「炭火焼ホルモンまんてん 中目黒高架下店」では、客はスマホで注文。オーダーはタブレットに表示される。
撮影:横山耕太郎
「お客様からの苦情1位は、店員を呼んでも来ないこと。オーダーにすぐ反応するのが大事なのですが、たとえ店員が何人いたとしても、オーダーが重なることもあって難しいんです」
東京・中目黒駅のガード下にある焼き肉店「炭火焼ホルモンまんてん 中目黒高架下店」の渡辺慎一郎店長はそう話す。
この店舗では2020年冬にテーブルオーダーのシステムを導入。店を訪れた客は、テーブル上に置かれたQRコードをスマホで読み取り、そこから注文するため、紙のメニューは置いていない。
来店客の中には「そういう注文方法ならいいや」と店を去ってしまう人も一定いるものの、それ以上にメリットが大きい。テーブルオーダーを導入したことで、4人必要だった店員が、3人で回せるようになり、クレームも減ったという。
この店で導入しているのはリクルートが提供する「Airレジ オーダー」。利用料金は月額約2万円だ。炭火焼ホルモンまんてんは5つの直営店を持つため、直営5店舗の年間の負担額は約120万円にものぼる。しかし人件費の削減分に比べれば、はるかに安いという。
モバイルオーダーで「ホワイトな職場」
スマホ上の「炭火焼ホルモンまんてん」のオーダー画面。カテゴリーも見やすく、操作上の動作も速かった。
撮影:横山耕太郎
2019年11月にオープンしたこの店舗は、コロナ禍で休業を強いられたり、ランチ営業に挑戦したりと、翻弄され続けてきた。
そんなコロナ禍で推し進めたのがデータやデジタルを活用した経営の効率化だ。
人材費や食材費のデータから原価率を共有する自社アプリを作り、ひと目でその日の損益が分かる仕組みを導入した。
また時間帯や季節、天気による来客数や売り上げデータを蓄積。仕入れを調整して廃棄の減少につながったほか、業務を効率化するために、肉の下処理を同じ店舗でまとめて行うセントラルキッチン方式も始めた。
「飲食業の人手不足はこれからも続く。効率的な働き方をすることで従業員を確保し、売り上げを還元していきたい。
モバイルオーダーも働き方をホワイトにする取り組みのひとつで、まだ導入店は少ないですが今後は当たり前になっていくと思います」(渡辺店長)
シフト管理から採用までSaaSを展開
リクルートにおけるホットペッパーグルメの役割が変わりつつある。
REUTERS/Mayu Sakoda
リクルートが運営する大手グルメサイト・ホットペッパーグルメが、いま、大きくその役割を変えようとしている。
ホットペッパーは2000年にフリーペーパーとして誕生。ウェブ版が主流になった今でも、主に広告掲載で収益を得るモデルは変わらない。
しかし、リクルートにおけるホットペッパーグルメの意味は、単なる飲食店の広告事業を超え、経営を支援するデジタルツールを提案する足掛かりとしての価値が増してきている。
リクルートが注力しているのが、決済サービス「Airペイ」を含むSaaS事業・Air ビジネスツールズだ。
決済やテーブルオーダーシステムに加えて、スタッフのシフト管理、経営管理システムなどのほか、採用ページを作成し、同じくリクルートが運営するIndeedに求人を掲載できるサービスなど15商品を展開している。
見え始めた「成長の限界」
ホットパッペーグルメが従来の広告モデルからの脱却を進める理由は、「サービスの成長の限界」への危機感からだ。
リクルートの北村吉弘社長は、Business Insider Japanのインタビューで、SaaS事業と連携を強化した理由を次のように答えている。
「我々が提供するメディア(じゃらん、ゼクシィ、ホットペッパーグルメなど)が獲得できる顧客数は、すでに限界に達しているのではないか。ひょっとして成熟の始まりではないか。これはグループ全体を束ねる立場から見たら、ちょっと恐怖を感じる出来事だったのです」
リクルートHD全体で見れば業績は絶好調だが、売り上げ規模だけを見れば飲食事業の存在感は薄まっている。
2022年3月期連結決算の売上高は、約2兆8717億円と同社史上過去最高を更新したが、Indeedの海外売り上げなどが成長をけん引している。
また広告メディアの事業では、コロナの影響を強く受けた。決算説明資料によると、住宅情報の「SUUMO」や、美容室予約の「ホットペッパービューティー」が「回復をけん引している」とされたが、ホットペッパーグルメなど飲食領域は前値比で減収。コロナの影響をひきずっている。
