テネシー州・チャタヌーガの人口は2010年から2020年にかけて、2万人増えた。
Lawson Whitaker
世界的なソフトウェア開発会社でシニアパートナーシップ・ギビングマネジャーを務めるレイチェル・ポール(Rachel Pohl)と、彼女の夫でヘルスケア会社の上級副社長であるジェシー・ローゼンタール(Jesse Rosenthal)は、アメリカが新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われてすぐに、カリフォルニア州サンフランシスコを離れる時が来たと悟った。
「カリフォルニアは住宅価格が高くて、ホームレス危機が発生していたほどでした。私たち2人も、狭くて小さな、かろうじて2ベッドルームあるようなアパートで仕事をしていたんです」とポールは語る。
フロリダ出身のポールと、バージニア出身のローゼンタールにとって、カリフォルニアはもともと何の縁もない土地だった。2人の勤務先が在宅勤務の規定を緩和したことも大きい。
「『いよいよ潮時かな』って。カリフォルニアに私たちを縛りつけるものは何もなくなったので」
そんなことを考えていた2021年4月、ポールとローゼンタールは、テネシー州チャタヌーガに住む友人のもとを訪ねた。人口18万1000人のこの小さな町の、親切な住民と管理が行き届いた様子に2人は衝撃を受けたという。
「『チャタヌーガに住もう。ここにしよう』と即断即決でした」
夫妻は12月に4000平方フィート(約371平方メートル)の住宅を購入した。価格は非公開とのことだが、不動産ポータルサイトRealtor.comによると、現在、サンフランシスコの住宅の取引価格の中央値は130万ドル(1億7400万円、1ドル=134円換算)。これに対してチャタヌーガは約30万ドル(約4000万円)だ。
Spotifyのプロダクトマネジャーで、28歳のスクリティ・チャダ(Sukriti Chadha)も、ニューヨークからチャタヌーガに移り住み、これ以上ない幸せな時間を過ごしている。彼女は2021年8月に、チャタヌーガでの住居費はニューヨークの3分の2で、食費はおよそ2割安いと語っている。
「リモートワークができること、自然へのアクセス、空港、おいしい食事など、私が新居に求めていた要素をほぼ全て満たしています。木々や滝、野生のウサギ、そして時折裏口に訪ねてくるアルマジロの家族に囲まれることが、どんなに幸せなことか忘れていました」
チャタヌーガは、3人にとってだけでなく、多くの人にとっても魅力的な町かもしれない。テネシー川沿いに位置し、ナッシュビルとアトランタのほぼ中間に位置するこの町は、アウトドアスポットへのアクセスの容易さ、コミュニティ意識の強さ、そして超高速なインターネット回線により、リモートワーカー、特に高コストの大都市に疲れた人々にとって魅力的な移住先になっている。
スキルシェアプラットフォームであるアップワーク(Upwork)の調査によると、アメリカではパンデミック開始以来、500万人近くがリモートワークしやすい環境を求めて移住している。
人口統計は、チャタヌーガが10年以上にわたって増加傾向にある都市であることを示している。国勢調査のデータによると、チャタヌーガの人口は、2010年から2020年の10年間で2万人近く増加した。
なお、チャタヌーガの人口はパンデミック後の2020年7月から2021年7月の1年間で0.5%増加したが、対照的に、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、サンフランシスコといった主要な都市では同期間に人口が減少している。
チャタヌーガの自慢は高速インターネット
地元のインターネット・電力会社であるEPBは2010年に市全域に光ファイバー網を敷設した。これによりチャタヌーガは、アメリカ初のギガビットネットワークを実現した都市となった。このネットワークにより、チャタヌーガはインターネットが最も速い都市のリストに常時ランクインしている。
市長のティム・ケリー(Tim Kelly)は、同市を「リモートワーカーの天国」だと宣伝し、多くの市民やコワーキングスペースの管理者も同意見であるようだ。実際、住民となったポールもインターネットの速さを実感しているという。
「正直なところ、インターネット接続環境はサンフランシスコより格段に整っています。リモートワークのコミュニティがあるのも確かです」
チャタヌーガのコワーキングスペースの運営者によると、在宅勤務が可能にもかかわらず、他の人たちとのつながりを求める新規会員が増加傾向にあるという。
チャタヌーガのダウンタウンに1店舗を構える南部のコワーキングチェーン、イースペース(e|spaces)のマネジャー、エリン・ディックス(Erin Dicks)は、会員数が2019年6月から2022年6月の3年間にかけて325%増加したと明かす。
またディックスは、ノースカロライナ州ローリー出身のテック系セールスパーソンが旅行中に偶然チャタヌーガを訪れ、ここを気に入って、今では月200ドル払ってイースペース会員になったというエピソードを語ってくれた。
「彼は1年半の間、Airbnbを利用してさまざまな都市を行き来していました。数カ月前の冬にチャタヌーガを通り過ぎたのですが、結局戻ってきて、今はフルタイムの仕事をしているようです」
イースペースに加え、同市のコワーキングスペース、ソサイエティ・オブ・ワークの両社は、毎週、ネットワーク作りと交流のための集まりも開催している。ソサイエティ・オブ・ワークでコミュニティマネジャーを務めるメアリー・スタージェル(Mary Stargel)はこう語る。
「私たちのコワーキングオフィスはメンバーシップ制ですが、実際には地域コミュニティを中心に成り立っています。ここは仕事をする場所であるだけでなく、顔なじみの人に挨拶する場所であり、一日を有意義に過ごすための場所でもあるのです」
オクラホマ州タルサやジョージア州サバンナのように、1万ドル(約130万円)の助成金を出したり、引っ越し費用を負担したりするなどして移住にインセンティブをつけている都市もある。
チャタヌーガは今のところ口コミに頼っているが、効果は出ているようだ。ケリー市長はこう語る。
「この町の生活の質の高さが、全てを物語っていると思います。私たちがすべきことは、私たちのストーリーを伝え続けること。それも上手に伝え続けることでしょう」
ケリーは、チャタヌーガの人口は今後も増え続けると確信している。
「よりバランスのとれたライフスタイルで、地域社会とのつながりを感じながら暮らしたいという人たちがいるのです。チャタヌーガはまさにそのような場所ですよ」
(編集・野田翔)