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キャリアパスが急速に変化している。頻繁に職場を移るのはもちろん、専門分野や職種さえ頻繁に変える人が増えている。
こうした動きは良い結果をもたらしている。マッキンゼーによると、平均的な生涯所得のほぼ半分は、実務を通して得た学びから稼ぎ出されることが分かった。学位を持たない人にとってはその比率がさらに大きいという。
逼迫する労働市場においては、雇用主はこの新たな現実に向き合わなければ、従来の型に当てはまらない有能な人材を失うリスクに直面する——それがマッキンゼーの新たな報告書の結論だ。この報告書はドイツ、インド、アメリカ、イギリス各国の職業人400万人のプロフィールと何万件もの求人情報を分析し、職歴と収入を調べ上げたものだ。
多くの組織が雇用や労働力の多様化に苦労している時代にあって、その報告内容には従業員の雇用や定着率向上に向けた重要な示唆が含まれている。企業は、社員から何を得るかよりも、社員がそれぞれの仕事から何を得られるかを考えていく必要がある。社員のキャリアの各段階においてスキルを習得する体制が整っていれば、社員にとって職場にとどまる強力なインセンティブになる。
「『ぴったりの人材が見つからない』とこぼす企業は多いのですが、企業の方こそ特定のスキル、一定年数の職歴、特定の大学の学位を合わせ持つユニコーン人材に固執しているんです」
そう語るのは、マッキンゼーのシニアパートナーで、報告書の作成にも携わったビル・シャニンガー(Bill Schaninger)だ。
完璧な候補者がなかなか見つからないことを嘆くより、企業側はもっとOJTや人材開発に力を入れ、適格の社員を見逃すことがないよう、応募者枠を広げる必要がある。そのような対応ができる企業であれば、有能な人材を惹きつけてビジネスの業績を上げるという面では、戦略上優位に立てるだろう。
「優れた仕事をする人間のタイプは一つに限らないという考えを、企業は受け入れる必要があります。そうすれば悩みから解放されるはず」とシャニンガーは言う。
「2、3年に一度は未経験の職務を経験するべき」
同報告書によると、平均的な従業員たちは2〜4年ごとに職務を変えており、その80%が他社への転職である。このことから、社内昇進では社員が意欲を保てるだけの幅広い成長見込みがないことが読み取れる、と報告書の著者たちは述べている。
さらにこの報告書では、学歴が比較的低い人は実務を通して身につけた知識や技術から生涯所得の最大80%を稼いでいる、とも指摘している。学士号を取得せずに社会人になった人が、職場でスキルを身につけながらハンディを縮めていくのは珍しいことではない。
ヴァレリー・ペイジ(Valerie Page)の経歴がまさにそれに当てはまる。高校を卒業して母親になったペイジは、大学へ行かずに安定収入が得られるキャリアパスを見つける必要があった。2005年に医療業界の仕事を見つけ、その後短大へ進んで准学士号を取得した。現在ペイジは医療情報技師として西海岸の病院に勤めている。
ヴァレリー・ペイジは「2、3年に一度は未経験の職務を経験するべき」」と語る。
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「予備知識はほとんどありませんでしたが、最高のキャリアパスを選択できたと思っています」とペイジは振り返る。「医療情報管理はとても速いペースでキャリアを積める分野。多くのことを学び、クロストレーニングによってさまざまな分野に触れることができました」
ペイジは現在HIMブループリント・フォー・サクセス(HIM Blueprint for Success)というオンラインコミュニティを運営し、医療情報関連職の従事者のためにキャリア開発のリソースを提供している。
ペイジの一番のアドバイスは、「2、3年に一度は未経験の職務を経験するべき」というもの。
「世間はそれを『ジョブホッピング』だと言って眉をひそめます。でも私に言わせれば、自分の職業人としてのブランドを築く上で、それに沿った新しい機会を常に追い求めるのは大切なことです」
労働市場のダイナミクスを考えれば、企業はペイジの考え方から学ぶ必要があるようだ。アメリカでは、「大退職時代(Great Resignation)」が終わりそうな気配はない。今は1人の人材がほぼ2件の求人先を選べるような状況であり、多くの従業員が高い賃金だけでなくリモートワークやフレックスタイムなどの待遇を求めて強気で選り好みしている。
要するに、誰もが今までとは異なる職業人生に乗り出しているのだ。より良い給料を求めて転職を繰り返し、休職期間や長期有給休暇を取り、経験やノウハウを得られる機会を探し求めている。
アメリカの労働者を対象としたギャラップのアンケート調査では、回答者のおよそ3分の2が、転職するか現在の仕事にとどまるかを判断する際に、スキルを学ぶ機会が「極めて重要」もしくは「非常に重要」な要因だと答えている。
企業が上昇志向を活かすには
パンデミックを通して多くの組織がリモートワークの利点に気づいた。現在は、オフィスの経費を削減し、従業員の働き方に柔軟性を与えることのメリットを認識している。それは多くの従業員たちが重要な要素だと考えている事柄でもあり、以前の状態に後戻りすることはできない。
しかし、「働く人のキャリアパスが変化しつつあるのだから仕事も変化しなければならないという事実については、雇用主側と従業員側の認識にギャップがあります」と、マッキンゼー・グローバル・インスティテュート(McKinsey Global Institute)のパートナー、アヌ・マガフカー(Anu Madgavkar)は言う。ここ何年か、アメリカの大手企業は次々と有色人種の人や学位を持たない人の雇用機会を増やすと宣言しているが、あまり大きな進展は見られない。
直接的な変更を加えればこうした問題を解決できる可能性がある、とマガフカーは言う。まず第一に、組織は候補者の評価方法をはじめ、雇用のやり方を修正する必要がある。彼女はこう続ける。
「企業はある人物がある職務に適しているか見極めようとしてシグナルをあれこれ探し回ります。その人の学位や以前勤めていた企業の在職期間からあれこれ推察して、なぜこの期間は無職だったんだろうと疑心暗鬼になったりするものです」
こうした慣習では採用プロセスに偏見が入り込むばかりでなく、人事部長はその求人ポジションに必要とされているスキルよりも、候補者の持つ学位ばかりを気にすることになってしまう。それよりも、組織は認知テストのような人事ツールに投資をし、同一の質問をもとに候補者たちを評価するなど、体系立った面接を行うべきだというのがマガフカーの意見だ。
また、組織は昇進の道筋を拡張して組織内での異動の可能性へと考えを切り替えるべきだともマガフカーは言う。ただしこれは管理職の抵抗に遭う場合が多い。
「管理職にとっては、自分のチームを混乱させるような水平的な人事異動や昇進は非常にやりにくいですし、仕事が一番できる部下を失いたくありませんから」
結果として管理職は有能な人材を自分の配下に抱え込むが、そうこうするうちにその人材は欲求不満をつのらせて退職し、継続的な成長が望めそうな別の職場へ移ってしまうことになる。
社員の自然削減は企業にとって高くつく問題だ。人材マネジメント協会の報告では、2022年4月の1人当たりの採用経費は平均4700ドル(約63万円、1ドル=134円換算)だが、多くの企業は、総額ではその職の給与の3〜4倍の費用がかかると見積もっている。
そこに経費をかけるより、管理職はバリアを取り除き、社内でネットワークを構築しやすくするべきだ。内部異動が奨励され、前向きに受け取られるような環境が必要だとマガフカーは言う。
「それが企業文化にとって良いこととして認識されなければいけません。管理職がリーダーを生み出してくれるという期待につなげるべきです」
(編集・常盤亜由子)