この社長、実は「そっくりアバター」。SaaS企業・HENNGEが「分身」で決算動画作った理由

小椋社長

決算説明動画に出演しているHENNGEの小椋社長。実は「本人」ではない。

撮影:横山耕太郎

「皆様こんにちは、HENNGE(ヘンゲ)株式会社・代表取締役社長の小椋です。当社グループの決算説明動画をご視聴くださいましてありがとうございます」

トレードマークだという和装で登場した小椋社長のあいさつから始まる決算説明動画。しかしこの動画の小椋社長は、実際の小椋氏ではない。

なんと、イギリスのベンチャー企業のサービスで作った小椋氏の「アバター」なのだ。

話題の動画はこちら。動画に登場する小椋社長と天野CFOは、どちらも本物そっくりのアバターだ。

出典:HENNGE・2022年9月期第2四半期決算説明動画

しかも英語版の動画では、アバターだけではなく、声まで小椋氏の声に似せて作られた人口音声が使われているという。

なぜ決算説明動画にわざわざアバターを使ったのか。HENNGEにその真相を取材した。

社長本人も驚くクオリティー

HENNGEの青江さん

オンラインで取材に応じたHENNGEの青江さん。アバターによる決算説明動画は社内外から驚かれたという。

撮影:横山耕太郎

「完成した動画を見た時は、あまりのクオリティーの高さに驚きました。小椋(社長)本人も『本物と見分けがつかない』と話しています」

HENNGE・IR担当のBusiness Planning & Analysis Division青江彩佳さんはそう話す。

HENNGEは2019年の上場後、四半期ごとの決算発表の際に、投資家や投資会社社員など約150人が参加する説明会をリアルで開催してきた。

しかしコロナの影響でリアル開催ができなくなり、2020年5月の決算説明会からは、日本語と英語版の2つの動画を自社で作成し、YouTubeで公開していた。

ただ動画の作成は、何かと手間と時間がかかる。

「機材の準備や撮影場所を確保する手間もありますが、小椋(社長)もずっとカメラを見て話す必要があるため、言い間違えも起きます。表情や表現を複数の社員でチェックする必要がありました」

HENNGEでは決算資料の発表と同時に説明動画もアップする。そのため、限られた時間で効率よく動画を作る必要もあったという。

動画を送って2週間でアバター完成

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AI動画を作成できるSynthesia。イギリスのスタートアップで累計75億円以上を調達している。

提供:Synthesia

決算説明動画作りの転機は、突然やってきた。

2021年の年末に、CFOで副社長の天野治夫氏が、文字を打ち込むだけでアバターが話している動画を作成するAIを提供する「Synthesia(シンセシア)」が累計75億円以上を調達したというニュースに興味を持ったことがきっかけだった。

イギリス発のこのAI動画作成サービスは、もともとコロナで出社ができなくなった企業が、社員研修用にアバター動画を制作したことで注目を集めていた。日本拠点を置いていないサービスだったが、HENNGEのIR担当がイギリスに連絡して契約した。

社長アバター作りは簡単だった。

小椋社長にカメラに向かって3分ほど話してもらい、その動画データをSynthesiaに送るだけ。約2週間後に、社長アバターが完成した。

今回の日本語の決算動画では、小椋社長が音声データを録音。そのデータをSynthesiaにアップロードすると、アバターが口や表情を変化させ、あたかも本人が話しているかのような動画が仕上がる。アバター動画を作る上で、専用の撮影機材などは不要だ。

英語の合成音声、意外な苦労も

また英語版の決算動画では、アバターだけではなく、音声も本人とそっくりの合成音声が使われている。

英語版の決算説明動画。本人の映像だけでなく、声も合成音声が使われている。

出典:HENNGE・2022年9月期第2四半期決算説明動画

今回HENNGEでは、アメリカのOverdub(Descript社が提供)という合成音声のサービスを利用。合成音声の作成サービスに関は、英語だけでなく日本語を含めて他のサービスも登場しているが、英語の発音の質などを検討し、このサービスに決めたという。

日本語の合成音声は、「やや不自然になってしまうこともあった」と言い、導入を見送った。

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HENNGEが決算説明動画で使った合成音声サービス「Overdub」。

Overdubのウェブサイトを編集部キャプチャ

合成音声サービスは、社長が英語を話している約30分間の音声データを送れば、AIが本人の声を学習。テキストを打ち込めば、“本人の声”で文章を読み上げてくれる。HENNGEは社内公用語を英語化しており、小椋社長も英語が堪能ではあるが、英語での決算説明動画は、日本語よりも手間がかかっていたという。

「英語でのプレゼンはグローバルなテンションもあるので、伝えたいことをきちんと表現するのは簡単ではありませんでした。今回はテキストを打ち込むだけなので、言い間違えや確認の手間が減りました

一方で合成音声には課題もあった。

例えば社名の「HENNGE」が、「ヘンジ」と発音されてしまったり、「SaaS(サース)」が「サイス」と読まれてしまったりと、発音を調整しないと不自然になってしまう単語があったという。

社名については『HENGAY』や『HENGAI』などのスぺルを試しましたが、結局、やや違和感は残るものの『HENGAE』というスペルを使っています。自然な間を作る調整も必要で、思わぬところで手間がかかりました」

気になるお値段は?

アバターつくりの様子

社長とともに決算動画にアバターで登場したCFOの天野氏。写真はアバターを作るための動画を、スタジオを借りて撮影した時の様子。

提供:HENNGE

気になるのは、そもそもアバターで決算説明動画を作る意味はあったのか、ということだ。

IR担当の青江さんからは、予想外の答えが返ってきた。

新しい技術を使ってみたかったという興味が一番の理由です。私たちの今の事業に、今回のAI動画や合成音声の技術が、直接生かせるというわけではありません。

ただHENNGEという会社自体が、過去にどんどん事業領域を変えてきた経緯があります。最先端の技術に挑戦し、自ら変化していく文化が根付いていることも大きいと思っています」

今回の決算説明動画では、社長とCFOの2体のアバターを作成して使用した。HENNGEによると、アバターの製作費と使用料金を合わせて1体で年間1000ドル(約13万円)。

加えてAI動画を作成するプラットフォームの利用料金がかかるが、こちらはサービス側が料金を公開していない。また英語の合成音声については、月額30ドル(約4000円)で利用している。

「多額の費用がかかっているということはありません」(青江さん)

フェイク動画対策も

アバターを使用したという表示が動画では流れる

社長アバターが出演する決算説明動画の冒頭には、アバターを使用していることを明記した。「視聴者を驚かせないように配慮した」という。

撮影:横山耕太郎

AI動画と言えば、世界的にフェイク動画の拡散が問題視されている。

今回の決算説明動画では、アバターと社長本人を見分けられるよう、アバターには印をつけているという。もちろんその印は非公開だ。

「アバター情報や権限はしっかり管理してきたい。今後もリスクを把握し対策を講じて運用したい」

その上で、青江さんはこう話す。

「新しい技術に対しては、すぐにリスクばかりに目がいってしまいがちです。ただ、そのリスクを踏まえたその上で、会社としてはこれからも新しい技術はどんどん取り入れていきたいと思っています

今後もAI動画を活用する場面はあるのか。

Synthesiaにはストックされた外国人のアバターも多数用意されており、詳細は未定であるものの、社内向けの動画やイベントなどで活用したいという。

「ただ社長のアバターについては、むしろ使える場面が少ないかもしれません」

(文・横山耕太郎

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