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社会人として何度も挫折。「もう歴史をやるしかない」決まった覚悟【COTEN・深井龍之介3】

COTEN CEO 深井龍之介

撮影:伊藤圭

COTEN RADIO(コテンラジオ)を運営するCOTEN(コテン)CEOの深井龍之介(36)が「歴史を仕事にする」と決めたのは、社会人として数々の挫折に遭遇したからだ。

九州大学の文学部で社会学を学んでいた深井が、新卒時の就職先として畑違いに見える半導体メーカーを選んだのは、意外な理由だった。

「実は僕、デバイス・ガジェットが大好きなんです、今でも。ソニーなども受けたのですが、よくよく考えると半導体だったら、プレステもiPhoneもいろんな製品に関われる。当時日本で半導体といったらその会社だったんです」

黙って察する文化が「理解できなかった」

COTEN CEO 深井龍之介の手元

ガジェット好きだと話す深井の手元には、Apple Watchに加えてスマートリングの姿が。

撮影:伊藤圭

面接では、日本・アメリカ・韓国の半導体のシェア争いを三国志になぞらえた。三国時代の韓国を魏、アメリカを呉、日本を蜀に見立て、日本の半導体産業を「(蜀の天才軍師として知られる)諸葛亮のように勝たせたい。そこにワクワクする」と語った。

だが、「面接では高く評価してもらったのに、入社後は全然ダメでした。全く文化が合わなかった」という。

深井の持ち味はロジカルさだ。理屈で理解し、きちんと言語化しないと気が済まないのだ。それがコテンラジオではいかんなく発揮されているわけだが、日本の大企業では煙たがられた。

なぜこの仕事をするのか。何をするべきなのか。きちんと説明してほしいと思っていた深井に、上司や先輩は何も具体的に指示をしなかった。背中を見て覚え、黙って察しろという文化に適応できない深井は、毎日のように長時間説教をされた。

ある会議の席で、部長が「◯◯できたらな……」と呟いたことがあった。「あー、そうなんだ」と思っていた深井に会議後、先輩が声をかけた。「お前、部長が指示してただろ。あれ、やらなきゃダメだよ」。「指示してなかったですよ」と返すと、「あれが指示だよ」と。万事この調子だった。

その会社は2年で辞めた。

「でも、こういう文化はその会社だけではないと思います。その後コンサルタントになり、地方銀行などとも仕事をしたんですが、経営者はほとんど何も言わない。彼らからしたら直接的・具体的に言うのは野暮。おもんぱかって動く文化なんです。でも僕は忖度(そんたく)で動く文化があることを知らず、理解もできなかったんです」

深井は当時を「あれほどつらい経験はなかった」と振り返る。だが、あの2年があって、自分の向き不向きが分かったという。

「社会も大学もなめ切っていた」

本棚のイメージ画像

深井が歴史に関心を持つようになったきっかけは、実家の本棚で手に取った中国古典だった(写真はイメージです)。

Amy Johansson / Shutterstock.com

新卒で大企業を選択した背景には、育った家庭も影響していた。

家には本が溢れていた。深井の記憶にある父親はいつも本を読んでいて、その姿と本が身近にあった環境は今の深井に大きく影響している。一方で、働くことがあまり好きでなかった父親の職は安定せず、パートで働いていた母親も苦労していた。

小さい時から家が貧しいという自覚はあった。中学生になり、「自分がしっかりしないと家族は生きていけないんじゃないか、ちゃんと稼がなくちゃ」と勉強をするようになった。塾に行く余裕もなかったので、勉強法も自分で工夫した。

大学で社会学を専攻していた深井が歴史の面白さに気付くのは20歳の頃、父親の本棚にあった中国の古典を手に取ったからだ。当時の深井は大学の授業にもいまひとつ身が入らず、「社会も大学もなめ切っていた」という。それが歴史を知ることで、今ほど科学が発展していない時代に、人間がどれほどの叡智を持っていたのかを知って驚いたのだという。

深井はTwitterにこんな投稿をしている。

「若い頃に中国古典を勉強して感動したのは、彼らがのっぴきならない現実に置かれていて、物事の決断の本質が『良いものを選ぶこと』ではなく『他の選択肢を捨てること』だと示唆していたからだと思う」


「彼らがただの思想家ではなく、圧倒的当事者だったからだろう。中国古典に一時はまった理由の一番はその当事者感覚と、非当事者感覚のバランスの良さだったと思う」

当事者感覚と非当事者感覚の矛盾した感覚を1人の個人に内包できるのか—— これは深井自身が常に抱えているテーマではないか。

コテンという会社の経営者という立場と、それを歴史を学んで俯瞰した位置から評価する立場。事業を成立させ、スタッフをマネジメントして報酬を払い続けることは、予測できない現実と向き合うことだ。歴史を学んでいることで、非当事者として俯瞰した立場で経営を見ることができているのだろう。

