スタートアップであるヘルメウスの超音速旅客機は、20人の乗客を乗せ90分で大西洋を横断できると言われている。
Helmeus
人類が音速の5倍の速さで飛行する極超音速飛行に初めて成功して以来、この分野の研究開発は軍と防衛関連産業が独占してきた。彼らはいまだにこの分野に大金をつぎ込んでおり、アメリカの国防総省は極超音速兵器の研究費として、2023年だけで47億ドル(約6400億円、1ドル=136円換算)の予算要求をしている。
しかし最近では、ミサイル開発のためではなく商業利用を狙い、ベンチャーキャピタリストたちが航空宇宙分野に参入してきている。彼らは、人や貨物を2時間以内に世界中に運ぶ極超音速飛行機を開発しようとするスタートアップに、数百万ドル(数億円)の資金提供をしている。
例えばスタートアップのヘルメウス(Hermeus)は、2022年3月に起業家で投資家のサム・アルトマン(Sam Altman)が主導するシリーズBラウンドで1億ドル(約136億円)を調達している。 ヘルメウスは、大西洋を90分で横断できる20人乗りの極超音速旅客機を開発中だ。
貨物配送用の極超音速飛行機を開発しているスイスのスタートアップ、デスティナス(Destinus)は、2022年2月のシード資金調達ラウンドで2900万ドル(約39億円)を調達している。
ベンチャーキャピタルのプライム・ムーバーズ・ラボ(Prime Movers Lab)のパートナーでシステムエンジニアのリズ・スタイン(Liz Stein)はInsiderの取材に対し、「過去50年以上、科学技術はこの分野で発展を遂げてきました。今では『多くの科学的リスクが取り除かれた』と言えるところまで来ました」と語る。
旅客機による空の旅の変革
マッキンゼー(McKinsey)のパートナーで、モビリティと航空宇宙を専門とするロビン・リーデル(Robin Riedel)は、極超音速のスタートアップへの資金流入の背景には、3つの要因があると指摘する。
第一に、航空宇宙業界では、スタートアップが巨大な既存企業に対抗できるということが証明されたことだ。「スペースX(SpaceX) が何よりもそのような考え方を作り上げました」とリーデルは言う。「同社が登場する前は、すでに既存企業によって確立された分野だという認識が少なからずあったように思います」
第二に、航空宇宙産業は、乗客の旅を劇的に変える革新的な技術に飢えているということがある。民間航空機は既に何十年もの間、ほとんど同じ速度、つまり音速より少し遅い程度の速度で飛行してきた。「より速いものに対する市場の需要と興奮が、極超音速への動きを後押ししているのだと思います」とリーデルは語る。
そして第三は、コンピューターやエンジン技術の進歩、耐熱材料の革新により、極超音速飛行がより現実的になってきたことだ。
超音速は旅客機の枠を超えた可能性を秘めている
現在、複数のスタートアップが、極超音速旅客飛行を実現して長時間の国際線フライトを短時間化しようとしている。 スタインは、商業用極超音速機の中でも、旅客飛行が最も強力なビジネスモデルで、最初に実現しそうな分野だと言う。なぜなら、多くの人々がより速く世界を横断するために高い代価を支払うと考えられるからだ。
また、ワクチンや移植用の臓器など、一刻を争う貨物の輸送に注力しているスタートアップもある。しかし、NASAの研究によれば極超音速の商業貨物市場は「まだ存在していない」とスタインは言う。
極超音速のもう一つの活用用途が宇宙空間への打ち上げだ。人工衛星やその他の貨物を大気圏外に打ち上げるコストを下げるために、一段で軌道に到達する極超音速飛行機を作ろうとしているスタートアップも何社か存在する。 しかし、業界ではこれまで長い間、一段で軌道に乗るロケットの開発は試みられており、その技術がまだ確立されているとは思えないとスタインは言う。
商業化はまだ数年先か
技術の進歩やベンチャーキャピタルからの数億円規模の資金提供にもかかわらず、一般の旅行者がニューヨークからロンドンまで90分のフライトを利用できるようになるには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
極超音速旅客機のような高度な技術を実現するには、巨額の資金(数億円ではなく数千億円)が必要であり、スタートアップにとっては、プロジェクトを遂行するための資金を確保することが大きな課題になる。そしてその後は、それを収益性の高いビジネスに成長させるという課題が待っている。
「本当のチャレンジは、価値を生み出すやり方で実現することができるかということです」とリーデルは言う。「超音速旅客輸送を本格的に実現させるには、おそらくあと10年は必要だと思います」
(編集・大門小百合)