イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日は大学生の方から「就職活動におけるコミュニケーション能力」について相談が来ています。さっそくお便りを読んでいきましょう。
こんにちは。大学4年生で、現在就活中のsenaと申します。第一志望の業界は商社で、大学では国際政治を学んでいます。
私が質問したいのは、コミュニケーション能力についてです。就活で大学生のどんな能力を最も重視しているかという企業へのアンケートで、1番はコミュニケーション能力だと大学のキャリア講座で知りました。
ですが、このコミュニケーション能力というのが、捉えどころのない能力だなといつも思っています。おそらく企業が知りたいのは他者と協力できるのか、というところなのかと思い、ESや面接では高校時代からやっている硬式テニスの女子ダブルスについて書いています。ペアやコーチと練習をどう進め、試合で勝ってきたかについてです。OGの先輩からはバイトの話より、体育会系の話の方がウケると言われたからというのもあります。
(sena、20代後半、女性)
注:お便りが長文でしたので、記事では編集部にて要約させていただいております
「コミュ力」を必要としている会社は、コミュ力がない?
シマオ:senaさん、お便りありがとうございます! 「コミュニケーション能力」は僕が就職活動をしていた10年くらい前にも言われていましたけど、たしかに何を指しているのかよく分からないですよね。
佐藤さん:この言葉は額面通りに受け取らないほうがいいでしょう。
シマオ:そうなんですか?
佐藤さん:というのも、いつの時代も大体同じようなことが言われているからです。「コミュニケーション能力」の前は、「協調性」や「チームワーク」という言葉だったに過ぎません。つまり、仕事上の意思疎通をする上で問題ないかということであって、「コミュ力」という名の特殊能力が必要とされている訳ではありません。
シマオ:高いプレゼンテーション能力というか、白を黒と言いくるめられるような口のうまさが必要なのかと思っていました。
佐藤さん:そういう口先から生まれてきたような能力が必要なのは詐欺師か何かであって、ビジネスパーソンに必要なのはむしろ「信頼できること」です。それに、会社が「〇〇力のある人を求める」という場合には注意した方がいいんです。
シマオ:何にですか?
佐藤さん:ある組織が「〇〇力」を必要としている場合、その組織はそれとは反対の特徴を持っていることが多いのです。例えば、私が働いていた外務省ではかつてチームワークを非常に強調していました。反対に財務省は個性を発揮できるような人材を求めていた。これがどういうことか分かりますか?
シマオ:反対の特徴ということは……外務省はチームワークが悪くて、財務省は個性が発揮しにくい職場だった、ということですか?
佐藤さん:その通りです。外務省は放っておいても個人プレーをする人たちが集まっていたから、むしろチームワークを強調していた。対する財務省は組織的に動く職場だから、個性の強い人を求めていました。その言葉を信じて入ってしまうと、むしろ苦労することがある訳です。
シマオ:個性が求められると言われて入ってみたら、規則でがんじがらめの官僚主義的な会社だった、なんてことになりかねない訳ですね。
佐藤さん:はい。会社はその部分が弱いと自覚しているから、それを埋める能力を持った人材を採用したい。そこをちゃんと見抜いた上で入るのなら問題ありません。
体育会系は強いが、リーダーシップを見られている訳ではない
シマオ:senaさんの第一志望は商社とのことですが、業界ならではのポイントはありますか?
佐藤さん:商社の場合、重要視されるのが「特定大学」であるかどうかです。
シマオ:特定大学? ……要は学歴ってことでしょうか。
佐藤さん:単に学歴というよりは、その会社に同じ大学の先輩がいるかどうかという意味です。昔から商社の就活ではOB・OG訪問が重要視されます。また、先輩のアドバイスの通り、体育会系出身が有利だということも変わらずそうだと言えます。
シマオ:じゃあ、senaさんは硬式テニスをしているということですから、ばっちりですね!
佐藤さん:そうですね。ただ、体育会系が受けるというのは、リーダーシップが発揮できるとかそういうことではないんです。
シマオ:えっ! そうなんですか?
