続もできましたが、簡易的なものでした。
今回リリースしたインテグレーションによって、しっかりとしたサービスになります。
セールスフォースの提唱するサービス群『Customer 360』の中でSlackも位置付けられ、明確に目的を具現化し、今後矢継ぎ早に新しい価値を提供していきます」(佐々木氏)
政府関連組織にクラウドサービスを導入するために必要な「ISMAP(Information system Security Management and Assessment Program)」の認定をSlackは受けている。
出典:ISMAP
セールスフォースとの合併は営業面での変化もあった。
Slackはスタートアップ企業など、比較的フットワークの軽い組織や団体から人気に火がついた経緯があるが、前述のコクヨなど大企業や、古くからの商習慣が残る金融や官公庁などの領域にも進出してきている。
特に動きが顕著なのが官公庁だ。
セールスフォースは「Salesforce Services」と「Heroku Services」を2021年3月12日に、Slackは2021年12月20日に、「ISMAP(イスマップ)」の認定を受けた。
このISMAPでは、官公庁への導入に必要なセキュリティー基準などのガイドラインに準拠しているか検査される。原則として、各政府機関はISMAPの認定がないクラウドサービスを調達できない。
「(ISMAPの認定を受けて)官公庁で使っていもいい製品という位置付けを得ました。それを受けて、デジタル庁でも2022年から導入していただきました。
また、2021年までには農林水産省や文部科学省の中でも導入が始まっていました。
このことが起爆剤となって、省庁内のコミュニケーションに加え、省庁と民間企業や自治体とのコミュニケーション、そしてその先のエンドユーザーとしての一般市民の方々への情報連携を創造しながらサービスを提供できるステージに入りつつあります」(佐々木氏)
コミュニケーションの重要性とSlackの在り方は「不変」
Slackの価値は役割・価値・進むべき道は「変わらない」とする佐々木氏。
撮影:小林優多郎
セールスフォースとの合併で政府関連組織のDXにも一役買っているSlackだが、Slack自身は今後の進展をどう見ているのだろうか。
アメリカではすべての入国者に求めていた24時間以内の陰性証明を6月12日から不要にするなど、世界的な「コロナとの共存」の機運は高まっている。
また、一部では在宅勤務からオフィス勤務への回帰を求める経営者などもいると取り沙汰されている。
一種の「逆風」と見える中でも、佐々木氏は「(Slackの方針は)今までと全く変わらない」と断言する。
「(ビジネスにおける重要性で)コミュニケーションは不変のものです。
Slackは『Digital HQ(デジタル上の本社)』をうたっていますが、その中でもストレスはあります。
例えば、通知を止める機能や、(2021年6月から展開しはじめた)ハドルやスケジュール送信機能などを実装していますが、変化対応能力をつけるための武器としてのSlackは、今後も変わらないと思っています」(佐々木氏)
2021年6月から順次展開された「スケジュール送信」機能は、特に日本で好評を得ている機能だという。
画像:筆者によるスクリーンショット
特に、佐々木氏が言及したスケジュール送信機能は、日本では提供開始(2021年6月)から6カ月で使用率は80%に上っており、「他の国と比べても顕著」(Slack広報)だという。
即座に音声通話ができる「ハドル」も日本では利用時間が平均20分となっており、これは「世界平均の2倍」(Slack広報)に相当するほど好評を得ているとする。
現在(2021年6月20日時点)の「Workflow Builder」。
出典:Slack
なお、Slackが予告している主要な新機能としては、Slack上の自動化ツール「Workflow Builder」のアップデートも控えている。
これは従来より高度な条件やサードパーティーも含めたデータの取り扱いが可能になるだけではなく、「ブロックを選択」「ドラッグ&ドラック」するだけでプログラミングできるような機能が実装される見込みだ。
佐々木氏はその詳細は明らかにしなかったが、Slackが6月22日(現地時間)にニューヨークおよびオンラインで開催する「Slack Frontiers」で「もう少し詳しい話ができるのではないか」と期待をのぞかせた。
(文、撮影・小林優多郎)