経費削減の必要に迫られるスタートアップ。VCはどんなアドバイスをしているのだろうか。
Emergence Capital; Hoxton Ventures; Lerer Hippeau; Upfront; Marianne Ayala/Insider
スタートアップの創業者らは今、強い痛みを覚えている。
ベンチャーキャピタル(VC)はここ何年もの間、スタートアップに対して「何が何でも成長せよ」と言い続けてきた。それなのに突如として、テック業界にはここ10年お目にかかったことのないような新たなお達しが出た。
経費を削減し、できるだけランウェイを延ばして「死のスパイラルを回避せよ」——先ごろ、シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)、セコイア・キャピタル(Sequoia Capital)はスタートアップの創業者たちにそう警告を発したのだ。
VCの資金が枯渇し、テック業界の上場企業の株価は急落するなど、同業界はここ数カ月苦境に陥っている。
「株式市場とプライベートマーケット双方における最近の調整を考えれば、株価収益率は下がってきますから、企業はそれを押し戻すためにさらに業績を上げる必要があります。つまり、ランウェイを延ばさなければならないということです」
そう指摘するのは、レアラー・ヒプー(Lerer Hippeau)社のパートナー、イザベル・フェルプス(Isabelle Phelps)だ。「投資家たちも、収益と効率をよりいっそう重視するようになってきています」
スタートアップ企業にとっての最大の支出は、何といっても給与支払いだ。多くの場合、予算全体の半分以上をこれが占めている。
そのためにカメオ(Cameo)からボルト(Bolt)まで、先月だけで70社以上のスタートアップが合計1万7000人の従業員解雇に踏み切っており、テック業界の解雇情報をまとめたサイト「Layoffs.fyi」によると、これは2022年4月から350%の増加だという。
とはいえ、スタートアップにとって経費削減の方法はレイオフ以外にもいろいろある。そこでInsiderは9社のVCを取材し、自身のポートフォリオ企業に対して今どんなアドバイスを授けるか尋ねた。
マー・ハーシェンソン(ピア・ベンチャーズ 共同創業者兼マネージング・パートナー)
マー・ハーシェンソン
Pear VC
プロダクトの価格を重視すること。顧客に、月々の定額払いではなく1年契約の一括前払いに合意してもらえるなら、現在の市況ではその方が得策だ。
取引ごとに必ず利益を上げることも重要だ。VCの資金で成長を買うことはできない。あなたが利益を挙げるのに必要なだけの金額を顧客に支払ってもらえないなら、早いうちにそれを見極めることだ。
そんなの当たり前じゃないかと思うかもしれないが、必ずしもそうとは言い切れない。創業者というのは自社のプロダクトの価格をつい安めに設定しがちだが、顧客にもっと払わせるべきだ。
同じ価格で機能を減らせないか、サービスを減らせないかと検討してみること(これは特に、運営費の比重が大きいビジネスについて言える)。例えば、10分で届けなければいけないのか?30分ではどうか?などだ。
シード段階ではマーケティング費を最小限にとどめ、体系的な低コストのチャネル(コンテンツ、照会、その他)に注力する。そのようなチャネルを構築することが、長い目で見れば常により良い、より持続可能な戦略となる。
ベンダー契約を再交渉するのも手だ。例えば、セールスフォースなどのプラットフォームに高額を支払っていないだろうか。私だったら担当者に電話して、解約しなければならないなどと言ってみる。同じことが弁護士などのサービスについても言える。常に契約内容を一つひとつ細かく見直し、何が削れるかを考えよう。
マーク・サスター(アップフロント マネージング・パートナー)
マーク・サスター
Upfront
バランスシートを改善するための資金調達を検討しているなら、最終ラウンドの査定額が今後のバリュエーションの目安になるなどとは考えないこと。
屈辱的とも言えるが、「バリュエーションを最大化する」代わりに、あえて旧式化するリスクをとって、「0ではなく1」になるように最適化すること。
「SAFE(将来株式取得略式契約スキーム)」は、将来のある時点で合意した価格で投資家が株式を購入できるようにするものだが、これはあくまで好景気だった頃のツール。SAFEを使ってシステムの駆け引きを試みようなどとは考えないこと。
ジェイク・セイパー(エマージェンス・キャピタル ゼネラルパートナー)
ジェイク・セイパー
Emergence
計画中のイベントやカンファレンスを対面からZoomへ切り替えること。
