連邦最高裁の前で抗議の声を上げる若者たち(2022年6月13日、ワシントンD.C.)。
REUTERS/Evelyn Hockstein
- アメリカ連邦最高裁は6月24日(現地時間)、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認める1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す判断を下した。
- 1996年以降に生まれたZ世代の若者たちは、判決が覆された後の世界が「とても怖い」とInsiderに語った。
- こうした状況の中で、セックスや恋愛、フックアップ・カルチャーに対する自身の姿勢を考え直したと話す若者もいる。
マデリーンさん(24)は男性との関係を全て断つかもしれないという。
マーケティング・アシスタントとして働く、バイセクシャルを自認するマデリーンさんは、最近では女性パートナーに限ることが一番安全にセックスをする方法かもしれないと考えるようになったとInsiderに語った。
男性が怖いからではない。望まない妊娠とその後の選択肢がないことへの恐怖が高まったからだ。
アメリカでは5月初め、人工妊娠中絶を憲法上の権利を保障した1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す可能性を示唆する連邦最高裁判事の多数派意見をまとめた草案がリークされ、Politicoがこれを入手し報じていた。6月24日、最高裁はロー対ウェイド判決を覆す判断を正式に下した。
Insiderではこの最終判断を前に、1996年以降に生まれたZ世代の若者に話を聞いた。
判決が覆された後の世界を思うと「怖い」「気分が悪い」
テキサス州ヒューストン在住の高校生アデリーンさん(17)は、ロー対ウェイド判決が覆されるかもしれないと聞いて「とても怖いと思った」とInsiderに語った。
アデリーンさんが住んでいる"州"も間違いなく影響している —— テキサス州は連邦最高裁がロー対ウェイド判決を覆し次第、直ちに全てまたはほぼ全ての中絶を禁止するいわゆる「トリガー法」を成立させているアメリカ13州のうちの1つだ。
「驚いたことに、自分が妊娠して、どうしたらいいか分からなくなる夢まで見ました」とアデリーンさんは話し、「悪夢」のようだったと付け加えた。
こうした悪夢を見るようになったのは、ロー対ウェイド判決が覆されるかもしれないと知ってからのことだという。
「悪夢が現実になるかもしれませんね」とアデリーンさんは話した。
大学生のキャサリンさん(19)は、最高裁の草案の内容を知って最初は衝撃を受けたとInsiderに語った。ただ、落ち着いて客観的に考えてみると、連邦最高裁の判事の性別、人種、年齢構成を考えればさほど驚くことでもないと思い直したという。
「彼らは(判決が覆されても)個人的に影響を受けませんから」
Insiderでは6月に入ってから、判決が覆された後の世界でのセックスやフックアップ・カルチャーについて、Z世代の意見をソーシャルメディアで募集し、数十人から回答を得た。
その結果、妊娠することへの「絶え間ない恐怖」を嘆く人もいれば、気候変動や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック、女性の生殖権への攻撃といった問題を抱えるこの世界で子育てすることへの「絶望」を口にする人もいた。「憤りを感じる」「動揺している」「気分が悪い」「怖い」など、回答者はさまざまな言葉で自身の感情を表現した。
回答者の多くは「中絶合法化を支持する」とした上で、最高裁が近い将来、個人の選択する権利を覆そうとしていることに怒りを覚えると答えていて、これはピュー・リサーチ・センターの5月の調査結果とも合致する —— この調査では、30歳以下の成人の75%が中絶は基本的に合法であるべきだと答えていて、このうち30%はどのような状況でも例外なしで全て合法であるべきだと考えていた。
ニューヨークのワシントン・スクエア・パークでは、中絶の権利を支持する若者たちが抗議の声を上げていた(2022年6月3日、ニューヨーク)。
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多様性、クィア、政治に熱心なZ世代
ピュー・リサーチ・センターによると、1996年以降に生まれたZ世代はこれまでのどの世代よりも人種的、民族的に多様な世代で、圧倒的に進歩的だ。また、この世代は上の世代に比べて、アメリカが他の国よりも優れていると考える人の割合が少なく、史上最も教育を受けた世代になりつつあるという。
LGBTの権利保護にも上の世代より積極的で、アメリカではZ世代の6人に1人はLGBTを自認するなど、最も"クィア"な世代でもある。
こうした要素の全てが、Insiderが話を聞いたZ世代の若者のセックスに対する姿勢に影響を与えている。性的な関係や恋愛について、この世代は上の世代とは全く異なるアプローチを取っている。
「Z世代はセックスやフックアップ・カルチャーに対してオープンな世代です」とアデリーンさんは語った。性的に活発だろうと、禁欲主義であろうと、アデリーンさんの周りの大半の女性は他の女性のそうした判断を完全に尊重し、支持しているという。
ただ、セックスに対して肯定的だからといって、それは必ずしも回数の多さを意味しない。2021年のある研究によると、Z世代は実際、上の世代ほど不特定多数の人とのカジュアルなセックスを楽しんではいない。専門家はアルコール消費の減少やソーシャルメディアの使い過ぎ、実家暮らしの長期化などが影響していると考えている。
だからといって、Insiderが話を聞いたZ世代の若者たちはセックスをかつてのように"タブー視"しているわけではないという。