こうした厳しい現状を突破する事業として注目したのが、Air ビジネスツールズというSaaS事業との連携だったと言える。
データ経営がもたらすメリット
リクルート飲食部門ディビジョン長の徳重浩介氏。
撮影:横山耕太郎
「SaaSはコロナ禍で一気に加速した。予約から注文、採用まで『調理や接客する以外』はすべて私たちに任せてもらうことを目指している」
リクルートでホットペッパーグルメを率いる飲食部門ディビジョン長の徳重浩介氏はそう話す。
テーブルオーダーや予約管理システムなどのサービスは、他のグルメサイトはもちろん、他のSaaS企業も参入している市場だ。
その中でのリクルートの強みは、1つのIDですべてAirサービスを使え、データを連携できること。経営状況をデータで確認できるだけでなく、データに基づいて広告戦略やメニュー展開などができる。
「客足が少ない午後5時にはホットペッパーグルメやモバイルオーダーの画面にどんな写真を載せれば集客・注文につながるのか。2次会、3次会の時間帯ではどんなコースの需要があるのか。店が想定している人気メニューと、カスタマー側が求めている商品にずれはないのか。
これまで感覚的に判断していた部分にデータを活用できるようになります」
実際に関西のチェーン店では、売り上げデータを活用した上で、同じエリアの人気店の傾向分析から、メニュー開発を始め人気商品を生んだ例もあるという。
強化した「カスタマーサクセス」
飲食業界だけでなく、SaaS事業はリクルートこれまで運営してきた業界での展開を目指している。
出典:リクルート決算説明資料
もはやホットペッパーグルメに関わる営業担当の役割は、これまで通りに広告掲載のセールスだけではない。飲食店とじかに接する営業担当は、10以上のSaaSを飲食店に提案する役目を担っている。
いま最も強化しているのが、SaaS導入後のカスタマーサクセスだ。約200人体制でカスタマーサクセスの人員を確保し、営業担当と経営サポート担当がチームを組み、全国の飲食店への営業とフォロー体制を組織している。
これら営業チームでは、新機能が次々と開発されるSaaS機能についての勉強会に加え、サービスをどう使って効果を上げたのか知識を共有。顧客満足度を高めた成績優秀者を表彰するなど、「リクルート流」の営業スタイルを続けている。
「その飲食店がどうサービスを生かせるのか。ナレッジで(他のサービスに)勝つぐらいの提案が大事だと思っています。売りっぱなしだと飲食店は離れてしまいます。
ホットペッパーグルメで予約者数を可視化できますが、Airのサービスも導入してどう効果があったのかを検証し、ノウハウを社内で共有していくことは欠かせません」
「紙のメニューがない店も当たり前の世界に」
「炭火焼ホルモンまんてん」にはメニューブックはなく、QRコードをスマホで読み取ってオーダーする(写真の一部を加工しています)。
撮影:横山耕太郎
一方で徳重氏は「私たちがすべきことはAir ビジネスツールズを売ることだけではなく、まずはホットペッパーグルメへの掲載店を増やすこと。集客力を持つホットペッパーグルメこそが、SaaS事業の土台になる」と強調する。
ホットペッパーグルメは、「ネット予約可能店舗数1位」(2021年6月時点、東京商工リサーチ調べ)というスケールメリットを生かし、有料広告の掲載で優位に立ってきた。
ネット予約情報とSaaSのAirサービスのデータは連携できるので、Air ビジネスツールズ事業のためにも、その土台こそが重要だという。
コロナ感染が落ち着き、飲食店が大勢の客で埋まる光景も珍しくなくなってきた。
ホットペッパーグルメの1日の予約件数は、コロナ前を上回る日も出てきており、4月以降は広告掲載を含めた販売促進費がグルメサイトに回ってきているという。
「日本の飲食店は約60万店舗あり、そのうち電話などで予約できる店舗は約30万店舗。ただ現状でネット予約ができる店舗は10万店以下です。ネット予約の営業についても、まだまだ開拓の余地はあります」
徳重氏は飲食におけるSaaS市場で、「競合はもちろん、Indeedなどほかのリクルート国内事業にも負けない成長を目指す」という。
「10年前にオンラインの予約台帳を始めた時は『紙がいいんだ』と、最初は使ってもらえなかった。それが今では当たり前になっています。セルフオーダーなどAirのサービスを浸透させることで、紙のメニューがないことも当たり前になっている世の中を作りたい」
(文・横山耕太郎)