外部ベンダーに対する支出をまとめること。資材を保管しておくためにあちこちのサービスを利用していたなら、集約型のナレッジマネジメントプラットフォームに統合すればいい。
現金で払っていたボーナスや昇給分を株で支払うと提案するのも一案だ。状況によりけりだが、うまくすればインセンティブを体系立てるのに役立つ可能性もある。
カール・アロマー(M13 マネージング・パートナー)
カール・アロマー
m13
当社で実践しているのは、我々が「非情なる優先順位付け」と呼んでいるものだ。具体的な目標の達成に資する特定の取り組みにのみ的を絞り、事業目標に直接的なインパクトを持たないものは容赦なく優先順位を下げていく。
次の資金調達ラウンドを実施するうえで役に立つポイントを特定し、次に事業目標とは相反する全ての取り組みの貢献度を見極めること。
創業者は計画を策定し、リソースの浪費を最低限にとどめながら、予算内でこの計画が確実かつ効率よく達成できるようにすること。
ケビン・ザング(アップフロント パートナー)
ケビン・ザング
Upfront
自社のプロダクトや機能を見直し、顧客が本当に気に入ってくれているプロダクトはどれなのかを見極めること。その他のプロダクトにあまり力を入れ込みすぎないように。
多くの場合、顧客アンケートだけでは最も確かなシグナルは見つけられないが、(プロダクトの)稼働率は嘘をつかないものだ。
一番人気のプロダクトとPMF(プロダクト・マーケット・フィット)を見極めたら、価格設定を見直し、値上げを行うこと。値上げには多少の不平不満は出てくるが、長く利用してくれている得意先は値上げにも動じないものだ。結果としてより絞り込まれた上質の顧客基盤を拡大できるようになる。
グレゴア・ワトソン(ワンシャープ・ベンチャーズ 共同創業者)
グレゴア・ワトソン
1Sharpe Ventures
キャッシュの成長効率を強化する社内指標に注目すること。
サービスのための人的資本をあまり必要としない高収益率の顧客に的を絞ること。
職務についている担当者を、より少ない経費で置き換えられものではなく、必要不可欠かつ時間とカネを大幅に節約できるものに振り向けること。こうすることで、必要不可欠とはいえないソフトウェアを、配置転換された社員で置き換えられることもある(例:人事部の担当者を業務部へ異動させる、など)。
イザベル・フェルプス(レアラー・ヒプー パートナー)
イザベル・フェルプス
Lerer Hippeau
「あれば便利」という類のソフトウェアやシステムは、セールスやマーケティングコスト同様、数値化できる有益な見返りがないので、真っ先に経費削減のターゲットとなる。
多くの企業が現在オフィススペースなどの一般管理費を見直しているが、企業は既存の契約をすべて見返し、より多くの収益を生むような価格や条件を再交渉したほうがいい。
小さな支出も積み重なればかなりの額になるが、まずは最大の経費に注目しよう。計上費用も月々かさんでいくので、早く削減に着手すればするほどランウェイを延ばせる。
金利の上昇によって資本コストが増大した一方、今ひとつプライスドラウンド(編集部注:シリーズA〜Cなど、一株当たりの価格を決定したうえで株式によって資金を調達すること)にはタイミングがよくないがキャッシュを必要とする企業は、場合によってはベンチャー・デットを確保するという選択肢もいいかもしれない。
マット・マキルウェイン(マドロナ・ベンチャー グループ マネージング・ディレクター)
マット・マキルウェイン
Madrona Ventures
資金がどこへ流れていくかをきちんと確認すること。ただしこのとき、「時間とカネを優先させる必要のある場所という視点から確認しよう。今は、従業員たちを業務上の優先事項へ集中させるのに絶好のタイミングだ。手持ちの資金はそこへ投入すること。
自社にとっての有能な人材とは誰かよく考えること。今のような時期は優秀な人材を保つのが比較的容易だ。必要な職務を追加したり、以前なら高嶺の花だったようなトップクラスの優秀人材の獲得争いに参加することも比較的容易にできる。優秀な人材は企業に成功をもたらす。この点では非上場企業のほうに一日の長があるだろう。
フセイン・カンジ(ホクストン・ベンチャーズ パートナー)
フセイン・カンジ
Hoxton Ventures
ハードウェアのコンポーネントの中には、かつてなら0.8ドル(約100円)だったのに今では5ドル(約625円)するものがある。
あるスタートアップは、自社の価格設定が同業他社よりはるかに低いことに気づき、価格を10〜15%引き上げた。それによって利幅は大きく改善し、貢献利益ラインまで一気に下がった。
このようなマクロインフレ市場なら、ためらうことなく価格を引き上げるられるだろう。
(編集・常盤亜由子)