佐藤さん:なぜ体育会系を好むかといえば、それは「やりきる力」を持っているからです。体育会系では、誰もがレギュラーになれる訳ではありません。それでも大学4年間やりきったなら、その人は仕事でも同じことができると会社は考えるのです。商社というのは、多様な仕事をしているけれども、実際入社して特定の部署に配属されると、ずっとそこから出ないという人も多い。例えば、繊維を扱う部署に入れば、その人がエネルギーの部署に異動する確率はかなり低いと言えます。
シマオ:つまり、部長や副部長になったり、試合で活躍したりという華々しい結果よりも、置かれた場所で粘り強く仕事ができるかどうかを試されている、ということでしょうか。
佐藤さん:その通りです。そういう意味では、興味がある分野があるのなら、総合商社だけでなく、専門商社に視野を広げてみてもよいと思います。専門商社であれば、特定の商品や業界などを調べて、熱意や知識をアピールすることが就職活動でも効果的になります。
「嘘つき」かどうかは、面接官に見抜かれている
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シマオ:話は戻りますが、結局のところ就職活動では何を見られているのでしょうか?
佐藤さん:何よりも大切なのは、学業にちゃんと打ち込んでいたかどうかです。部活やサークル、バイトで何をやったかはそれほど重要視されていません。というのも、それは仕事で言えば「副業」だからです。勉強を疎かにして、バイトを頑張っていましたとアピールしたところで、「じゃあ、入社したら副業を頑張るのか?」となってしまう。
シマオ:あくまで、学生の本分に立ち返ることが大切だ、ということですね。
佐藤さん:それから、嘘をつかないことです。部活やバイトの話を聞く際に面接担当者が確かめているのは、実はこの部分であることもあります。
シマオ:どういうことでしょう?
佐藤さん:例えばテニスをやっていたというのに、四大大会や往年の名選手の話を振ってもポカンとしているようなら、その人はそれほどテニスに熱を入れていた訳ではないことがすぐに分かります。にもかかわらず、それをアピールするようなら、その人は「嘘つき」である可能性が高くなります。会社はそういう人間を嫌います。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:私が担当者なら「直近に読んだ本」を聞きますね。ドストエフスキーの『罪と罰』を読んだと言うなら、「ネフリュードフの振舞いについてどう思うか?」と聞いてみる。たまに滔々と答える人がいるけれども、ネフリュードフなんて登場人物はいないんですよ(笑)。もっとも最近は読書歴について尋ねるのは、思想調査と受け止められる可能性があるので、避ける会社もあるようですが。
シマオ:知ったかぶりをしないという意味では、むしろ口八丁のコミュ力とは逆のことが大切だということですね。
佐藤さん:コミュ力というなら、まずは相手が言っていることを正確につかむことが大切です。それは人が表面上で言っていることではなく、本心は何かということです。
シマオ:と言いますと?
佐藤さん:例えば、senaさんは大学4年ですが、20代後半ということですから、何らかの理由があるのでしょう。高卒後に一度就職してから大学に入ったか、浪人あるいは留年などをされていると考えられます。面接ではそこを必ず聞かれるでしょう。
シマオ:おそらく面接担当者の本心としては、回答次第で、仕事への向き合い方に問題が生じそうかを判断したいのでしょうね。どう答えるのがいいのでしょうか。
佐藤さん:正解というものはありませんが、合理的に説明することが大切です。例えば医学部を目指していたけれど途中で路線を変更したというなら納得できますが、偏差値の高い大学にただ入りたかった、というだけでは単なるわがままや切り替えの悪い人と取られかねません。
シマオ:なるほど。もし仮に、ご病気などをされていた場合は正直に言うべきでしょうか。
佐藤さん:難しいですが、そのことがよほど深く職務に関係していて、ピンポイントで聞かれない限りは積極的に言わなくてもいいでしょう。先ほど言ったように「嘘つき」はよくないですが、「バカ正直」であることもまた求められていません。特にメンタル系の病歴がある場合、自分からその話をする必要はないと思います。
シマオ:そういうことも含めて、相手の本音や求めていることを想像した上で応答する能力が本当のコミュ力ということなのかもしれませんね。senaさん、まさに就職活動中ということで、ご参考になりましたら幸いです。就活はへこむこともあるでしょうが、頑張ってくださいね!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は7月6日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)