「わたしたちの世代は(セックスについて)話すのは平気です」とアデリーンさんは語った。
Insiderが話を聞いたZ世代の多くは、自分たちの世代が近年、他の世代よりも政治に対して積極的になっていることにも気付いたという。きっかけはトランプ大統領で、パンデミックでさらにその傾向は強まったと話している。ロー対ウェイド判決が覆るかもしれないというニュースは、若い世代の政治への関与をさらに後押ししたとアデリーンさんは指摘する。
ただ、Z世代の進歩的な姿勢や"やっちゃえ"精神は、若い世代への「不公平な」期待のように感じられることもあると、キャサリンさんは話している。
「上の世代はZ世代が変革の担い手だと言いますが、そもそもわたしたちがそんな立場に置かれるべきではないんです」とキャサリンさんはInsiderに語った。
「20年以上前にどうにかしておくべきだったことを変えるのが、どうしてわたしたち次第なんですか?」
セックスの新たなリスク
調査によると、Z世代は中絶の問題についても同様の感覚を持っている一方で、"ロー対ウェイド判決が覆された後の世界"についてInsiderが得た回答は、個人差が大きかった。
アデリーンさんは、セックスについては常に責任ある判断を下す努力をしてきたとInsiderに語った。母親は10代で出産し、アデリーンさんはそれが2人の生活に与えるさまざまな影響を見ながら育った。恋人を作るのは17歳になってからと、常に自分に言い聞かせてきたという。
2022年に入って17歳になったアデリーンさんは、母親とセックスについてオープンに話し合い、避妊についても話をしたと語った。
ところがリークされた連邦最高裁の草案の内容を知ってから、アデリーンさんは自分が本当にセックスをしたいかどうか、一から考え直さなければならなくなったと明かした。望まない子どもができる可能性のある選択をすることが怖くなったのだという。
連邦最高裁の前で抗議のプラカードを掲げる若者たち(2022年6月6日、ワシントンD.C.)。
REUTERS/Evelyn Hockstein
一方、キャサリンさんは最高裁の判断が下された時にはすでにフックアップ・カルチャーに加わっていた。
バース・コントロールを続けるのはキャサリンさんのからだと心の健康に悪い影響を及ぼすため、選択肢になく、だからこそ突然現実味を増してきた不特定多数の人とのカジュアルなセックスの結末を見つめ直すことになったという。
「20代はできるだけ楽しみたいと思っていたのに、それができなくなったらわたしはどうなってしまうのか… 中絶が必要になった時に手術が受けられなかったらわたしはどうなるのか、と」
自分のからだに関するリスクを考えると、自分がこれまでよりも「控えめ」になっていることに気付いたとキャサリンさんは話している。
他にも、Insiderの取材に応じてくれた回答者の中には、共和党が強い州に引っ越すのが怖くなったという人や、望まない妊娠を避けるために卵管を縛るなどの処置を受けたいという人もいた。
マデリーンさんの場合はロー対ウェイド判決が覆されるかもしれないと聞いて、カジュアルなセックスに二の足を踏むようになったと話している。そして、関係を持つ時はこれまでよりも先を見越したアプローチを取るようになったという。
「フックアップ・カルチャーでは、ただセックスをしているだけなので、普通はそうした問題をすぐには持ち出さないものなんです。でも誰かと寝ることになったら、その時点で必ず触れておく必要があると思っています」
マデリーンさんは最近、こうした話し合いをある男性パートナーと始めたと言い、気まずいであろう話題に対して相手が「とても丁寧」に応じてくれたとInsiderに語った。
ただ、ロー対ウェイド判決が覆された後の世界では、マデリーンさんは望まない妊娠を避けるために、関係を持つ相手を女性に限るつもりだと話している。
ロー対ウェイド判決をめぐる会話は当初、妊娠可能な人々が中心だった。Insiderの呼びかけに直接応じてくれた25人の回答者のうち、85%以上は非男性だった。そして、回答してくれた数少ない男性は、ロー対ウェイド判決が覆されても自身のセックスに対する姿勢に影響や変化はないと答えていた。
とはいえ、Z世代の男性が何も心配していないということではない。
Insiderの呼びかけに応じてくれた、学生でリフトオペレーターとしても働いているカーソンさんは、選択肢がない状態でパートナーを妊娠させてしまうのが怖いと話している。景気の停滞や粉ミルク不足といったいくつもの危機が重なっている時はなおさらだ、と。
恐怖… そして不完全な解決策
連邦最高裁の判断が下される前、Z世代の多くは恐怖を感じているとInsiderに語っていた。
アデリーンさんは、同年代の若い女性たちの間で、困っている女子が中絶薬を購入できるかもしれない「怪しげな」ウェブサイトの情報が出回っていると話した。アメリカには中絶薬を提供するまっとうな企業も複数存在するが、アデリーンさんはこうした"最後の切り札"を探し出すのが若者にとっては簡単ではないと嘆いた。
一方、マデリーンさんは一夜限りの関係がもたらす、人生を一変させる結果を多くの男性は理解できていないように見えると嘆いている。キャサリンさんは女性のからだを政治問題にしようとする政治家の執着を非難した。他にも、望まない妊娠が自分たちの健康や経済状況にどのような影響を及ぼすのか、不安の声も聞かれた。
Z世代にとっては明白だ —— 危険度は高く、解決策は不完全なのだ。
「女性や子宮を持つ人が、必ずしも子どもを産み育てる手段を持っているとは限らないと理解するかどうかはその人次第です」とキャサリンさんは語った。
「親になるべきでない場合もあります。親になることが恵みになることもあれば、呪いになることもあるんです」
(翻訳、編集:山口佳美)