黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警官に殺害された事件から2年。当時、アメリカを代表するテクノロジー企業が差別撲滅のために約束した数々の取り組みはいまどうなって……。
Savanna Durr/Insider
2020年5月、黒人男性のジョージ・フロイドさんが米ミネソタ州ミネアポリスの白人警官デレク・ショービンに殺害されたあと、人種差別に対する抗議活動の広がりを受け、全米のテック企業200社以上が黒人採用の拡大などダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包摂性)を徹底する改革の遂行を約束したのは記憶に新しい。
あれから2年。アニュアルレポート(年次報告書)など上場企業が当局に提出した文書を精査すると、テック企業が当時約束したことはほとんど実行に移されていないことが分かった。
テック企業の現役(あるいは元)黒人従業員、人種問題やダイバーシティ関連の専門家ら、合計12人に対するInsiderの取材で明らかになった。
人種的正義とインターネットの関係史に光を当てた『ブラック・ソフトウェア(Black Software)』の著者で、ニューヨーク大学スタインハート校(専門はメディア・カルチャー・コミュニケーション)のチャールトン・マクルワイン教授はこう語る。
「そもそも約束がきわめて曖昧(あいまい)なので、それが遂行されたのかどうか追跡するのが難しい面があります。
どんな約束をしたのか、約束したことにどうやって取り組み、どこまで実現できたのか、その具体的な中身や進捗状況に関する説明責任がほとんどあるいはまったく存在しないのですから」
2020年以降、黒人従業員の増加は微々たるもの
Insiderが以前(2021年4月8日付)報じたケイポール・センター(Kapor Center)のデータによれば、テック企業において黒人専門職の占める割合は、一般従業員で5%、経営幹部が3%、創業者だと1%にとどまる。
これは全米人口の人種比率データと対比すると、不釣り合いなほど低い割合と言える。
2020年の国勢調査(センサス)データを見ると、全米人口の60.1%が白人、18.5%がヒスパニックあるいはラテン系アメリカ人、13.4%が黒人あるいはアフリカ系アメリカ人となっている。
この割合の不釣り合い感は、経営トップにフォーカスをしぼり込むとより明確になる。
全米企業の総収入上位ランキング「フォーチュン(Fortune)500」について、1955年の公表開始から2021年までにランクインしたすべての企業の最高経営責任者(CEO)に、黒人はわずか19人しかいない。
さらに、アップル(Apple)、グーグル(Google)、メタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)、マイクロソフト(Microsoft)が公表しているダイバーシティレポートによると、上記4社の従業員に黒人の占める割合は2021年時点で10%に届かない。
下の【図表1-1】から【図表1-5】は、巨大テック企業(アップル・アマゾン・グーグル・マイクロソフト・メタ)における各人種の構成割合を示したものだ。5社の人種的多様性の現状と言い換えることもできるだろう。
出所:アマゾン資料よりInsider編集部作成
【図表1-1】アップル(Apple)従業員の人種構成。
出所:アップル資料よりInsider編集部作成
【図表1-2】アマゾン(Amazon)従業員の人種構成。大手5社のなかで唯一黒人の割合が4分の1(25%)以上を占める。
出所:アマゾン資料よりInsider編集部作成
【図表1-3】グーグル(Google)従業員の人種構成。
出所:グーグル資料よりInsider編集部作成
【図表1-4】マイクロソフト従業員の人種構成。
出所:マイクロソフト資料よりInsider編集部作成
【図表1-5】メタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)従業員の人種構成。他の大手4社以上にアジア人の割合が大きい。
出所:メタ・プラットフォームズ資料よりInsider編集部作成
テック大手で唯一黒人の割合が25%を超えるアマゾンも含めて、5社では2019年から2021年にかけて白人従業員の割合が3.8%以上減ったにもかかわらず、黒人従業員の割合は最大1.8%しか増えていない。