共同経営者に奪われたSaaSビジネス

COTENウェブサイト。「世界史データベース」の概要

COTENウェブサイトの「世界史データベース」の説明には、「人類の叡智に誰もがアクセス可能な状態を作る」というミッションが掲げられている。

株式会社COTEN 公式ウェブサイトよりキャプチャ

世界史データベースの構想が浮かんだのは、いくつかのベンチャー企業で働いている時だった。優秀な経営者と働きながらも、「この人にもっと歴史の知識があれば」「頭がいいのに、歴史を知らないからこういう判断になるんだ、もったいないな」と思うことがしばしばあった。

「歴史の知識を装置として渡せたら、社会はもっと良くなるのでは、と考えたんです。僕が正しいとは思っていないけれど、僕が歴史をちゃんと伝えられたら、たぶん考え方が変わるだろうなと思ったんです」

歴史で何かビジネスを立ち上げたい。だから2016年に自ら起業した会社をCOTEN(コテン)と名付けた。それでもベンチャーで取締役として資金調達にも苦労した経験から、「マネタイズは無理だろう」と思っていた。

起業当初は今まで培った人脈や能力を活かして、教育系のSaaSビジネスを立ち上げて稼ぎ、その余力で歴史ビジネスを始めようとしていた。だが、深井は共同経営者ほどの熱量でSaaSビジネスに打ち込むことができず、結果的に共同経営者はビジネスパートナーと共に去った。

「その時はものすごく悔しかったし、怒りも湧きました。自分で借金までして作った初めての会社で、信頼している仲間に事業を奪われる形になったので。戦えば勝てたとも思う。でも、そのビジネスを自分が本当にやりたいのか、と考えた時に、彼らから取り返してまでやりたいと思わなかったんですよね」

儲かりそうだからとビジネスを始めるのは、もうやめよう。「もう歴史をやるしかない」。覚悟が決まった。

恐怖に負けない。高杉晋作への共感

幕末期、長州藩の倒幕派として知られる高杉晋作を、コテンラジオではシリーズで取り上げている。

COTEN RADIO 公式YouTubeチャンネルより

一方で、なぜ仲間がそういう気持ちになったのか、自分に非はなかったのか。ショックと同時に自分の気持ちを冷静に見つめることもできた。「僕を外しても事業は回りそうだから外すよな」。そう謙虚に内省することができたのも、歴史上No.2がトップを倒す史実をいくつも学んでいたからだと気づいた。

うまくいきかけていたビジネスを奪われ、コテンの売り上げはゼロになった。その時手を差し伸べてくれた知り合いの会社のコンサルタントや社外取締役を務めながら、そこで稼いだお金を世界史データベース事業につぎ込むようになった。

「その時仕事をくれた数社は『恩人』です。僕が誰にも評価されず一人になった時に手を差し伸べてくれた。当時はまだ何も成し遂げていない無名の僕を信じてくれた」

深井はベンチャー企業の経営に関わっていた時代に、資金がショートしかけた体験がある。その恐怖に陥った時には高杉晋作の行動に励まされた。

高杉はコテンラジオでも一度シリーズとして取り上げられ、「絶対に諦めなかった男」として描かれる。伊藤博文でもなく坂本龍馬でもなく、西郷隆盛でもなく、なぜ高杉なのか。聞いていると、この時に高杉のこの決断がなければ、歴史の歯車は回らなかったことがよく分かる。

「高杉より立派な人は世界史上いくらでもいますが、あんなに合理的でない動き方をする人はあまりいなくて。もう少し近代人は合理的に動くんです。人間は恐怖を抱くと、恐怖に負けてしまうからです。高杉は珍しくそれを克服した人なんです」

その姿が世界史データベースという前代未聞の事業に挑もうとしている自身にも重なる。利用する主体の筆頭として国家を想定しているというこの事業で一体どうやって売り上げを上げるのか。今のビジネスの「常識」から言えば、無謀な挑戦のように見える。

実際、2020年に参加した「Industry Co-Creation(ICC)サミット」のビジネスピッチでは、コテンは6位に沈んだ。深井は世界史データベースの意義を語ったが、投資家たちの反応は今ひとつだった。

だが、深井はデータベースも含めコテンの活動こそが「経済合理性」があると確信している。資本主義という仕組みに綻びが見え始め、時代に合わせて資本主義というシステム自体のチューニングが必要な今だからこそ、そう思っている。

最終回では、深井が目指している新しい会社の形、ポスト資本主義社会に向けた壮大な実験の中身を紹介しよう。

(敬称略、続きはこちら▼)

(第1回はこちら▼)

(文・浜田敬子、写真・伊藤圭)

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