メタ(Meta、旧Facebook社)が開発を続ける多数のVR/ARデバイス。多数の試作にどのような意味があるかを改めてアピールした。
出典:Meta/Reality Labs
メタ(旧:Facebook)の研究機関である「Reality Labs」は、VR/ARデバイス向けに研究を進めている多数のディスプレイ技術を公開した。
彼らの目的はシンプル。「現実と区別がつかない、快適なディスプレイ」の開発だ。
公開されたものはどれもまだ研究段階であり、製品化までには時間がかかる。製品での利用予定も一切明言されていない。
だが、明かされた彼らの試みと大量の試作機からは、メタバースにかける「本気度」が伝わってくる。
現実と見分けられない世界を目指す、VR版「チューリング・テスト」
メタのマーク・ザッカーバーグCEO。
出典:Meta/Reality Labs
「VRには課題がたくさんある。そこで我々は、『ビジュアル・チューリング・テスト』を考えました」
メタのマーク・ザッカーバーグCEOはそう説明する。
チューリング・テストとは人工知能研究の中で使われていた言葉で、最初期のAI研究者であるアラン・チューリングが1950年に提唱したテストのこと。
相手がAIか人間かわからない状態で会話をし、人間かAIかの区別がつかなければ、そのAIは「十分に人間的である」とみなせるのではないか……というものだ。
メタが考えている「ビジュアル・チューリング・テスト」は、それを人間が体験する視覚に置き換えたものだ。
実際に人間が目で見たものとディスプレイ越しに見たものを比較し、「差がほとんどない」と人間に感じられれば、それは現実を見るのと極めて近いはず。VRなどのHMD(ヘッドマウント・ディスプレイ)向けとして理想的なのでは……という発想だ。
Reality Labsのチーフ・サイエンティストであるマイケル・エイブラッシュ氏は「現状、どんなVR技術も、ビジュアル・チューリング・テストをパスすることはできていない」と説明する。
Meta・Reality Labsのチーフ・サイエンティストのマイケル・エイブラッシュ氏。
出典:Meta/Reality Labs
現在のディスプレイ技術は進化しているがそれは平面の映像向けの話だ。
「VRには平面のディスプレイにはない課題が山積みであり、さらに、それを小型軽量で、バッテリーで動作するHMDに搭載しなくてはなりません」とエイブラッシュ氏はいう。
すべてを解決する万能の技術は見つかっていない。
だが、メタはReality Labsで多数の試作デバイスを開発し、課題を1つ1つクリアーしていこうとしている。
メタが公開したVRゴーグルの次世代技術
Reality Labsが注目したのは「解像度」「ピント調整」「光学的な歪み」「HDR」の4点だ。
それぞれに対応したプロトタイプも公開しているので、以下のビデオを見てもらうのが近道かもしれない。
ザッカーバーグCEOによる解説動画。
出典:Meta/Reality Labs
・解像感向上を目指した「Butterscotch」
解像度向上を目指した試作機の「Butterscotch」と、それを持つザッカーバーグCEO。
出典:Meta/Reality Labs
最初の課題は「解像感」だ。
HMDの中の映像は十分な解像度を持っておらず、ぼやけたり歪んだりして見える。同社が目標としているのは、十分な視力(視力1.0以上)を実現することだ。
そこでつくったのが「Butterscotch(バタースコッチ)」と呼ばれる試作機。これは視野の広さこそMeta Quest2(Oculus Quest2)の半分しかないが、より密度の高い映像を実現している。
Metaの歴代HMDで比較。中央が現行の「Quest 2」で、右がButterscotch。Butterscotchは「視力1.0(アメリカ表記で20/20)」を目指す。
出典:Meta/Reality Labs
「初めて装着したとき、あまりの鮮明さに、もう元には戻れない、と感じた」とエイブラッシュ氏は言う。
・ピントを合わせられるHMD「Half Dome」
ザッカーバーグCEOの手元にあるのが試作機「Half Dome」。
出典:Meta/Reality Labs
Half Domeでは、VR内でも見たい映像に合わせて「ピント」を変えられる。
出典:Meta/Reality Labs
だが、ディスプレイパネルの技術が進化して、全域の視野解像度が高くなっても、それだけでは足りない。人間は「見たい場所にピントを合わせる能力」を持っているからだ。
そこでつくったのが「Half Dome(ハーフドーム)」と呼ばれる一連の試作デバイス。これは液晶とモーターを組み合わせ、自分が見たい場所へとピントが合う機能を持つ。