労働・教育システム改革に取り組む非営利組織ジョブズ・フォー・ザ・フューチャー(Jobs for the Future)バイスプレジデントのマイケル・コリンズ氏は以前、Insiderの取材に対し、「私たちは(問題への取り組みが)遅すぎますし、(白人と黒人との間にある)隔たりはきわめて大きい状態です」と語っている。
「目標は大胆なものでなければならないし、歩みはもっと加速する必要があります。私たちがやろうとしているのは本質的に、何世紀にもわたって社会構造に根ざしてきた不平等を(社会)デザインで解決する試みなのですから」(コリンズ)
約束した「徹底的な」取り組みの多くは遅れている
巨大テック企業の多くは2020年5月から6月にかけて、平等社会の実現を目指す団体への寄付やダイバーシティトレーニングの導入を中心とする具体的な取り組みを約束した。しかしそれらは必ずしも実際の変革につながらなかった。
例えば、ジョージ・フロイド殺害事件の直後、グーグルのスンダル・ピチャイCEOはアライシップ(=長期にわたって差別抑圧を受けてきた人々への支援)の一環として、ダイバーシティトレーニングとリソース(=相談窓口設置など差別抑圧の当事者への支援)を導入する方針を社内メールで通達した。
ところが、差別に関する認識を深めるための動画コンテンツや今後開催されるセッションなどのコンテンツが掲載されるはずのウェブサイトは、いずれもリンク切れで実際には視聴したり参加したりできない状態が続いたと、米NBCニュースが当時報じている。
【図表2】巨大テック企業5社の約束。上段から、平等推進団体などへの寄付、マッチング寄付(=従業員寄付と同額を企業が付加して行う寄付活動)、ダイバーシティトレーニング、差別抑圧を受ける当事者向けメンタルヘルス支援、採用の多様化。
テック大手5社資料よりInsider編集部作成
しかも、こうした徹底的な取り組みは、グーグルがダイバーシティおよびインクルージョン関連の推進プログラムを縮小する方針を決定した直後に発表されており(縮小方針決定が判明したのは5月14日、フロイド事件は5月25日)、一貫性を欠くと言わざるを得ない。
マイクロソフトは黒人の経営幹部を増やすと公約
ジョージ・フロイド殺害事件が起きたその夏、マイクロソフトは2025年までにディレクター層、マネージャー層、パートナー層(いずれも同社内の役職名)、経営幹部層の黒人およびアフリカ系アメリカ人、ヒスパニックおよびラテン系アメリカ人を倍増させるため、1億5000万ドルを拠出すると約束した。
マイクロソフトは2021年のダイバーシティレポートで、上記の対象層いずれも達成率が20%を超えたことを明らかにしている。
【図表3】ジョージ・フロイド殺害事件をきっかけにマイクロソフトが公約した数値目標の達成に向けた進捗状況(2022年時点)。71%と際立つ(2段目)のは、マネージャー(ディレクターより下位)に占める黒人およびアフリカ系アメリカ人の割合倍増に対する進捗度。
出所:マイクロソフト資料よりInsider編集部作成
同社の複数の黒人従業員はInsiderの取材に対し、公約実現に向けた進捗はまったく足りないし、あまりに遅すぎると批判しつつ、マイクロソフトは取り組みを始める前の元の水準が業界のなかでも低すぎることを指摘した。
同社の最新のダイバーシティレポートによれば、ディレクター層に占めるヒスパニックまたはラテン系アメリカ人は、2019年が4.7%、20年は4.8%、21年に5.2%へと微増。黒人またはアフリカ系アメリカ人も同様で、2019年が2.5%、20年は2.6%、21年に3.2%となっている。
なお、ディレクター層に占める白人の割合は2021年に58.2%で、20年の60.3%から微減している。
マイクロソフト社内のダイバーシティについて、匿名条件なら対外的に自由に話せる立場にあるという黒人のディレクター層従業員は、どんな取り組みを導入したところで、黒人専門職である限り、職場での立場や扱いが簡単に変わることはないと吐き捨てる。
このディレクター層従業員は、信用を得るためにありとあらゆる仕事内容を文面に残したり、評価の目にとまるように社内の他の黒人リーダーに口添えしてもらったり、同等の白人従業員よりも多くのことをしなければならなかったと証言する。
「私たち黒人従業員はよく『黒人税』の話をします。これまで出社して指定された仕事をするだけでよかったことは一度もありません。いつもプラスの何かをする必要があったのです。それがどんなことであれ」
[原文:CHARTS: These graphics show how the tech industry has changed 2 years after George Floyd's murder]
(翻訳・編集:川村力)