初期には大きくモーターの音もうるさかったそうだが、現在は小さくなり、音もほとんど聞こえないという。
Half Domeは試作を繰り返し、見栄えの良いものに進化している。
出典:Meta/Reality Labs
次に取り組んだのが「歪み」。平面のディスプレイをレンズ越しに見ている関係上、見る場所によって映像に歪みが発生する。
この問題は、視線の方向を認識して映像を補正することでかなり解決できる。Half Domeでピントを合わせるにも視線認識が必要なので、どちらにも重要な要素である。
・自然な“煌めき”を再現できる「Starburst」
HDR実証用に開発された「Starburst」。冷却ファンが大量についていて、まだ非常に重いという。
出典:Meta/Reality Labs
最後がHDR。HDRとは「ハイダイナミック・レンジ」の略で、映像表現においては強い煌めきや真っ黒に近い暗さなど、より幅広い光の表現を指す。
熱気を感じるような夏の日差しの眩しさや、闇夜に光る都市の明かりなどの再現に効果を発揮する。
テレビでは、ピーク輝度は1万nitsを超えるのが望ましいとされており、現在の製品だと数百から数千nitsに到達しつつある。
HDRを実現したHMDの映像。鋭く明るい光を再現する。
出典:Meta/Reality Labs
一方、VR用HMDではようやく「100」程度になったところであり、「夏の日の眩しさ」を感じるには到底足りない。
そこで、非常に明るいバックライトの液晶を搭載して作られたのが「Starburst(スターバースト)」と呼ばれる試作機だ。
こちらはまだ第1世代とのことで、冷却ファンも含め「非常に巨大で重い」(ザッカーバーグCEO)。だが、映像を見れば、HDRによる煌めきが実現できていることがわかる。
さらに薄く、装着しやすいHMDへ
Holocake 2。従来のHMDよりも劇的に薄くなったのが特徴。
出典:Meta/Reality Labs
もう1つの理想は、「装着しやすい」HMDを作ること。そこで示された試作機が「Holocake 2(ホロケイクツー)」だ。
この試作機は、他の試作機と異なる点が1つある。それはこの段階でも「PC用VR HMD」としてちゃんと使える、ということ。すでにある程度の完成度を実現している。
Holocake 2を被るザッカーバーグCEO。
出典:Meta/Reality Labs
HMDが小型になっている理由は「レンズ」にある。
HMDではディスプレイに表示された映像をレンズで拡大して目に届けるが、そのためにはどうしても一定のサイズと距離が必要になる。
「パンケーキレンズ」と呼ばれる薄型のレンズも登場しているが、理想はさらに薄くなることだ。
そこでメタは「Holocake」と呼ぶレンズを開発した。
このレンズは従来のレンズとは異なり、「ホログラム光学素子」と呼ばれる技術を採用している。
ホログラムとは干渉縞を記録する技術のことで、これを使うと、「光が通るべき経路」を薄い板の中につくり、レンズのような役割を実現できる。
この仕組みによって、HMDをさらに薄く、軽くするのが狙いだ。
右端が「Holocake 2」。ホログラム光学素子の利用により、レンズを「薄い板」に変えてしまう。
出典:Meta/Reality Labs
ただ、ホログラム光学素子を使う関係上、光源としては今までのバックライトは使えず、特殊なレーザーが必要になる。
これは現在、より製品に近いデバイスへの搭載を目指し、改良が進められているという。
さらに、Holocake 2を含め、ここまで出てきた全ての技術を盛り込んだものとして検討が進められているのが「Mirror Lake(ミラーレイク)」だ。
形状はHolocake 2よりさらに薄く、まさにスキーゴーグルのようだ。
「重要なのは(Holocake 2と同じく)ホログラムを使うことです。薄く、平らにできるため、最終的には今あるものよりも小さなパッケージに、より多くの機能を詰め込むことができます。
Mirror Lakeは現状、コンセプトにすぎません。しかし、もし実現すれば、VRの視覚体験にゲームチェンジャーをもたらすことになるでしょう」(エイブラッシュ氏)
将来的なコンセプトとして目指している「Mirror Lake」。ここまでくればスキーのゴーグルに近いサイズだ。
出典:Meta/Reality Labs
実現までの期日は公開されなかったが、メタがこれだけ「見せた」ということには意味がある。
それは長期的な取り組みを示すのと同時に、「自分たちはここまで来ている」とライバルを牽制する役割を果たすからだ。
メタはVR関連の新製品「Project Cambria」を年内に発売する、と言われている。その製品にこれらの技術は間に合わないが、その先に「より理想的な姿がある」ことを示したことになる。